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6-3
「その尾びれ……普段は俺と同じ、人間の足だったのに……」
「私達、人間に擬態できるの」
「半分、魚みたいだけど……こんなに熱いお湯に入って、大丈夫……?」
「ふふ。いつの間にか体が欲するようになっちゃったわ」
「みんな知ってるの……?」
「もちろん。知らなかったのはスーちゃんだけ」
「お客様には永遠に秘密よ」
「きっと、そろそろスーちゃんにも教えていい頃合いだって、シン様が判断したんでしょうね」
「シン様が……そっかぁ……」
湯気の向こうで三人は歌うようにステュに語りかける。
「悪しき魔物から私達を助けてくれたディナイ様、介抱してくれたシン様」
「二人とも、大切。好きな人。ローザ達も、娼館のみんなのことも、好き」
「もちろんスーちゃんもね」
頭がぼんやりしてきたステュは、最後の言葉にふにゃっと笑った。
そのまま、ずるずるとお湯の中に滑り落ち、ぶくぶく、沈んでいった。
(……人間だけじゃない、善き魔物も、誰も彼も平等に助けるんだ、あの勇者様は……)
そこでステュの意識はぷつりと途切れた。
生まれて初めてステュは湯当たりなるものを経験した。
「私達の歌が効果てき面だったのかしら?」
「火照りやすい子ねぇ、スーちゃんは」
「人工呼吸してあげてもよかったんだけど」
そこは屋根裏部屋だった。
自分と同じ足を生やしたアーリア、ニタ、シェラに揃って見下ろされ、肌着姿のステュは鼻先まで毛布を引っ張り上げた。
「それ以上からかったら、また逆上せてしまうわ」
シンに諌められた三人はクスクスと笑い合う。ステュはさらに毛布を引っ張り、頭ごとすっぽり隠れた。
(三人に裸を見られてしまった……ショック……)
ローザの他にも「善き魔物」が娼館にいるとは聞いていた。お掃除担当だと思い込んでいて、まさかこの三人がそうだったとは予想だにしなかった。
(まだ接触したことがないかと思いきや……初日からずっと一緒にいましたとさ……)
三人の「善き魔物」は赤髪を靡かせて階下へと降りていき、残ったシンは格子窓を開ける。
「祭りの準備で町は賑やかだったでしょう。いつにもまして島の外から多くの人がやってくる」
午後の仕事は休んでいいと言われていたステュは、毛布からもぞりと顔を出した。
「五年に一度、海を守る女神に感謝し、島の皆総出で祝うの」
「海の守り神って女の人だったんですか?」
「そう。言い伝えでは、彼女はこの島の男と恋に落ちた」
「わぁ!」
「人間である男は海では生きられない。女神は海を離れられない。でも、五年に一度だけ、彼女は海を置き去りにして島へ上がった。愛する男と逢瀬を果たすために」
「ロマンチックです!」
「女神を恋しがって海は荒れるに荒れた」
「あちゃー」
「だから、祭りの日は島から海に出てはいけない」
「なるほど。漁に出られないのは、そういうお話があるからなんですね」
「逆に外から島へやってくる船は大歓迎」
「ちゃっかりしてます」
長い黒髪を背に流したシンは、水差しからコップに水を注ぐと、ステュに飲むよう促した。
「五年に一度やってくる美しい女神を歓迎し、祝福するため。荒れる海を宥めるため。島では祭りが開かれるようになった」
半身を起こして水を飲み、人心地ついたステュに、女神に捧げるための祭事であったとシンは説明を続ける。
「島の皆、老若男女を問わず、仮面をつけた。女神が愛する男の元へ迷わず辿り着けるように。愛された彼だけが素顔でいることを許された」
シンは、まだ多少ぼんやりしているステュの顔にソレをあてがった。
「えっ? んんん? これ、何ですか……?」
二つの穴越しにステュが見たものは、一人悦に入ったように頷くシンの満足顔であった。
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