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 シンの許可を頂戴し、初めて地下の大浴場を訪れた。 「広い……!」  神殿を彷彿とさせる重厚な建築様式。並ぶ円柱には松明が点され、石造りの風呂はとにかく広い、端から端まで泳げば適度な運動になりそうな大きさだった。  湯気が立ち込める中、全裸のステュは、だだっ広い開放的な風呂の隅っこにちゃぷんと浸かった。  屋根裏部屋の猫足の浴槽とは大違いだ。  足を伸ばせるのは当然のこと、些細な音が反響して洞窟にでもいるような気分になる。色鮮やかな花弁まで浮いていて、夢見心地にさせられた。 「お客さんと娼婦のみんな、いつも、ここで……」  ステュは、あんまり考えないようにした。なるべく平常心を心がけ、普段の微温湯とは違う熱いお湯を満喫しようとした。 「昨夜も疲れたわぁ」  大浴場に突然響いた、その声。 「明日はお祭りでしょう?」 「舞踏会があるんですって」 「男の上で踊るのは得意よぉ」  ステュは……かたまった。  大浴場に忽然と現れた高級娼婦のお世話好きトリオ、アーリア、ニタ、シェラに慌てふためいた。 「あああ、あの!? 俺います! スーちゃんいます!」 「あらぁ、スーちゃん?」 「悪い子ね、お仕事さぼってお風呂?」 「お仕置きしてあげましょうか?」  ステュがいると知って驚くどころか、いつもの調子でからかってくる三人。しかも、自分がいる風呂の隅っこへ来ようとするものだから、ステュは仰天した。 「シン様から許可はもらいました! あああ、あのっ、来ちゃ駄目! です! 一応これでもスーちゃん男なので!」  ステュの焦りっぷりに三人はさも楽しげに笑い合う。初心な少年の必死のお願いを聞き入れ、隅っこへ近づくのはやめ、だだっ広い風呂の中央、寄りかかることのできる縁に揃って落ち着いたようだ。 (入ってきたの、ぜんっぜん、わからなかった)  こちらから早く出ていくべきか。それとも向こうが出るのを待った方がいいのか。  どうしたものか迷い、挙動不審になっていたステュは、ふと心を奪われた。  おもむろに三人が歌い出した。  複雑なハーモニー、高音と低音を行き交う危うげな旋律、時に限りあるはずの声域を無視して奏でられる、世にも妖しげで艶やかな歌。 「ああ、この歌は駄目ね。スーちゃんには刺激が強いわ」  歌が終わっても、魅惑の声は頭から離れず、ステュは胸をざわつかせる。  湯気のこもる地下の大浴場。それまで頑なに逸らしていた視線を、ぎこちなく三人のいる方へ向けてみた。  ――……パシャン……ッ……  想像を超えたシルエットにステュは度肝を抜かれた。  湯気にぼんやりと浮かび上がる輪郭。パシャパシャと水面を叩き、悠々としなって翻るのは、魚の尾びれらしきものであった。 「私達は魔物なの」  ピタリと揃った三人の美声による、思いも寄らない告白。 「もちろん善き魔物よ」 「決して命はとらないわ」 「でも人間の男達を手玉にとるのは面白いわね」  ステュは、何だか物凄く熱くなってきた。  三人の歌声に惑わされたのだろうか?

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