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8-1-ローザの冠
「ステュ、どうしたの」
娼館の石階段で箒片手にぼんやりしていたステュは、くるりと振り返る。
「兄のことが心配なの?」
白百合の如く、すっと立つシンの姿がそこにあった。
どんよりしているステュの心と裏腹に晴れ渡った真昼の空。鳥達が気持ちよさそうに羽ばたいていく。
「あの鳥達、家族かなぁ、シン様」
最近のステュは、どうしても上の空になってしまう。
ディナイが島へ来ない期間が半年間から一年間に更新されようとしていた。
一切の音沙汰もなく、十八歳になって一度も会っていないステュは不安で仕方がなかった。
「確かに、こんなにも期間が空くことはなかった」
「っ……どこかで病気にかかって、それかひどい怪我でもして、ずっと寝込んでるとか」
「そうね。もしも兄が命を落としていたなら、風の便りの一通くらいは届くはず」
「こ、怖いこと言わないで、シン様」
「黒き勇者の死。きっと世界中に知れ渡る。もちろん、この島にも」
「……シン様」
「だから大丈夫」
白いドレスの裾を引くシンに寄り添われて、ステュは素直に目を潤ませた。
妹のシン、娼館の皆、誰もが心配している。
だが、不安は顔に出さずに「二番目の天国」なる島を経済的にも支える有名な娼館で、遠方からもはるばる足を運ぶ客をもてなしている。
(俺もシャキッとしなきゃ)
気持ちを切り替えて意気込んでも、数分後には、ステュはやっぱりぼんやりとしてしまう。
どこにいるのかもわからないディナイの安否が気にかかってしまう……。
「ん……?」
頭にふわりと何かを乗せられた。振り返ってみれば、今度はローザがステュの真後ろに立っていた。
「綺麗な冠ね」
「あ、これって冠? わぁ、ほんとだ……」
頭に乗せられたものを手に取って、目を凝らす。
白バラでつくられた花冠。
眺めている内に、埋もれていたはずの記憶がおもむろに浮上して、ステュは微かに息を呑む。
(絵本で勇者様に助けられたお姫様も、似たようなの、頭に乗っけてた)
「……俺にくれるの? 絵本の中で見たことあるよ。幻みたいに綺麗だね」
「ローザの祈り」
シンの言葉にステュはキョトンとした。
細く長い指で花冠を拝借し、ハーフアップにして髪を結んでいるステュの頭に丁寧な手つきで乗せ、シンは言う。
「バラを一本ずつ結び上げる度に祈りをこめるの。だから、この冠はローザの祈りでいっぱい」
シンは蔓だらけの「善き魔物」の片手を両手でそっと包み込んだ。
すると。
ローザの天辺に宿っていた白バラの蕾がゆっくりと静かに花開いた。
「わぁ……夢の中にいるみたい……そうだよね、ローザも勇者様のことが心配で祈ってるんだよね」
「違うわ、ステュ」
シンは言葉少ないローザの代わりに純粋な「善き魔物」の思いをステュに伝えた。
「彼女は元気がない貴方のことを心配しているの」
溢れ出しそうなくらいの優しさにステュは胸がいっぱいになった。
「ありがとね、ローザ」
もう片方の蔓だらけの手を、そっと、そっと、握った。
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