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第二十二話(前編)
D国の一件以来、トーマスの裏切りにより漏洩 したクリスの情報が、一部界隈 に知れ渡る事となった。
クリスの存在はもう隠す必要もない。
最早 、閉じ込めておくのは、クリスの身と会社の安全の為 だけだった。
夕方、ダグラスは部屋に戻ると、上着を脱ぎながらクリスに尋 ねる。
「精神科医とはどうだった?」
「何も話す事がないのに聞いて来るから、面倒になって、ちょっと虐 めたら逃げて行った」
ダグラスの問いに、クリスは悪戯 っぽく笑って答えた。
それから、自分の髪を引っ張ってダグラスの方を向く。
「それより、ハサミ持って来てくれた?」
クリスは、他人に髪を触られるのが嫌なので、いつも自分で切っている。
しかし、この部屋には、万が一の事を考えて刃物は置いていない。
だから、ハサミを持って来て欲しいと、ダグラスが出かける前に頼んでいたのだ。
「ああ。持ってきた」
ダグラスは、カバンからハサミを取り出すと、クリスに手渡す。
「ありがとう」
クリスはそれを受け取って礼を言うと、すぐにハサミを持ち替えてダグラスに返した。
「じゃあ、社長手伝ってよ」
しかし、ダグラスはハサミを受け取らず、驚いてクリスを見る。
確かに、クリスはいつも器用に、自分で長めのショートヘアにカットにしているが、後ろは見えにくいのか、きちんと揃 っている訳ではない。
おまけに、しばらく切っていなかった事もあって、襟足 も随分 伸びていた。
それもあって、ダグラスに頼んできたのだろうが、頼まれた方はたまったものではない。
「それは構わないが、どうやって切ったらいいんだ?」
ダグラスは、髪など切った事がないので、突然クリスに頼まれて困惑した。
どう考えても、ダグラスが切るより、クリスが自分でやった方が上手いに決まっている。
しかし、クリスはダグラスの気持ちなどお構いなしに、ハサミを握らせる。
「お任せで。ただ前髪は鼻先まで欲しい」
「失敗しても知らないぞ」
そう言って、ダグラスは、仕方なくクリスからハサミを受け取った。
それから、端末でヘアカタログを見ながら、どの髪型がいいか考える。
しかし、ダグラスは、クリスの艶やかな黒髪が好きだったので、なるべくなら切りたくはなかった。
名残 を惜 しむように、クリスの髪に口付ける。
そして、ダグラスは悩んだ末に、結局、髪は軽く揃える程度であまり切らない事にした。
「出来たぞ」
クリスは、自分の髪をあわせ鏡で見て苦笑する。
「ありがとう。でも社長、あんまり変わってないんだけど」
そう言って、ダグラスを振り返る。
「クリスには、このくらいの長さがちょうどいい」
ダグラスは誤魔化 すように微笑 んで、クリスの髪に口付けた。
それからしばらくして、ダグラスはクリスから体を離すと、仕事用の端末を取り出す。
「今日は仕事を持って来た」
クリスは、髪をパサパサと払うと、バスルームから出て来た。
「なに?」
そう言って、クリスは、スクリーン前の定位置に座ると、ダグラスから端末を受け取った。
「正確には仕事ではなくて、厄介 な依頼の今後の対策を考えて欲しい」
ダグラスに言われて、クリスは画面をスクロールさせる。
「リチャード警備は、代理業社の得意先だ。しかし、我社の機密情報を天才ハッカーである、社長の娘に盗まれた。文章は暗号化されているが、解読されないという保証はない。その情報を盾 に、事ある毎 に圧力をかけて無理な依頼を押し付けて来る。今まで、それらの依頼を全て聞いて来たが、このままでは相手を増長させるだけでキリがない。なんとかこの状況を打破したいんだが、何かいい解決策はないか?」
クリスは、スクロールする手を止めて画面を指さす。
「これって今回の依頼?」
「ああ、そうだ。リチャード警備社長のリチャード・キャリーが主催するパーティに、クリスをパートナーとして連れて来いと言って来た。名目上は娘の相手を歳の近いクリスにやって貰 いたいと言う事だが、こちらがクリスを連れて行けないのを承知で、無理難題を押し付けているだけだろう。当然クリスを連れて行く事は出来ないのでこの依頼は断るつもりだが、今回の依頼も含めて、今後の対策を考え貰いたいんだ」
クリスは、キーボードを操作して、リチャード警備のいくつかの情報を調べる。
そして、しばらくしてから、ニヤリと笑ってダグラスを見た。
「これ、僕、行くよ。ついでに問題も解決出来る。参加の返事を出しておいて」
これには、ダグラスも驚く。
まさか、人の多いパーティなどにクリスを連れて行ける訳がない。
ダグラスは、慌ててクリスに告げる。
「パーティには女性も沢山いるし、娘さんも女の子だぞ?」
それに、クリスが吹き出した。
「社長、娘が女の子のは僕も知ってる」
ダグラスは、クリスに指摘され、自分がおかしな事を言った事に気付き、思わず苦笑した。
しかし、クリスがどこまで本気かは分からないが、連れていけない事に変わりはない。
「それはともかく、女性もいるしパーティは無理だ」
ダグラスが窘 めるが、クリスは全く聞くつもりがない。
「なんとか避ける! 避けきれなかったら社長のところにひっつきに行く!」
「無理だろう」
「やってみないと分からないよ。それに……」
先程まで、即答していたクリスが、急に歯切れが悪くなり、ダグラスは不思議そうに尋ねる。
「それに?」
ダグラスに聞かれて、クリスは照れたように答えた。
「外での社長の様子が知りたいんだ」
一悶着 はあったが、結局、押し切られる形で、パーティにはクリス同伴で参加する事になった。
問題というのは、クリスに危険が及 ばないように、個別に警備員をつけようとしていたのだが、リチャードがそれを許さなかった事に端 を発 する。
パーティには主催者側の警備員がついているので、必要ないとリチャードに断られたのだ。
ダグラスは、それでは参加できないと言ったのだが、、リチャードは高圧的な態度をとって許そうとしない。
このままでは、危険で行く事が出来ないと思い、クリスに対策はないか聞いてみるのだが、別に構わないと言って、取り合おうとしなかった。
不安を抱えたままで、パーティ当日を迎えた。
この日、ダグラスはブラックスーツに身を包んでいた。
髪型もいつも以上にしっかりセットされており、紳士然とした雰囲気がさらに増している。
クリスは、パーティに間に合うよう仕立てて貰ったスーツを着た。
普段の格好がラフなので、髪を整えてスーツを着るだけで見違える程に変わった。
そのあまりの美しさに、いつも見なれている筈のダグラスが息を飲んだ程だ。
さすがに、このままでは目立ちすぎるので、クリスを連れて行かない方がいいのではないかと考えた が、まさか欠席する訳にもいかない。
試行錯誤 の末、セットした髪を崩し、クリスにあまり似合わないデザインのメガネをかけさせる事にした。
「キャリー社長。この度はお招き頂きありがとうございます。こちらが、私の部下のクリスです」
そう言って、ダグラスがクリスを紹介する。
「はじめまして、クリスです。キャリー社長のお噂はかねてより社長のアーサーより伺 っております。お会い出来て光栄です」
クリスは、爽やかな笑みを浮かべて、手を差し出す。
リチャードは、クリスの手を握ると、下卑 た顔で笑った。
「やあ。はじめましてクリス。美人とは聞いていたが、これ程とは思わなかったよ。これなら、アーサー君が君を社交の場に連れて来ないのも納得だ」
そして、そのまま肩を抱き寄せようとする。
「まだ子供なので」
そう言って、ダグラスはリチャードからクリスを引き離した。
「嫌だな。これはただの挨拶 だよ。まあ、可愛い愛人の心配をするアーサー君の気持ちも分からないではないがね」
「愛人ではなく、あくまで仕事上のパートナーですよ」
ダグラスは、笑顔で告げはしたが、目は笑っていなかった。
しかし、リチャードは気付かなかったのか、クリスに笑顔を向ける。
「そうだ。今は、何処 かに行っているようだが、もし、うちの娘のエイミーを見かけたら、相手をしてやってくれないか? 十歳の女の子なんだ。よろしく頼むよ」
クリスは、それに笑顔で応じる。
「ご息女のご高名もよく存じております。天才プログラマーとしても有名ですが、数々の学術的な賞をお取りですよね。お会い出来るなんて光栄です。見かけたら、こちらからお相手をお願いしたいくらいです」
リチャードは、ダグラスに向けて、感心したように告げる。
「よく躾 が出来ていて羨 ましいよ」
その後、ダグラスには聞こえないように、クリスの耳に囁 く。
「君はリップサービスは得意なようだが、夜の方はどうなんだろうね」
クリスは、それに挑発的な笑みを返す。
「機会があれば試してみますか? 尤 も、あなたが僕をリード出来る程、上手 ければ、ですが」
クリスの返しに、リチャードは不機嫌な顔をして去って行った。
ダグラスは、リチャードが去ってから、心配そうな顔でクリスを見る。
「何か言われたのか?」
心配顔のダグラスに、クリスは悪戯っぽく笑った。
「リップサービスは上手いけど夜の方はどうなのかって聞かれたから、僕をリード出来るくらいのテクを身につけてから聞きに来いと言っておいた」
ダグラスは、それを聞いてこめかみを押さえる。
クリスは、あの一件以来、素 の自分を見せるようになった。
それは、嬉しい事ではあるのだが、今までとのあまりのギャップに、ダグラスは言葉もなかった。
こちらから挨拶に行かなくても、ダグラスのところにはクリス目当ての客がひっきりなしに訪れる。
ダグラスは、女性客が来た時はさり気なくクリスとの壁になり、怪しそうな客が来ればクリスが変な事を言わないようにと気を配った。
しかし、これでは、挨拶などしていられる状態ではない。
そうしてダグラスが客の相手をしていると、ふと気が付けば、そばにいた筈 のクリスの姿が消えていた。
クリスは、ダグラスから離れると、壁にもたれて会場を見回していた。
誘うような視線を送りながら、会場にいる警備員を見る。
すると、一人の警備員と目が合った。
クリスは軽く目で合図を送ると、会場を抜け出して庭に出た。
クリスが、会場から離れたガーデンチェアに座っていると、しばらくして先程の警備員がやって来た。
「待ってたよ」
クリスが誘うように微笑む。
「こんなところに誘い出してどうする気だ?」
警備員は、クリスに激しく口付けて、シャツの裾から手を入れる。
「楽しい事をしようと思って」
クリスは、警備員を上目遣 いに見て、テーブルを指さす。
「座って」
「なんだ?」
警備員がテーブルに座ると、クリスは正座の格好で椅子に座る。
「気持ちよくしてあげる」
そう言って、クリスは警備員のズボンのファスナーを下ろした。
しばらくして、クリスは、警備員が後もう少しでいくと言うところで口を離すと、上目遣いに見る。
「ねえ。お願いがあるんだけどいい? 聞いてくれたら、もっと気持ちよくしてあげるんだけど」
警備員は、荒い息をして、クリスを卑猥 な目で見つめる。
寸前で止められて、警備員は早く続きをしたい欲求が抑えきれなかった。
警備員は我慢出来ず、そのまま襲おうとするが、クリスはその手を取って窘める。
「いいの? そんな事するより、きっと、もっと気持ちいいよ?」
今までの快楽で骨抜 きになっていた警備員は、その誘いを断る事が出来なかった。
「言ってみろよ」
クリスは、妖 しく微笑む。
「殺して欲しい人がいるんだけど」
その言葉に、警備員が顔を歪 めた。
しかし、クリスは構わず続ける。
「難しい事はないよ。僕から合図があったら殺せばいい。合図がなければ殺さなくていいし、例え合図があった時にあなたが殺さなかったとしても、僕はなにもしないよ。でも、もし殺してくれたら、あなたの身柄 は代理業社で保護すると約束する。そうしたら、毎日、僕と出来るかも知れないよ?」
クリスの手が警備員を優しくなでる。
確かに、これは、警備員にとって悪い話ではない。
指示に従わず殺さなくてもいいのなら、約束をしたところで、警備員にとってはなんのリスクもないのだ。
「で、誰を殺せばいいんだ?」
「それは、その時に教えるよ。ねえ、お願い聞いてくれる?」
「分かった。だから早く続きをしてくれ」
警備員の言葉に、クリスは黒い笑みを浮かべて応える。
「連絡先を教えて。その時が来たら僕から連絡する」
そして、連絡先を聞くと、クリスはズボンを脱ぎ、警備員の膝 の上に乗った。
行為 が終わると、警備員は持ち場に戻って行った。
クリスは、庭の散水栓 で、下半身を洗い流すと、顔を洗って口をすすいだ。
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