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(何でもお祭りは夜通し続くとか)  シンは門限を定めなかった。おいしいものを飲み食いし、華やいだ昂揚感も満喫したことだし、噴水の前で見物していたステュはそろそろ帰ろうかと腰を浮かした。 「可愛らしいシロネコちゃん、踊りませんか?」  声をかけられてステュは「あれ?」と思う。  今、女装はしていない。深酒した酔っ払いが素の自分を女性と見間違えているのだろうか?  苦笑まじりに断ろうとし、ステュは声をかけてきた人物をわかりやすく二度見した。 「ずっと一人でここにいるでしょう、君」  相手は細やかな刺繍が施されたマントを羽織っていた。括れた腰には細身の刀身であるレイピアを差している。剥き出しの太腿には投げナイフのホルダー、長い髪はポニーテール結びされていた。 「あの女の人、勇者よ」 「戦う美女だなんて眼福ね」  そばで交わされた会話にステュも内心同意した。蝶を象るアイマスクをつけた彼女に片手を差し出されると、それはもう胸が高鳴った。 「アタシと踊って?」  ハスキーボイスの彼女には複数の連れがいた。斧を装備する大男、子ザルを肩に乗せた青年、弓矢を背負う少女、一見して行動を共にするパーティのようだ。かなりお酒が入っているらしく、赤ら顔で囃し立てられ、ステュは乙女みたいにはにかんだ。 「えーと、あの、スーちゃん……じゃない、俺、踊れませんよ?」 「リードしてあげる。シロネコちゃんはアタシに身を任せればいいだけ」  彼女自身は、そこまで酔っていないように見えた。積極的なお誘いにステュはどぎまぎする。断り続けるのも何だし、勇ましい美女とダンス、悪い気はちっともしない。 (うん、せっかくのお祭りだし、失敗してもいっか!)  ダンス経験ゼロのステュはお誘いに乗る気満々で、深紅のロンググローブを嵌めた女勇者の手を取ろうとした。 「まだミルクの匂いがしそうな子ネコでは力不足」  ステュよりも先に彼女の手を取った者がいた。 「貴女のお相手、宜しければ私が務めましょう」  顔の右半分を隠す白い仮面。  黒いコートを猛禽類の翼のように翻して、ステュと彼女の間に彼は降り立った。 「……貴男は……」  黒衣の男と目が合った瞬間、どうやら女勇者はステュのことをころっと忘れてしまったようだ。そのままエスコートされて、大広場の中央で踊り始めた。 「あれって新月の勇者?」 「漆黒の勇者だろ?」 「悪しき魔物に絶望を与える暗黒勇者じゃなくて?」  大広場にいた人々がどっと沸き立つ。特に旅行者や女勇者の仲間は、数多の海を越えて名が知れ渡っている彼の登場に歓声を上げた。  二人の勇者が参加した途端、曲調が変わった。しっとりした音楽に合わせ、戦闘に長けた肉体を優雅にしならせて踊る姿に多くの者が目を奪われた。  ステュはと言うと、ポカンとした後、たちまち仏頂面と化した。 (俺の胸のときめきを返せ!)  周囲で踊っていた者達まで勇者二人に惚れ惚れとする中、一人だけつまらなさそうに唇を尖らせる。  様々な通り名を持つディナイの訪問は、前回より半年振りであった。  以前は月に一度のペースであったのが、徐々に日が空くようになって、来ない期間が毎回更新されていた。 (久し振りの訪問なのに)  別の人の手を取って、あんなにかっこよく踊って、みんなに大注目されている。  自分のことを置き去りにして。

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