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6-1-明日はお祭り
ステュは十七歳になった。
「――スーちゃん、おつかい行ってきます!」
その日、いつも通り午前中に買い出しへ出かけたステュは、全体的に慌ただしげな町の雰囲気に首を傾げた。
華やかな飾りつけで店頭を彩ったり、大通りにはテラス席が増設されていたり。トンカンと金槌を振るう小気味いい音が町中に響き渡っていた。
「明日は祭りの日なのさ」
野菜に果物、肉にチーズにパン、色々な食べ物がズラリと並んで大賑わいの市場の一角。
「五年に一度、開かれているんだよ」
魚屋の店主に教えてもらい、なるほど、だから今まで経験したことがなかったのかと、島に来て二年目のステュは合点がいった。
「昔は海の守り神を称える神聖な行事だったんだが、今ではもう旅行者向けのどんちゃん騒ぎになっちゃってなぁ」
「あー。だからか。今日は見ない顔の方がいつもよりいっぱい多い」
「夜はそりゃあもう賑やかになるよ。大広場で舞踏会もあるから、スーちゃん、参加したらどうだい」
「武闘会? ちょっとスーちゃん向きではないかなぁ?」
「そうかい。お祭りの日は漁が禁止されてるから、明日と明後日、ウチはお休みさせてもらうよ」
新鮮なお魚を購入し、オマケのツナ味クッキーをもらい、ステュは市場を後にした。
いつにもまして活気づいた白亜の町。
浮かれてスキップしがちなステュは、自分よりも明らかに浮かれている小さな男の子を見つけた。
(転ばなきゃいいけど、すごく楽しそうだ)
買い物カゴを抱えたステュは、石畳の上をぐるぐる走り回る男の子に笑顔を浮かべた。親を撒いてきたのか、近くにそれらしき家族は見当たらず、一人のようであった。
「あ!」
男の子が噴水へまっしぐらに駆けていくのを目撃し、ステュは目の色を変えた……。
「ステュ、貴方、町で水浴びでもしてきたのかしら」
娼館に戻ったステュは頭から爪先までずぶ濡れであった。
勢いよく噴水池へ飛び込んだ男の子を大慌てで地面に連れ戻し、息を吹き返した魚が浅い池で跳ねるのを捕まえようとしたら、見事にすっ転んだ、というわけだ。
「魚はちゃんと回収してきました、シン様」
ちょっと目を離した隙にいなくなったそうで、我が子を探しにやってきた両親に何回も謝られた。お詫びをしたいとまで言われたが、ステュは断った。母親に注意されてもケロリとしていた男の子に手を振って、旅行者の一家とは別れてきた。
全身からポタポタと水を滴らせ、ビチビチと跳ねる魚を落とさないよう気をつけ、晴れやかな笑顔で「行き」よりも弾んだ足取りで娼館へと帰ってきた。
「随分と機嫌がよさそうね、ステュ」
「お母さんとお父さんと、昔の自分のこと、思い出したんです」
「そう」
「俺もよく一人で遊び回って、よく転んで、お母さんによく怒られたなぁって」
それを聞いたシンは珍しく笑みを零した。兄のディナイよりも笑わない、凛とした白百合の如き彼女の貴重な笑顔に、ステュは素直にうっとり見惚れた。
「……くしゅん!」
見惚れながら派手にクシャミをした。
「そのままだと風邪を引くから。お風呂に入って温まってきなさい」
玄関先で念入りにスカートを絞ったステュは、買い物カゴをシンに預け、屋根裏部屋へ直行しようとした。
「地下のお湯を使うといいわ」
水に濡れて化粧が落ち、眦が黒ずんだステュの目はパチクリと見開かれた。
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