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「っ……あれ、勇者様、仮面……」
ディナイは白仮面を外していた。周囲には人っ子一人いないようだし、自分も外そうとして、ステュははたと手を止める。
シンが教えてくれたお祭りの由来を思い出した。
(五年に一度、海から陸へ上がってくる女神様に惚れられるかもしれない)
「……勇者様、ちゃんと仮面つけないと。そういうの、マナー違反っていうんだよ」
「うるせぇぞ」
「ひどい!」
頭の後ろで手を組んだディナイが夜空に視線を移す。無用心に目を合わせてしまい、動悸がしていたステュも、彼に倣って光り瞬く星々に視線を戻した。
島の端までは祭りの喧騒も届かなかった。寄せては返す波と葉擦れの音色、虫の合唱が延々と奏でられている。
言い伝えと違って今夜の海は凪いでいた。
(世界に二人きりみたい)
暗闇伝いに感じるディナイの熱に、そっとため息を零し、ステュは目を瞑った……。
次にステュが目を開ければ、そこは屋根裏部屋であった。
「……んんん……?」
格子窓のカーテンは閉められている。隙間に滲む日差しから察するに早朝のようだ。
昨夜と同じ格好をしたステュはもぞもぞと起き上がり、大きな欠伸を一つして、床に下りた。
ディナイの姿は見当たらない。
朝一の船で旅立っていったのか。
「どうやって帰ってきたんだっけ……?」
熟睡したらしく、草原からの記憶がない。きっと彼に運ばれてきたのだろう。
(ごめん、ありがとね、勇者様)
ステュはカーテンを開けた。彼の気配が残っていないか、部屋を見回し、丸テーブルの上にある花瓶にふと目を留めた。
空き瓶になっていたはずが、花が活けられている。庭園の白バラではなかった。
「これって」
ステュは花瓶ごと持ち上げ、海と同じ色をした花を繁々と見つめた。
草原の崖っぷちに咲いていた花だ。
あの真っ暗闇の中で摘んだというのか。
「ありがとう、勇者様」
糸状の葉、薄くて柔らかな花弁を朝日に透かし、ステュはつぶさに観察した。
(蜜を吸うのはもったいない、大切に飾ろう)
宝物を扱うような手つきで、そっと、花瓶をテーブルに戻す。青い花に気を取られ、見落としていた新しいリボンに気がつくと、思わず小躍りした。
「ちゃんと目的地に辿り着きますように」
また無事にここへ戻ってこれますように。
ディナイの無事を願う夜を幾度となく繰り返してきた。
黒き勇者はステュの不安を打ち消すように、何度だってケロリとした様子で娼館へやってきた。
しかし。
ステュが十八歳になってからディナイの訪問はぱったりと途絶えた。
(どこに行っちゃったんだろう、勇者様)
いつだって、こんなにも、会いたいのに。
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