3 / 39

1-3

「木に縛りつけたのは麓の村の住人なのか」  ディナイと名乗った勇者は、腰に差していたショートソードで速やかに縄を斬ってくれた。  第一印象はおっかなかったものの、どうやら、ちゃんとした勇者様精神を持ち合わせているらしい。 「俺のこと、生贄にして、魔物に食わせるつもりだった」 「家族も賛同したのか?」 「家族は死んじゃった。俺が六つの頃に」  ――実際、育て親となる副村長とステュは祖父と孫の関係にあった。  副村長の娘は、余所からやってきた男と恋に落ち、愛を育み、ステュを生んだ。  見ず知らずの旅人との交流に反対していた家族からは絶縁され、村人にも白い目で見られた。だが母親となった娘は愛する夫と、かけがえのない子どもと、幸せな日々を過ごしていたのだ。  その幸せは、とある嵐の日、断ち切られた。  ステュが熱病で寝込み、一刻を争うと判断した両親は、荒れ狂う森へ薬草を採りにいく選択をした。土地勘のある母親が向かい、父親は病床の息子に寄り添った。  しかし、いつまで経っても帰らない伴侶の身を案じ、父親も森へ向かった。  嵐が過ぎた翌日、川岸に流れ着いた二人の遺体が見つかった。  足を滑らせて増水した川に落ちたのか。片方を助けようとして、もう片方も呑み込まれたのか。真相はわからず仕舞いだった。  残された六歳のステュを引き取ろうと言い出したのは、母親の祖父、つまり副村長の父親であった。  副村長自身は孫のステュに対して一欠片の愛情も示さなかった。 『自分の言いつけを守ってさえいれば、こんなことにはならなかった』  村の規律を破り、余所者と一緒になり、その結果がこれだ。  愚かな娘は最後まで判断を誤ったのだ。  忌々しくて不吉だからと、副村長は彼等が暮らした村外れの家に火を放ち、燃やした。異なる地から来た放浪者、家を捨てた娘によく似た子どもは、納屋に入れ、最低限の衣食住だけ世話をして、後は放置した――。 「でも、まさかなぁ。村のみーんな、俺を縛るのに全っ然、手加減しないの」  不吉な厄介者の烙印を押されたステュ。  生贄に選ばれる今日まで、村の人間から「いない者」扱いされたも同然の日々を送ってきた。 「ほんとに全員呪ってやる、バーカバーカ、バ……カ……ぅぅ……っ……ふぅぅ……うううっ……!!」  なんだかんだで、ステュは、ずっと混乱していた。  交流は殆どなかったが、今まで同じ村で暮らしてきた人間から迷わず切り捨てられて、ショックで、悲しくて、寂しかったのだ。 「うわぁぁ……」  怖がっていたはずが、ディナイにしがみついてステュは泣いた。  こんなに泣いたのは、両親が亡くなって以来、初めてかもしれない。いや、両親の死後、唯一優しくしてくれた曾祖父が死んだ日以来かもしれない。そういえば、先日、納屋の角で足の小指をぶつけたときも涙が止まらなかった……。 (初めて会う人にしがみついて泣くのは、うん、絶対に初めてだ)

ともだちにシェアしよう!