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第27話

「あの…」と突然遠慮がちな声がして、そちらに顔を向ける。 住職が、申し訳なさそうに俺を見ていた。 「込み入った話を聞いて良いものかと思いながらも、聞いてしまいました。申し訳ありません」 「いや。住職にも聞いてもらたいと思ってここで話したので」 「そうですか。…あの部屋で寝ているあの子は、鬼の子なのですね?」 「そうです」 「あの坊やは、自分が鬼だと知っているのですか?」 「いや…。りつが殺めた男は、俺が斬ったことにしています。ただ、りつの傷の治りが早いことは説明出来なかったので、普通の子供とは少し違うとだけ…」 「そうですか」 住職が、少し間を置いて再び聞いてくる。 「ところで、これからどこへ行かれるのですか?もし行くあてがなければ、しばらくこの寺に滞在されては…」 「ありがとうございます。行くあてはあります。俺の生家が金持ちで。いくつかの土地を持っているのです。そこの一つに向かおうかと」 「ああなるほど。あなたに品がおありなのは、育ちが良いからなのですね」 おっとりと笑う住職の言葉に、俺は顔を曇らせる。 「そう…ですか?俺は、ただの野蛮人ですよ」 ーー俺は、人並みの家族を持つことも出来なかった、情けない男だ。 「いえいえ。あなたがお連れになっているあの坊やも、とても行儀が良くて品がよい。それは、あなたがしっかりと育てたからなのですね。鬼の子となれば、気性が荒くなりそうなものですが、とても温和で優しそうな子です」 「そうですね…。りつが手がつけられなくなるほど怒った所は、見たことがない」 自身を褒められることは、とても困惑するが、りつを褒められることは、とても嬉しい。 俺が、りつが寝ている部屋を見遣っていると、今度は老人が口を開いた。 「坊やが鬼の力を出したのは、十日前が初めてかね?」 「…そうです。それまでは、人の子と同じでした。五年前にあなたが言ったことは、間違いではないのかと疑うほどに」 「ふむ。人の血が混じっておると、力が出にくいのかもしれんな。それに、お主が大切に守ってきたから、力など使う必要がなかったんじゃろ。今回は、自分の身とお主の身を守るために、眠っていた鬼の力が出てきたというところかの。ところで坊やは、どうやって男を殺めたのかね?」 「一瞬のことでよく分からなかったのだが…、たぶん、手刀で一突きしたのだと…。盗賊の腕を切り落としたのもそうです」 「あの齢で、一突きで殺めたり腕を落としたりは、鬼でも中々できぬものよ。どうやら坊やは、力が強いようじゃ。それも人の血が混じっておるからかもしれんの」 「強い…のですか?」 俺は、膝の上に置いた拳に、自然と力を込める。 りつに強い力があるのなら、嬉しいことだ。 今回のことで思い知った。俺は弱い。りつを守ることさえ出来なかった。 だから、りつが自分の身を自分で守れるなら、これほど安心なことはない。 それにりつは、鬼の力を悪しきことに使ったりはしない。 今はまだ幼いから、おまえは鬼の子だと教えるのは(はばか)られるが、いずれは説明をして、正しく力を使えるように導いてやらねばならない。 まあ俺は、一生りつの傍を離れる気はないのだから、時間をかけて導いてやればよいか…と、一人小さく頷いた。

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