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「草が茂っていて足場がわかりづらい。下手したら踏み外す危険だってあるんだぞ」 「ッ……俺は花を摘みたかっただけ! 子ども扱いすんな! です!」 「まだ子どもだろうが」 「もう十六だってば! 苦しい! 離して! ください!」  結局、そのままステュは敷物の上に連れ戻された。摘んでいた花は、ディナイに担がれてびっくりした際に全て落としてしまった。 「花を摘みたいのなら、わざわざ危ない場所に咲いているのを選ぶな。状況を甘く見て油断するのも大概にしろ」  さっきまで寝ていたくせに。強めに注意されてステュはむっとする。 「そこにだって咲いてるだろ。ほら、ここにも」 「アッチの色のが一番綺麗だったんです!」  あぐらをかいたディナイは、掌サイズの果物を食べ始めた。最初は恨みがましそうな目つきでいたステュだが、自分が行こうとしていた崖っぷちを改めて見やり、踏み外したその先を想像して、ぞっとした。 「……勇者様、ごめんなさい」  すぐに反省して素直に謝った。 「勇者様は俺のこと心配してくれたんだよね」 「わかればいいんだよ」  上から目線の物言いにカチンときそうになって、いや、確かに甘く見ていたと自分に言い聞かせ、ステュは項垂れる。 「お前、ちゃんと食ってるのか、いやに軽かったが」 「これ以上食べたら、この服が入らなくなっちゃうよ」 「背は伸びたみたいだな」 「うん。前はローザと一緒だったけど、俺の方がちょっと高くなった」 「髪も」  顔を伏せていたステュは、化粧が施されてパッチリした瞳を大きく見張らせた。 「蜜の吸い過ぎでこんな色になったのか?」  背後に移動したディナイが髪に触れてくる。 「あの村周辺の花、吸い尽くしたんじゃないのか」 「そ、そんなわけ……」 「潮風でバサバサだ」 「仕方ないっす……」 「俺の手も果汁でベタベタしてるからな」 「うわぁ、ひどい……」  髪に触れ続けているディナイにステュの目はじわりと濡れた。くすぐったい。重たいロングソードをがっしりと掴む手が、意外にも細やかな指遣いで髪を梳くものだから、うなじの辺りがゾクゾクした。 (何してるんだろ、勇者様)  早く離れてほしい。  でも、もっと触れてほしい気もする。  どっちつかずな気持ちになって、ステュは首をすぼめる。すぐ背後にいるディナイを窺うのにも躊躇してしまう。節くれ立った長い指が耳元を掠めると、ブルリと震えそうになって、懸命に堪えた。 「完成だ」  三分間、耐えたステュは怖々と振り返る。 「完成って、何が……?」 「髪だ。スッキリしただろ」 「へ……? あ、本当だ……」  ステュの髪は三つ編みに結われていた。  毛先にはリボンが結ばれているようだが、自分ではよく見えない。下手に触れば崩してしまうかもと、ソワソワしているステュに「昔、妹の髪をよく結んでやった」とディナイは呟いた。 「勇者様、重たい剣をブンブン振り回すだけじゃなくて、こんなこともできるの? 意外と器用なんだね」 「それは褒めてるのか、それとも貶してるのか?」 「うー。よく見えない。どうなってるの? このヒラヒラしたやつ、リボンだよね? 俺にくれるの?」 「ああ」 「わぁ。ありがとう」  体の向きをもぞもぞ変え、ディナイと顔を合わせる。ネズミ色ではない贈り物をもらってステュは無邪気に喜んだ。

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