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7-1-お祭りの夜
暮れなずむ空の下、宴に酔い痴れる人々の笑い声が白亜の町に溢れ返る。
これという合図もなしに夕方から何とはなしに始まった祝祭。
大広場には所狭しと屋台が出ている。食欲をそそる香ばしい匂い、ジュースにふんだんに使用される瑞々しい果物の香り、葡萄酒の大人びた芳香が混じり合い、鼻先を掠めていく。
少人数の楽団による軽快な演奏が賑やかさに拍車をかける。
こんなにも騒がしくて酔狂な夜に出会うのは初めてだった。
(夢の中にいるみたい)
ステュは胸を弾ませる。じっとしていても、人いきれで自然と汗ばんでいく肌。いつもなら涼しい夜風は熱を帯びていた。
お祭りへ遊びにいってくるといい。シンのお言葉に甘えて、ステュは一人で町へやってきた。
特別にもらったおこづかいで食べ物と飲み物を買い、人でいっぱいのテラス席ではなく、噴水の前に座る。
『おや、誰かに似てんなぁ、お前さん』
つい先程、頭を捻っていた肉屋の主人の様子を思い出し、こっそり笑った。
今日、ステュは女装をしていなかった。
お祭りの日は皆が仮面などで顔を隠す。シロネコを模した、鼻から上を隠す柔らかな素材のハーフマスクをつけ、ゆったりした長袖のシャツに膝下丈のズボンを着用していた。
(全部、シン様がくれた)
最近、スーちゃんのときはハーフアップにしているハチミツ色の髪。今は一つに結んでいた。
「はぁ、うンまい。もういっこ買ってこようかな」
女装をせずに娼館から外へ出るのは、島にやってきてからの約二年間において初めてだった。
すっかり慣れ親しんだスカートの感触がないのは心許ない気もする。同時に素の自分を曝け出して開放感にも似た清々しさもある。
ステュはサイズがぴったりなズボンを見、足をバタバタさせてみた。
「あれー?」
ステュはキョトンとする。
ガイコツのお面をつけた子どもが唐突に自分の元へ駆け寄ってきたかと思えば、真正面から顔を覗き込まれた。
「きのう、ここであそんでくれた……おねえちゃん……?」
子どもは、昨日の朝、この噴水池に元気よく飛び込んだ男の子だった。
「いまは、おにいちゃん?」
顔馴染みの店主も気づかなかったというのに。お面まで外して、膝に抱きついた男の子は、興味津々といった顔つきでステュを見上げ続ける。
駆け足で後を追ってきた母親は、我が子の振舞に呆れたように笑った。噴水から引き上げてくれたメイド姿の通行人だとは気づいた様子もなく、ステュに「ごめんなさいね」とにこやかな表情で謝り、小さな手を引く。
(さよなら、元気でね)
ステュは手を振る代わりに、声には出さず、口だけ大きく動かした。
(な・い・しょ)
読み取った男の子は、うんうん頷き、頬をリンゴ色に染め、母親と共に人波の中に消えていった。
坂道や細い路地、階段にまでずらりと並んだ蝋燭。ガラス瓶の中で点された火が揺れ、白亜の町全体が灯火さながらに煌めく。
大広場では野外の舞踏会が始まった。
軽快だった演奏はよりテンポが速くなり、陽気な者、酒が入って上機嫌な酔っ払いが先陣を切り、町の中央は踊る人々でみるみる埋め尽くされていった。
(花柄の派手なスカーフを巻いてるのは花屋のおばさん……かな? 今、転んだ男の人はパン屋の職人見習い……?)
たとえ仮面をつけていようと、見知った人間なら造作なく区別がつきそうなものだ。しかし、こうも多くの人々が揃って顔を隠していると、些か判断に迷う。
(とにかくみんな楽しそう、犬まで飛び跳ねてダンスしてる)
娼館に来る客は非日常を求め、いつもの自分を脱ぎ捨てるために仮面をつける。言い伝えに倣っているのだろうが、このお祭りも似たようなもので、皆、日常からの寄り道気分を楽しんでいるのかもしれない。
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