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 娼館が営業中の夜、ランプを点した屋根裏部屋でステュは古い本を読む。  物語だったり、図鑑だったり、伝記だったり。全てディナイにもらったものだ。  便利な古書店扱いされて最初は不貞腐れていたが、ページを捲ってみると、面白い。両親や曾祖父に最低限の教育を受けた程度で、学がなかったステュでも理解できる、絵をベースにした内容ばかりであった。 (簡単な文字の読み書きは、ひいおじいちゃんに教えてもらった)  今はシンに時々勉強を教えてもらっている。毎日の買い出しで暗算も身についた。仕事量は前よりも増え、窓拭きやら床磨きやら、手を抜かずに励んでいる。島の随所に手紙を送り届けたり、逆に取りにいくこともあった。 (もうすぐ十七になるし、身の回りのこと、ちょっとずつでもいいから、できるようになりたい)  シンから支払われるお給金は、将来に備えるため、大切に貯金していた。  ただ、具体的な計画は、ない。  これからどうやって生きていきたいか、ステュには思いつかなかった。  厄介者の烙印を押されて過ごした村での生活。  下働きという役割を与えられ、一生懸命働いて、シンや娼婦の皆とお喋りして、お腹いっぱい食べて、寝台で眠る、島での生活。  余りにも大きな変化であった。  おかげで最初の一年はとにかく満たされていた。  しかし、いつまで娼館で働いていいものか。いずれ成長して女装がちぐはぐになれば、男禁制の場所から出ていかなければならなくなる。その後は、どうしたらいいか。島で何を生業にして生きていくか。 「化粧も女装もすっぱりやめれば、島の人はスーちゃんだってわからないだろうし。似てるとか言われたら、他人の空似だって言い張ればいいし」  旅行者が絶えない島。町には宿がいくつか、店ならたくさんある。果樹園も盛んだし、働き先には事欠かないだろう。 (働くのは好きだ、楽しい)  どこそこで働きたい、これがしたい、という強い望みはなかった。  求めてくれるのなら、どこだっていい、精一杯応えたかった。 「勇者様の荷物持ちとか」  今日、ピクニックの直後にディナイは発ってしまった。  寝台に寝そべって本を読んでいたステュは、半乾きの前髪を引っ張る。 (そっち系は駄目なんだ、どう足掻いても俺がお荷物になるから)  べらぼうに強い勇者に付き従うには、自分も同じくらい強くならなければ、恐らく不十分なのだ。 「とにかく備えよう」  ステュは所々虫食いのある本に集中しようとする。  今の自分と同じ年齢で武者修行へ旅立ったというディナイには遠く遠く及ばないと、しょんぼりしたり、かっこいいと憧れたり、集中力を度々欠かした。  そして今更ながら心臓がバクバクしてきた。 (いきなり肩に担ぐとか、それだけ焦ってたのかな?)  涼しかったはずが、急激に全身がカッカしてきて、読書どころではなくなるのだった。

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