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第28話

翌朝、朝飯を終えると、布団を片付けて荷物を抱え、りつの手を引いて部屋を出た。挨拶をしようと廊下を歩いていると、本堂に住職と老人の姿を認めた。 途端にりつが、手を離して走り出す。 「うわぁ!ここ、すごく広いね!何してるの?」 「ここは御本尊を(まつ)ってる所ですよ。ほら、見てご覧なさい。立派な観音様がいらっしゃるでしょう」 「ほんとだ。とても綺麗…」 住職が指し示した場所に祀られている大きな観音像を見て、りつが静かになった。 傍に寄り、両手を握りしめてうっとりと眺めている。 俺が、りつの頭をそっと撫でてやると、俺にぴたりと身体を寄せた。 「どうした?」 「…よくわかんないけど、僕、こんなに綺麗なの、初めて見た…」 「そうだな、とても綺麗だ。りつはきっと、感動したのだな」 「うん…」 「ところで」と老人の声がして、振り返る。 「もう出るのかね?」 「はい。お世話になりました。実は、今から行く所は、ここからそう遠くない場所でして…。またここに来ればあなたに会えますか?」 「どうじゃろ?わしは気まぐれでな。ふらりとどこかに行くかもしれん」 「そうですか…」 俺と老人が話してる間に、住職が「他の場所の観音様も見に行きますか?」とりつを誘っている。 りつが、伺うようにこちらを見たので、小さく頷いてやる。 すぐにパッと華やかな笑顔になって「見たいです」と言うと、住職の後について本堂を出て行った。 老人と二人残された本堂に、少しの間、静寂な時が流れる。 静寂を破ったのは、老人だった。 「あの子は不思議な子じゃの。 自覚なくとも、鬼であれば、この本堂に入って来たくはないと思うのだがな。ましてや御本尊を目にして綺麗と口にするとは。面白い子じゃ」 「りつは、心が綺麗な子ですから」 「わはは!褒めるのう。ほんにあの子がかわいいのじゃな。だが、あまりにも心が綺麗なのも心配じゃ。世の中、悪人がたんまりとおるからの」 「たんまりと…ですか?」 「そうじゃ。あの子が騙されんよう、もっと気をつけてやりなされ。それにしても…。昨日も思うたが、お主は誠に若いな。不死かの?」 「まさか!人よりは多少、若く見られるだけです」 「…そうか?何にせよ、老いたわしには羨ましい限りじゃ。さて、そろそろ行くか?」 老人に促されて、並んで本堂を出て歩き出す。 境内に降りた所で、りつが戻って来る姿が見えて、俺は老人にもう一度挨拶をした。 「それではこれで失礼します。どうかお元気で」 「うむ。わしは優れた坊主ではないが、様々なことを経験しておる。だから前にも言うたが、普通の人よりは少々特別なんじゃ。不思議な力を持ち、見えぬモノが見える。はずだったのじゃが…年かのう。お主のことは全く気づかなんだ。もしやお主…」 「ゆきはる!」 戻って来たりつが、勢いよく俺に抱きつく。 そこで老人が口を(つぐ)んでしまった為に、何を言おうとしていたのかわからなくなった。 真剣な表情をしていた老人が、とてもにこやかに微笑んで「またおいで」とりつの頭を撫でている。 俺は、老人が何を言おうとしたのか気になったが、その言葉の先を聞くのが怖いとも思い、敢えて追求しなかった。 門まで送ってくれた住職と老人に礼を言うと、りつに手を引かれるままに、寺を後にした。

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