24 / 33
第二十二話(後編)
クリスは、会場に戻ると、ダグラスを目で探した。
すると、すぐにダグラスは見つかったが、女性客に捕まっていて、しばらく離して貰 えそうにない。
その時、ダグラスの方も、クリスを見つけたようで、安心したような顔をした。
クリスは、そのまま会場を見渡す。
そして、お目当てのエイミーを見つけると、両手にソフトドリンクを持って、近くまで歩いて行った。
「エイミー・キャリーだよね?」
エイミーは、名前を呼ばれて振り向いた。
すると、そこには、整った容貌 の少年がいて、キャリーはうっとりと見惚 れてしまう。
「もしかして、あなたがクリス?」
キャリーは顔を赤らめて尋 ねる。
その質問に、クリスは笑顔で答えた。
「そうだよ。エイミーが一人でいるのが見えたから来たんだ」
そう言ってから、クリスはエイミーに見えるようにグラスを上げる。
「ジュースを持って来たんだけど、飲む?」
「ありがとう」
クリスに勧められて、エイミーは遠慮がちにグラスを受け取った。
それを見てから、クリスは爽やかに微笑む。
「エイミーが、このパーティに参加するって聞いてね。うちの社長に、無理を言って連れて来て貰ったんだ」
エイミーは、クリスに笑顔を向けられて耳まで赤く染める。
「私も……、パパから聞いてたけど……。こんなに綺麗な人だって……聞いてなくて……」
「綺麗だなんて、こんな素敵な子に言われると、恥ずかしいな」
そう言って、クリスは照れたように笑った。
それから、おもむろに話題を切り出す。
「エイミーって、頭がいいんだよね。色んな分野で活躍してて、凄いなって思っていたんだ」
「うん。まあ、色々とやってるわ。でも、クリスも頭がいいって聞いたけど、そうなの?」
エイミーは尋ねられて、しどろもどろに答える。
クリスは、その言葉を受けて、自嘲 気味に笑った。
「さあ。僕は自分の事もよく分からないから、あまり頭は良くないんじゃないかな」
その言葉をエイミーは即座に否定する。
「クリスは頭がいいと思うわ。だって凄く大人っぽいし」
「ありがとう」
クリスは、否定するでもなく、笑顔で礼を言った。
その大人っぽい仕草に、エイミーは思わず、自分の通っている学校の子供達と比べてしまう。
「私ね、本当は飛び級したいのに、そう言うのも経験だって、ママがさせてくれないの。クリスも学校生活って退屈じゃない?」
エイミーが気持ちのままに問いかけると、クリスは不思議そうに首を傾 げた。
「僕は、学校には行った事がないから、よく分からないや」
その言葉に、エイミーは驚いたようにクリスを見る。
「学校に行った事ないの? じゃあ勉強はどうしてるの?」
「それぞれの分野の専門の先生について教えて貰ったんだ」
それを聞いて、エイミーは目を輝かせた。
「家庭教師かあ。いいなあ。私も学校に行くよりそっちの方が良かったわ」
「人と関わるのも勉強だと思うよ? 僕は同年代の子と会う機会がないから、そういう経験もしてみたいかな」
クリスは、そう言うと、寂しそうに笑った。
「でも、同い年の子とか、頭悪すぎて話す気にもならないわ」
「そうかな? 勉強が出来るとか、知能指数が高いとか、そういうのはただの指標 であって、それが全てではないよ。それに、そんな事を言っていたら、話せる人なんていなくなってしまう」
エイミーは、クリスの言っている事がよく分からなかったが、軽く聞き流して自分の考えを主張する。
「でも、考え方とか、凄くガキっぽいのよ?」
「仲良くするというのは、その人といて楽しいとか安心するとか、そういう事が大事なんじゃないかな」
「そうなの?」
「うん。だから、僕は今、エイミーと話しが出来て嬉しいよ。僕はあまり話す方じゃないんだけど、エイミーは話しやすいから、ついお喋りになってしまう」
その後も、しばらく取り留めもない話をした。
学校に、友だちに、暖かい家庭。
どれも、クリスには縁のないものばかりだった。
クリスは、今の生活に満足はしているが、それでもエイミーが少し羨 ましくさえあった。
話が一段落つくと、クリスは、持っているグラスを胸の高さにかかげる。
「せっかくグラスを持っているし、乾杯する?」
「いいわ。でも、何に乾杯するの?」
クリスは、どうしたらいいか考え込む。
「なんだろう? 何も考えてなかった」
そして、悪戯 っぽく笑った。
「じゃあ、クリスと出会った記念というのはどう?」
キャリーの言葉に、クリスの顔が明るくなる。
「じゃあ、二人の出会いに」
「クリスは恋人っているの?」
唐突に、エイミーが聞いて来た。
「いないよ」
ダグラスは、恋人ではないだろうし、実際クリスには恋人と呼べる人はいなかった。
「エイミーは? やっぱり可愛いくて魅力的だからいるよね?」
それに、エイミーは首を横に振ると、クリスの腕を掴 んだ。
「いないわ。というか、私、クリスと付き合いたい!」
クリスは、少し驚いた顔になる。
「え? いいの? 嬉しいな」
クリスは、照れたように笑った。
「僕も、エイミーの事、好きだよ」
クリスはそう言って、エイミーの頬 に口付ける。
すると、エイミーは、頬を赤らめて俯 いた。
クリスは、そのまま、耳元に口を近付けて囁 く。
「ねえ、お願いがあるんだけど聞いて貰えるかな?」
「なんでも言って」
クリスの言葉に、エイミーが答える。
それを聞いて、クリスは微かに笑みを浮かべた。
「リチャード警備が持っている代理業社の機密データを完全に消去して欲しいんだ」
エイミーは、クリスの言葉に大きく頷いた。
「分かったわ」
クリスは誘うように笑って、エイミーの顔を見つめる。
「ねえ。今ここでやる事って出来る?」
「奥に端末があるから、あれですぐ消せるわ」
「ありがとう、エイミー」
そして、エイミーはすぐに端末を取りに行った。
エイミーが端末を操作しているところへ、リチャードがやって来た。
「やあ、クリス。うちの娘の相手をしてくれてありがとう。なにか困らせたりしてなかったかい?」
「いえ。僕は同年代の子と話した事がなかったので、とても勉強になりました」
クリスは、爽やかな顔で微笑んだ。
リチャードは、それに頷いてから、冗談まじりに尋ねる。
「クリスは、社交マナーがきちんと出来ていて羨ましいよ。うちの娘にも習わせた方がいいのかな?」
リチャードの言葉に、エイミーが抗議する。
「そんなもの習う必要なんてないわ!」
クリスは、それを見て笑う。
すると、その隣で、リチャードも苦笑していた。
その後、リチャードはクリスに向き直って尋ねる。
「ところで、クリスはこういう礼儀作法は会社で教えて貰ったのかな?」
「ええ。教えて貰いました。社交マナーから……」
クリスは、そこまで言ってから、リチャードの腕を掴んで声のトーンを下げる。
「人の殺し方まで一通り」
「冗談がきついな。大人をからかうものじゃないよ」
リチャードの表情が引きつる。
ここにエイミーがいなかったら、リチャードは、きっと怒鳴り散らしていた事だろう。
「からかってはいませんよ。僕はあなたに警告をしているんです。これ以上、社長に無理難題を押し付けるつもりなら、あなたを殺しますよ、ってね」
囁きながら、クリスは酷薄 な笑みを浮かべる。
「そんな事が出来る訳がないだろう。いくら子供でも、言っていい冗談と悪い冗談があるぞ」
「残念ながら、これは冗談ではありません。僕が直接手を下さなくても、使える手駒 はいくらでもあります。僕はいつでもあなたを殺せる。命が惜しくないなら、試してみてはどうですか?」
クリスはそう言うと、リチャードの腕から手を離した。
「社長の手が空いたみたいなので、僕はこれで失礼します」
「社長」
クリスは、笑顔でダグラスの元に行った。
「クリス、今まで一体どこに……」
ダグラスは、笑顔で話しかけようとして、言葉を切る。
クリスの体から、微かに嗅 ぎなれない匂いがしたのだ。
ダグラスは、クリスの肩に手を置き、首筋に鼻を近付ける。
「クリス。なにをした?」
ダグラスが低い声で尋ねた。
「社長、他人 が見てる」
クリスは、まさかダグラスに気付かれるとは思っていなかったので動揺した。
「私がなにも気付かないとでも思ったのか?」
ダグラスは、クリスの肩から手を離す。
「とりあえずここにいろ、挨拶をして来る」
そして、クリスにきつい口調で告げると、その場を離れた。
会社に戻ると、クリスは執務室に連れて行かれた。
普段、クリスに優しいダグラスが、険しい顔をして睨んでいる。
「私はね、仕事に私情を挟む気はない。それが社の為になるなら君の行動に苦言を呈する気は全くないよ。しかし、君は我社のブレーンであって、この手の仕事を任せてはいない。君になにかがあった場合、我が社にもたらされるものは利益よりも損失の方が遥かに大きい。以前にも言った事があったと思うが、危ない事をされるのは迷惑だ。これからは、こんな事がないようにしてくれ」
ダグラスは、代理業者の社長としての立場で発言していた。
その為に、クリスを部屋ではなく、わざわざ執務室に連れて来たのだ。
「しかし、やってしまった事は仕方ない。今回は目を瞑ろう。それで、今回の件がどうなっているか報告して貰おうか」
クリスも、ダグラスにならって敬語で応答する。
「今回の件の対策の為に、三人に接触しました。まず、相手の社内に内通者を作りました。次に、エイミーに我社の機密情報を完全に消去させました。最後に、相手社長に、今後このような事がないよう警告をしておきました。これで、我社への不当な圧力はなくなるものと思われます」
ダグラスは、眉間 に皺 を寄せて、机を指で二回叩く。
「君には、今後もこういう仕事を任せるつもりはない。それを肝に銘 じておいてくれ」
「私は、ここに雇われた時、そういう仕事も任せる予定で雇われたと思っていたですが、違うのでしょうか?」
クリスの言葉に、ダグラスの眉間の皺がさらに深くなる。
はじめて会った時の状況をクリスは正確に理解していた。
しかし、今ここでそれを持ち出すのは、子供の言い訳でしかない。
「あの当時と今とでは、状況が変わっている。それは、君も理解している筈だ。軽率な行動は謹んでくれたまえ」
「分かりました」
ダグラスはデスクを離れ、クリスの方に歩いて来る。
「しかし、今回の件で我社に貢献してくれた事は間違いない。それについては感謝する。よくやってくれた」
ダグラスは、クリスの肩に手を置いた。
「ありがとうございます」
ダグラスは、そのままの姿勢で、声のトーンを下げてクリスに告げる。
「ただ、これだけは言っておく。自分を安売りするな。もっと大切にしろ。君の才能は、こんな事で浪費すべきものではない。今日は、もう部屋に帰ってゆっくり休みたまえ」
ダグラスは、クリスから離れると、警備員を呼び出した。
「クリスを部屋に連れて行ってくれ」
ダグラスは、クリスが退室すると、机に肘をついて頭を抱え込んだ。
ともだちにシェアしよう!