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野宿するには寒すぎん?
「う~……さむっ」
電車から降りた途端、肌に突き刺さるような寒風に首を竦めた。コートのポケットへ突っ込んでいたマフラーを慌てて首に巻く。
今日は仕事納めの日だった。
明日から連休。更にこの年の瀬に大きな契約を成立させた俺は上機嫌だった。月初めにボーナスも入ったし、二日前に給料も入ったばかりで懐もホクホク。という理由もある。
いつもは駅前のスーパーに寄り、三割引になった刺身をつまみに一人手酌で夕飯を済ます。でも今日は、パーッと外で飲んでもいいかな? なんて気分になっていた。そんな俺にナイスタイミングで声をかけてきたのが同期の楠木 だった。
「さすが同期のホープだねぇ~。火神 くーん!」
楠木は気心もしれている。明るくていい奴だし、飲んで性格が豹変することもないし、一緒にバカ騒ぎもできる。今の気分にピッタリの相手だった。
俺達は夜の街へ繰り出し、ホルモン鍋とビールで祝杯を上げた。
散々飲み食いして、盛り上がった勢いのままカラオケで熱唱。ウトウトしだした楠木を起こし、乗り込んだ電車は終電だった。いい気分のまま揺られること二十分。
俺は酒に飲まれるタイプじゃない。目は閉じていたけど、最寄りの駅へ到着するアナウンスで、すぐに意識が戻った。
「じゃな。今日はありがとう。来年もよろしく。良いお年を! って、乗り過ごすなよ!」
「ん……おお……」
俺の肩にもたれかかり、すっかり爆睡している楠木を起こして先に電車から降りた。
「う~……さむっ」
さっきまではアルコールと楽しい時間のおかげで暖かかったのに。
マフラーを首にぐるぐる巻き、コートのボタンを襟元まで留める。
「ふー。……お、星が綺麗だなぁ~」
夜空を見上げて声を出せば、吐く息が白く舞い上がった。
シャッターが閉まって静まり返った駅前の商店街をブラブラと通り抜け、アパートがある住宅街の方へ歩いていく。
なだらかな上り坂。
ゆっくりゆっくりと登りきると目の前にはだだっ広い公園がある。
その公園をぐるりと囲むように続く道路。公園の反対側には戸建の住宅が並んでいた。
俺の住むアパートはその並んでいる住宅から八軒目。最近建ったばかりのいわゆるデザイナーズアパート。ちょっと洒落た作りになっていて機能性も高い。不動産屋をめぐり探して探して決めた、こだわりの我が家だ。
「ん?」
公園を真ん中辺りまできた時、携帯の着信音が聞こえた。
あれ? とカバンの中の携帯を探る。
……俺じゃない。だよな。音ちっせーもん。
聞こえてきた音は俺のと同じだった。
どこで鳴ってるんだ?
その音はずっと鳴り続けている。
もしかして、落し物があるのか?
割とすぐ近くで聞こえる音に周りをキョロキョロと確認。次にフェンス越しの公園を見て「あっ」と、思わず小さく声を上げた。このクソ寒いのにベンチに人がいる。
な~んだ。あいつの携帯か……え?
俺は目を疑った。
枯れ木みたいな桜の木の下にあるベンチ。そこに座っていた男は新聞紙を自分の体にせっせと巻きつけていた。
な、なに……やってんの?
そいつは新聞紙をバスタオルのように体に巻きつけ脇に挟むと、また別の新聞紙を広げ、ベンチに敷いた。新聞紙が風で飛ばされそうになるのを必死に抑えながら横になろうとしてる。
それからズボンのポケットへ手を突っ込み、携帯を取り出すと鳴り続けていた音が切れた。男は携帯をポケットへしまうと、自分を抱くように腕を組んで体を縮めた。
「…………」
まさかと思うけど……野宿?
公園に等間隔で植えられた桜の木。俺は俺で、フェンス越しの桜の木の影に隠れてそれをポカンと見ていた。
巻いただけじゃやはり寒かったのか、すぐに男は組んでいた腕を解き、脇の下で巻いていた新聞紙を外し、布団のように肩から掛けた。隙間ができないように新聞紙の端っこを自分の体の下に敷く作業をしているようだ。
いやいや。どう考えても無理でしょ? 凍死しちゃうんじゃね? っていうか、普通の脳ミソがあれば、朝まで公園にいるのは耐えられないと分かるだろうに。
俺は関わり合いになるのはごめんだと、足音を立てないようにその場を離れようとした。触らぬ神に祟りなしだ。
その時、ビュウオオと、一際強い風が吹きつけた。首をギュッと竦めた途端「ああっ」と小さな声が耳に届く。
反射的にパッとベンチに視線を向けると、新聞紙が地面を転がっていくのが見えた。男は慌てて起き上がり、他の新聞が飛ばされないように脇に挟みながら、飛ばされた新聞紙を追っかけてる。
「…………」
今の声、子供みたいな高音だったけど。まさか、未成年なの?
暗いし、あんまりよく見えないけど、そう思って見てみると、その男は中学生か高校生くらいに見えなくもなかった。やっていることも、なんというか……幼い。
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