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第47話 三月某日【ホワイトナイト】鴫野
『むかえにきて』
『北口のロータリー』
なんて、変換する余裕もなさそうな切羽詰まったメッセージが来て、ベッドでぼんやりしていた俺は飛び起きて慌ててメッセージを送った。
『すぐいきます』
『ごふんできいます』
部屋着のスウェットの上下にカーキのモッズコートを羽織ってマフラーを雑に巻いて、玄関にあったビニールのサンダルを引っ掛けて、戸締りをして、玄関ポーチの自転車のスタンドを蹴って外して。
多分身支度の最速レコードが出たことだろう。俺は自転車をすっ飛ばして駅に向かった。
こんなの絶対何かあったに決まってる。
ただの予感だけど、先輩から届いたメッセージは俺の頭の中を引っ掻き回すのには十分な威力だった。頭の中はぐちゃぐちゃになっていて、自転車を漕ぐ数分間、俺の思考はずっと先輩のことでいっぱいだった。
何されたの。
大丈夫?
痛いところはない?
辛い?
悲しい?
誰に?
あいつ?
それとも別の奴?
頭の中にはそんな思いがずっとぐるぐる回っていた。
自転車を飛ばしてたどり着いた駅の北口のロータリー。寂れてる方のロータリーは、人気が少ない。
その隅のベンチで先輩は小さくなっていた。
「先輩!」
呼ぶと、先輩は顔を上げた。
泣いてる。今も先輩の色素の薄い瞳は濡れて、ぽろぽろと涙が零れ落ちている。
「なんでそんな、泣いてんの」
「みき、たか」
「あーもう、泣かないで」
悔しいけど、先輩がこんなふうになる、心当たりは一つしかない。
とりあえずマフラーを巻いて、顔を隠して、抱き寄せた。
胸に押しつけて、先輩が泣き止んで落ち着くのを待った。
「落ち着くまで、我慢して」
先輩が、ゆっくり息をしているのがわかる。
駅の裏、人通りが少なくてよかった。
ぐずぐずと鳴っていた先輩の鼻も落ち着いて、呼吸も落ち着いたみたいだった。
「みきたか」
「うち、来てください」
優しい声で言うと、先輩は頷いてくれた。
胸元に抱き込んだ先輩を解放する。先輩はちらりと俺を見た。濡れた瞳が俺を見上げるから、なんだか変な気分になってしまう。
落ち着け。まだ早い。外だし。
ベンチから立って、そばに止めた自転車のスタンドを外す。
振り返ると先輩も立ち上がったところだった。
それから先輩と並んで、自転車を押して家に向かう。
西に傾いて高度を下げた太陽が眩しい。俺と先輩の足元には長い影が落ちていた。
先輩は口数が少なかった。俺もこんなとき何を喋ったらいいかわからなくて、黙ったまま家に向かう。変な感じだった。なんとなく耐えられなくなって、俺が先に声を上げた。
「お腹減ってます?」
「あんまり」
「じゃあお茶入れますね」
「ありがと」
そうやってぽつりぽつりと話をしながら、先輩と家までの道を歩いた。
お茶をグラスに入れて部屋まで持ってきた。グラスはテーブルに置いて、コートとマフラーは床におざなりに放って、先輩をベッドの上に縫い止めた。
「っ、みきたか」
波打つシーツの上、俺を見上げた先輩は焦ったような声を上げた。その表情には戸惑いがはっきりと見て取れる。急ぎすぎたかな。性急だった自覚はあった。
「こう、何かされた?」
俺はできるだけ優しい声で言う。先輩は一瞬目を逸らして、もう一度俺に目を合わせた。
「……キスされた」
先輩の薄茶色の瞳が揺れた。
「他には」
「ほかは、ない」
とりあえずキスだけで安心して、俺は先輩を抱き竦めた。あんなに泣いてたから、もっと何かあったのかと思った。
「こう」
そっと先輩の頬を撫でる。涙で濡れた頬は冷えていて、少し痛々しかった。手のひらで包むと、俺の温もりが先輩の頬を温めていく。それだけで俺は嬉しくなった。
先輩はまだ不安げに俺を見上げていた。
何をどうされたかわからないから、上書きするみたいに先輩の唇に優しく触れて舐めて、食らいつくみたいに深く重ねる。上唇と下唇を交互に吸って、舐めて、優しく歯を立てて。
「ん、ふぅ」
鼻に抜ける甘い声が聞こえる。
思い当たる触れ方は全部試した。
あったかくて柔らかい口の中を探って、綺麗に並んだ歯をなぞって、優しく舌を掬い上げる。
舌を吸って、小さく跳ねる先輩の身体を宥めるように撫でる。
唇を離して、先輩の目を覗き込む。
「きもちい? こう」
「ん」
「もう、他のやつに触らせないで」
俺の切なる願いだ。もう、俺以外の誰にも触れさせたくない。できれば見せたくもない。どうしたらずっと先輩を俺の腕の中に閉じ込めておけるだろうと思いを巡らせる。
「触らせねーよ」
先輩は笑う。冗談だとでも思ってるんだろうか。啄むように先輩の唇へキスを落とすと、先輩はくすぐったそうに笑いながら俺の首に腕を絡めた。
「ん、ふ、きもちい、みきたか」
唇が離れれば視線がぶつかる。
先輩の目にはもう火がついていた。俺から飛び火した、薄暗く揺れる劣情の火だ。
「続き、しろよ」
そんな甘やかなお誘いを、俺には断る理由がない。だから、俺はできるだけ優しく先輩を抱く。物足りないなら、足りるまで。ぐずぐずに溶かして、先輩が欲しがるものを欲しがるだけあげたい。
それで、俺から離れられなくなってほしい。俺しか見えなくなってほしかった。
「みきたか、あ」
シーツの上で乱れる先輩は、後ろに俺のものを根元まで呑み込んでいる。
今日だって、友だちと遊んだ後俺とするつもりでお尻準備してあるの、ずるすぎるでしょ。ほんと、キスだけで済んでよかったと思う。
「先輩、わかった? 俺じゃないとダメだって」
優しく言い聞かせながら、縋りついて甘える奥の襞を捏ねると、先輩は俺にしがみついた。
「わかった。わかった、から」
上擦った、蕩けた声を上げる。濡れた瞳が縋り付くみたいに俺を見上げて、俺は腹の底が熱くなるのを感じた。
俺だけを欲しがってほしい。
腹の底でくつくつと煮えたぎるのは、先輩を閉じ込めて独り占めしてぐちゃぐちゃにしたいという俺の薄暗い気持ちだ。
「みきたか、ぐちゃぐちゃにして」
震える唇におねだりされて、俺は望み通り、一番奥から浅瀬まで、ゆっくりと先輩の中を擦る。浅瀬まで引いて、段差で粘膜を削ぐように擦って、奥めがけてまたゆっくりと隘路を拓いていく。
その動きに、先輩の中はうねり、喜ぶみたいに震える。
可愛らしい色の昂りは腹につきそうなくらい反り返って、先端の裂け目をひくつかせて透明な蜜を腹に垂らしていた。
白い先輩の肌は上気して赤みが差している。触れれば熱くて、眩暈がする。
「こう、きもちいい?」
すっかり緩んだ一番奥の襞をこじ開けて、最奥の柔い壁を叩くと、先輩は喉を反らした。声を引き攣らせ、身体を強張らせて、脚を痙攣させた。
震える昂りは透明な迸りを放ち、腹を熱く濡らす。
腰を押し付けながらゆっくりと回す。中はずっとひくひくと締め付けてきて、先端の嵌った一番深いところは甘えるみたいにひくついてちゅうちゅうと吸い付いてくる。
雁首の段差を出し入れしてくぽくぽと襞を虐めると、先輩は泣き出しそうな顔で俺を見上げた。
だらしなく開いた口は端から唾液が溢れて、瞳は涙が溢れそうだった。
「みきたかぁ」
眉を八の字にして瞳を濡らす先輩は、もう限界が近そうだった。
俺もそろそろ限界が近い。
「こう、いっていい?」
「ン、い、よ」
先輩のお許しが出たので、ラストスパートをかける。俺の快感だけを追う動き。それでも先輩は気持ちいいのか、嬉しそうに俺に縋り付く。
「みき、たか」
「っ、く」
一番深くまで突き入れて、熱が爆ぜる。何度も脈打って先輩の奥に白く濁った奔流を吐く。
息を詰めて吐精の快感に耐える。
俺の下にいる先輩を見ると、瞳を潤ませて腹の中で脈打つ俺を感じているみたいだった。
散々熱を吐き出し合って、気怠さの残る身体を寄せ合う。まだ色濃く残る余韻は心臓を弾ませている。
「みきたか」
擦り寄る先輩を抱きしめる。汗の滲む肌は表面がうっすらと冷えて、それでもその奥にはまだ引き切らない熱が籠っていた。
「こう、大丈夫?」
俺は腕の中に収まった先輩の耳元に声を吹き込む。
先輩とのセックスはどうしようもなく気持ちよくて、俺はすぐ理性をすっ飛ばしてしまう。最後まで優しくできた自信はない。
「ん」
先輩が小さく頷くので、俺は安堵した。
早く卒業したい。先輩はずっと先にいる。
卒業して、大学に行って、社会人になって、その先もずっと先輩といられたらいいなと思う。
ずっとこの人を独占していたい。何があっても離れたくない。
思ったより気持ちが大きくなっていて驚いたけど、先輩相手がだから仕方ない。
「よそ見かよ」
いつの間にか、先輩が俺を見上げていた。ぼんやりと考え込んでいた俺を、よそ見していると思ったらしい。
「あんたのこと考えてたんですよ」
俺が言うと、先輩は笑って俺の唇に噛みついた。
何にやきもちを妬いたのかはわからないけど、こんなかわいい先輩は、やっぱり誰にも教えたくないと思った。そんな俺の胸に広がるのは、綿菓子みたいに甘やかな気持ちだった。
俺が抱いていたどろどろの劣情を、その仕草ひとつでこんなふわふわした甘いものに変えてしまうんだから、この人はほんとどうかしてる。
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