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「ほぇ……?」  甲板の手摺りにへばりついていたステュは瞠目する。  海の上に女の子が現れた。  海水で象られた、泥人形ならぬ海人形なる少女。  群れるイルカの合間から波の柱が渦巻き状に立ち上って、下半身が海と同化している少女は、ステュの目の高さまでやってきた。  揺らめく長い髪や睫毛の先が水沫になって、ふわふわ、空中で舞い踊っている。内側では小魚が一匹、悠々と泳いでいた。 「……これもイルカなの、勇者様?」 「ソイツは魔物だ」 「えっ?」 「人に危害は加えない」  海でできた少女を前にして「彼女は善き魔物だ」と、ディナイは端的に説明した。 「あー、そっか……ねぇねぇ、見て? 俺のこと気に入ったみたい。手にじゃれついてくるよ」 「そうだな」 「怖くて、人を襲う、悪い魔物ばっかりじゃないんだねー……」  港町に到着する前。  荒野で「悪しき魔物」に遭遇した。  ステュはあんまり思い出したくなかった。何故なら、魔物はお食事中だったからだ。  オオカミによく似た、大きさは数倍もある、頭を二つ生やした魔物をディナイはまたもや華麗に討ち果たした。  犠牲者の鮮血が滴る爪をかわして、片方の頭を斬り落とし、怒り狂った魔物が咬みついてこようとしたのを素早くかわして、残りの頭も斬り落とした。  冷静で俊敏な身のこなしに剣捌き、しかも無傷。二度の魔物討伐に出くわしてステュは感銘を受けた。強過ぎる。正義の勇者というよりも、慈悲なき絶対殺すマン勇者といったところか。  性別や年齢どころか、何人いるのかも定かではない、見るも無残な犠牲者をディナイは弔った。  ステュは穴を掘るのを手伝った。怖かったし、悲しかったが、ディナイの真摯な横顔を何度も見ては己を奮い立たせた。  名前も知らない誰かを二人で埋葬した。 『こんなこと、しょっちゅうあるの?』 『まぁな』  ディナイが森へ来なかったら、自分だって同じ道を辿っていた。いや、弔われることもなく、魔物のお腹直行だった……。 「あ、じゃあね……」  海人形ならぬ、人懐っこい「善き魔物」は手を振って去っていった。深い海に完全に同化して、穏やかに消えていった。 「勇者様、本当、俺のこと助けてくれてありがとね」  今、こうして初めての海を気持ち悪くなるくらい満喫できているのはディナイのおかげだと、改めて感謝し、しみじみとお礼を述べてみれば。 「あ、いない……」  ディナイはいつの間にやらステュの隣から消え失せていた。ぐるりと見渡せば、甲板上の階段を上った先で、恰幅のよい船長と話をしているところだった。 「あー、ハイハイ、俺の感謝なんか聞き飽きましたよね……」 (あの勇者様は、一体、これまで何人の犠牲者を弔ってきたんだろう?)  弔いにおける手際の良さを思い返し、ステュは何だか遣る瀬無くなった。

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