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第二十三話
第二十三話
精神科医のヴィクターは、クリスがとても歪 んでいると言っていた。
録音していた診断中の音声を聞いても明らかだし、それは、パーティの一件を見ても分かる。
クリス程の頭脳があれば、体を使うような手段を取らなくても解決策はいくらでもある筈 なのだ。
しかし、クリスは、安易に自分の体を使おうとする。
ダグラスには、クリスが全く自分の価値に気付いていないとしか思えない。
それは、容姿においても頭脳においても、全てにおいて言える事だ。
ダグラスは、クリスに歪んだ部分がある事に気付いてはいたが、これほど状態が不安定な原因がそれだけとは思っていなかった。
他の原因があるとするなら、時期的にみても、D国の一件が関係している事は間違いない。
ダグラスは、それが本当なら、全て自分の責任だと思う。
だからと言って、ダグラスは、クリスに対し何もする事が出来なかった。
クリスは毎日、黙々と仕事をこなしていた。
しかし、ダグラスが無理をさせないようにと思い、クリスの仕事量を減らしていたので、いつもすぐに終わってしまう。
この日の仕事が終わると、その後すぐに、昼食が運ばれてきた。
しかし、クリスは食欲がなく、全く手をつける事なくお膳 を下げて貰 った。
そして、一人になると、ウォーターサーバーの水を汲んで、ベッドに腰掛ける。
サイドテーブルにある薬袋を手に取ると、クリスは中から薬をワンシート取り出し、手のひらパチパチと出して行く。
それが終わると、薬を口に放り込んで、水で流し込んだ。
処方された量より随分 と多いが、クリスにとっては、これが頭をぼんやりとさせる定量だった。
クリスは、一人でいるのに耐えられなかったが、この日、ダグラスは仕事が忙しいと言っていたので、当分帰りそうにない。
クリスは、コップをサイドテーブルに置くと、ベッドに寝転がった。
「なんで、こんなに苦しいんだろう」
クリスは、両手を天井に伸ばす。
「どうやったら、逃げられる?」
そう言って、クリスは両手を握りしめた。
それから、両手を開き、また閉じる。
その後、クリスは、その動作を何度か繰り返していたが、ベッドから起き上がり、警備員室に連絡を入れた。
『なにか御用ですか?』
「部屋に来て欲しい」
クリスは、通信に出た警備員に、理由は言わず、ただ用件のみを伝えた。
しばらくすると、男が部屋に入って来た。
「どうされましたか?」
尋ねられるが、クリスは、男の顔を見ようともせず、そのまま廊下を指さす。
「そこの角に空き部屋があるでしょう?」
「はい」
男は、クリスの意図が読めず、不思議そうな顔で返事をする。
「僕をそこに連れて行ってよ」
そこで、クリスは、やっと男の方に顔を向けた。
「抱かれたい気分なんだ」
そう言って、クリスは妖艶 な笑みを浮かべた。
クリスは、部屋に戻るとシャワーを浴びた。
以前の事もあるので、気付かれないように念入りに体を洗う。
そして、髪もなにもかも全て洗い終えると、クリスはバスルームの床に膝をついてうずくまった。
「ただいま。遅くなってすまなかった。調子はどうだ?」
ダグラスが、いつものレストランの食事を持って帰って来た。
「おかえり」
そう言って、クリスはダグラスに抱きつく。
その時、ダグラスは冷たい感触がして手をやると、クリスの髪はまだ濡れていた。
「きちんと髪を乾かさないと駄目じゃないか」
ダグラスは、食事をテーブルに置くと、ドライヤーを取りに行く。
クリスは、椅子に座って待ち、ダグラスが戻ってくると頭を預けた。
ダグラスは、クリスの髪に口付けながらドライヤーをかける。
「社長……」
「どうした?」
ダグラスが聞き返すが、クリスは、何か言いかけてやめる。
「なんでもない」
クリスは、それだけ告げて俯 く。
すると、ダグラスは、その頬 に手をかけて上を向かせた。
「なにか隠し事か?」
クリスは、ダグラスから目を逸 らして答える。
「仕事、増やして貰えないかな?」
「それは構わないが……大丈夫か?」
ダグラスの問いかけに、クリスは苦しそうな顔で笑う。
「何もしていないとつらいんだ」
ダグラスは、クリスに無理をさせないようにと考えて、仕事をセーブしていた。
しかし、仕事を減らす事で、逆にクリスを苦しめているのなら、申し出を断る理由はない。
「分かった。明日からそうしよう。それより、夕飯にするか?」
「うん」
クリスは、食べるとは言ったものの、あまり食欲がなかったので、持て余したように、フォークとナイフで料理をつつく。
「調子が悪そうだな」
ダグラスは席を立つと、クリスの額 に手を当ててみる。
「熱は、ないか。他に、何処 か悪いところがあるのか?」
「大丈夫。何処も悪くないよ。でも、なんだか食欲がなくて。社長、僕の分も食べてくれない?」
「それは、構わないないが」
ダグラスは歯切れの悪い言い方をしたが、断る気はないようだった。
「ありがとう」
クリスは、礼を言うと、ベッドに横になった。
ダグラスは、クリスの様子を見ながら、料理を口に運ぶ。
クリスの状態は、日によって違った。
元気に見える時もあれば、酷く沈んでいる時もある。
そして、今は酷く衰弱 しているように見えた。
ダグラスは、クリスの診察の後、ヴィクターが、入院を勧めていた事を思い出す。
あまりにリスクが高く、入院については断ったのだが、そんな事を考えている場合ではなさそうだった。
『入院について、会議にかけてみるか』
ダグラスは、食事を終えると、ベッドに腰掛ける。
そして、入院について早速切り出してみる事にした。
「まだ出来るかは分からないが、もし許可がおりたら入院するか?」
その言葉に、クリスはベッドからはね起きた。
「嫌だ。社長と離れたくない!」
そう言って、クリスは、ダグラスの腕にしがみつく。
「しかし、このままという訳にはいかないだろう」
ダグラスは、困ったようにクリスの頭の上に手を乗せた。
けれど、クリスは落ち着く様子はなく、懸命 に訴えてくる。
「仕事頑張るから……。だから追い出さないで!」
ダグラスは、クリスが入院の話を断る事は予想していたが、これほどまでとは思っていなかった。
しかし、確かに、この前、医務室にいた時もこんな感じだったと思い出す。
ダグラスは、なだめるようにクリスを抱きしめた。
「とりあえず、薬を飲んで落ち着こうか」
クリスは、ダグラスの腕の中で頷 いた。
クリスは、薬を飲むとベッドで横になった。
ダグラスは、落ち着かせる為 に、しばらくクリスの髪を優しくなで続ける。
そうしていると、薬が効いてきたからか、安心感からか、クリスはうつらうつらとしはじめた。
そのまま寝落ちそうなクリスを見て、ダグラスはベッドから立ち上がる。
「ちょっとシャワーを浴びて来たいんだが、一人で大丈夫そうか?」
それに、クリスは頷いた。
クリスは、大丈夫と答えたが、ダグラスがバスルームに消えると急に不安になった。
一人の時間は、いつも嫌な事ばかり考えてしまう。
そして、考えはじめたら、それだけに囚われてしまい、ぐるぐると頭の中で渦を巻く。
思い浮かぶのは、ここに来る前の記憶だったり、来てからの記憶だったりした。
『僕の事を知ったら、社長は僕を嫌いになるだろうな』
クリスは、警備員を誘って寝た事に、罪悪感を覚えていた。
パーティの時もそうだが、クリスは誰とでも簡単に寝る。
レイには、貞操観念 がないと言われたし、良くない事は、クリスにも分かっていた。
しかし、クリスにとって、それは単に何かを得る為の手段に過ぎない。
クリスは決して性行為が好きな訳ではないが、自分の望むものの対価として、体を差し出しす事に抵抗はなかった。
ダグラスは、自分を安売りするなと言ったが、クリスがパーティの時に要求したものは命だ。
それは、リチャードの命であり、警備員の命でもある。
相手にとって、決して安い買い物ではない。
クリスが、意味もなく誘っているように見える時、相手に要求しているものは救済だ。
もし、叶うなら、体ぐらい安いものだ。
クリスにとっては、全て理由のある行動だった。
なのに、それをダグラスに説明する事が出来ない。
隠さなければならないのなら、それは悪い事なのだとクリスにも分かる。
しかし、どうしてもやめる事が出来ない。
なぜなら、クリスにはそれ以外の方法が思いつかないからだ。
『あの生活から抜け出せたのに、僕はまだ体を売っている。きっとあの言葉は正しい』
クリスの脳裏に、昔、罵られ続けて来た言葉が蘇る。
汚い。
淫売 。
『僕は汚れてるんだ』
クリスが考えていると、ダグラスがバスルームから出て来た。
「待たせたな」
そう言うと、ダグラスはベッドに入って来る。
クリスは、ダグラスに抱きつこうとして躊躇 した。
「どうした? 何かあったのか?」
様子がおかしい事に気付き、ダグラスは心配してクリスの顔を覗 き込む。
「何もないよ。ただ、今日はソファで寝る」
ダグラスは、ベッドから出ようとするクリスの腕を掴 む。
「何もないようには思えないんだが。何かあるなら話してくれないか?」
それに、クリスは少し考えてから口を開く。
「社長が汚れる」
「どうしてそう思うんだ?」
「僕が汚いから」
ダグラスは、出て行こうとするクリスをベッドの中に引き戻した。
「クリスは汚くないし、クリスより私の方が汚い。だから大丈夫だ」
そして、クリスをそっと抱きしめた。
「社長は、汚くないよ」
クリスはそう言って、腕の中から離れようとする。
ダグラスは、それを引き止め、先程よりきつく抱きしめた。
「そうだとしても、問題はないさ。なら私も一緒に汚れればいいだけだ」
「社長は、僕の事をなにも知らないからそう言えるんだ。僕の事を知ったら、同じ事は言えないと思う」
「それじゃあ、クリスの事を教えて貰えるか?」
「言えない」
クリスは、腕の中で肩を震わせていた。
その様子に、ダグラスは、クリスが助けを求めていのだと思った。
ダグラスは、落ち着かせるように、優しく背中をなでる。
「どうしても、言えない事なのか?」
クリスは、小さく頷いた。
ダグラスは、クリスの額に口付ける。
「言いたくないなら、言わなくていい。私は知らないまま、ずっと騙 されておくさ」
クリスは、その言葉を聞いて、ダグラスの背中におずおずと腕を回す。
「社長に、甘えてもいいのかな?」
クリスの声が震えていた。
「ああ、いくらでも甘えたらいい」
「僕がどんなに汚くても嫌いにならないで」
ダグラスは、自分がクリス以上に汚い大人だと思っていた。
だから、クリスの願いを受け入れる事に躊躇 いはない。
「大丈夫だ。心配ない」
クリスは、その言葉にすがるしかなかった。
「社長が欲しい」
「分かった」
ダグラスは、激しく口付けて、クリスの服に手を差し入れた。
クリスは、その口付けに更に激しく応えて、体を擦り寄せる。
理性が飛びそうな口付けの後、ダグラスはクリスの服を脱がせた。
「クリスは綺麗だ」
ダグラスはそう言って、クリスの体に口付ける。
「ありがとう」
クリスは、肩を震わせながら笑った。
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