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第29話

寺から半刻ほどの距離を歩いて、山の中にある家に着いた。 ここも前に住んでいた所と変わらない広さの敷地の中に、小さな家がある。あるのだが、何年も放置されていたそこは、草がぼうぼうに生え繁り、家の入口までたどり着くのに難儀(なんぎ)した。 家の硬い木の扉を思いっきり力を込めて引くと、ふわりと(かび)臭い湿気た匂いが鼻を刺激する。思わず顔をしかめて、一旦りつを後ろに下がらせる。 りつが、興味深げに俺の後ろから小屋の中を覗く。 「ゆきはる…ここ、草がすごいね。家の中も変な匂いがする…」 「長年誰も使っていなかったからな。りつ、ここで待ってろ。窓を開けてくる」 「うん、気をつけてね」 りつの頭を撫でて家の中に入ると、縁側に面した木の扉を開き、土間の小さな窓を開けて、風を通した。 土間に置いてあった(ほうき)で板間をはき、持ってきた手拭いで念入りに拭く。 りつも掃除を手伝ってくれたので、昼までかからずに家の中が綺麗になった。 少ない荷物を片付けて飯を食べ、二人で板間に寝転ぶ。 「ここ、前の家と似てるね」 「まあ、俺が頼んで建てたからな。場所も似たような所を選んだ」 「僕ね、ゆきはると一緒なら、どんな所でも楽しいよ?」 「そうか…。ありがとう、りつ」 こちらを向いたりつの肩を抱き寄せて、背中を撫でる。 寝転んだまま昼から何をしようかと話しているうちに、りつの声がだんだんと小さくなって、かわいらしい寝息が聞こえてきた。 ーーこの数日、歩き詰めで疲れたからな。ゆっくりと休め。 そっとりつから離れて、小さな身体に薄い布団をかけてやる。 俺は土間に降りて背伸びをすると、鎌を手に外に出た。 何とか家の周りの草を刈り、近くを流れる川まで行って、手と鎌を洗う。 ついでに首にかけていた手拭いも濡らして顔と首を拭く。 それだけで、熱がこもっていた身体が、すーっと冷えて涼しくなった。 俺も、父や子供と同じように、夏に弱い。 弱いが、二人のように動けなくなるほどひどくはない。 夏には人より早く疲れたり気分が悪くなってしまうが、今のように水で冷やしたり水分をとれば、余程でない限り倒れたりしない。 ーーそういえば俺の父親と息子、二人は似ていたかもしれない。隔世遺伝というやつか。 顔もどちらかというと、息子は俺よりも父親に似ていたと、ふと思う。 俺は、父親にも母親にも似てると言われていたが。 ーーりつも、幼い頃は母親に似ていると思っていたが、最近は顔が変わってきたように思う。鬼だという父親似なのだろうか…。 だとしたら、その鬼はかなり美しい姿をしていたに違いない。 りつは、今ですらかなり美しい。 この先成長していくにつれ、どれほど美しくなるのだろうか。 バサバサッと音がして、空を仰ぐ。 親子らしき鳥が、仲良く空を飛んでいる。 ーーりつの父親は、一体どうしてるのだろう。生きているのか、それとも死んでいるのか。 俺は、もう一度手拭いを濡らして首を拭くと、鎌を手に立ち上がった。

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