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第3話 つがいの運命

 部屋に入ると、奥の方から水の音がした。  和美を、抱き抱えたまま音のする方へ行けば、バスタブにお湯がはられていた。地下駐車場からここに来るまでの時間はそんなに長くはない。連携の速さに舌を巻きつつも、こういったことができるからこそ、このホテルを利用するわけだ。 「風呂にはいるぞ」  腕の中で、既にぐったりしている和美に声をかける。 「お風呂?」  力のない声が聞こえた。 「濡れたからな、風邪をひいちまうだろう?」  荒城はそんなことを言うけれど、和美に水しぶきを浴びせたのは荒城の指示だ。声をかけるきっかけと、車に乗せる口実を作くるためだ。  けれど、声をかけた時点で、和美は荒城の発するフェロモンでヒートを起こした。和美自身は気づいてはいないけれど、荒城のフェロモンに、和美のフェロモンが反応して混ざりあっている。その甘美な香りが二人の身体を包み込んでいる。  荒城は逸る気持ちを押さえ込みながら、和美の濡れた服を脱がせた。ヒートに陥っている和美は、ほとんどで力が入らなくて、荒城にされるがままだ。  濡れた服を剥がした肌は、表面は濡れた温度であったけれど、その皮膚の下は熱い。すでにほんのり色付いて、白い肌の中央には、二つの赤が並んでいた。 「可愛いなぁ」  今すぐ味わいたいのを我慢して、和美の下履も一気に脱がせる。濡れているから、滑りが悪く和美の腰を抱えて靴下ごと脱がせた。風邪をひかせたくないから、先に和美だけをバスタブに入れた。ゆっくりと湯の中に下ろすと、和美の顔が綻んだ。  それを見て、荒城も慌ただしく服を脱ぐ。ご丁寧にネクタイなんぞを縛っていた事に悪態をつきながら、シャツも靴下も放り投げるようにして脱ぐと、和美を抱き抱えるようにして、ゆっくりとバスタブに自身の身体を滑り込ませた。 「髪も洗わないとなぁ」  荒城の指示に従った運転手は、本当によくやったものだ。ここまで完璧に和美に水しぶきをかけたのだ。おかげで荒城は和美を、それこそ本当に頭のてっぺんからつま先まで洗わなくてはいけなくなった。  シャワーを使って、和美の頭に丁寧にお湯をかける。シャンプーを自分の掌にとって、優しく丁寧に和美の髪を洗う。このホテルのジャンプーは、洗い心地もいいけれど、何よりも匂いがいい。ほいほいついてきた女たちは、どいつもこいつもこの風呂を気に入っていた。 「夜景が見えるぞ」  そんなことを和美に言うけれど、ヒートを起こしている和美の瞳は潤んでいて、ひたすらに荒城だけを見ている。 「ごめんな、お互いお預けだよなぁ」  頭を洗い終わって、和美の身体を洗い、自分の上でひっくり返すと、和美が大きく仰け反った。 「んぁ、ん」  腰の辺りを掴んだからか、和美の身体が期待してしまったらしい。先端からずっとこぼれてはいたものの、今の刺激で軽く吐き出してしまった。 「勿体ねぇなぁ」  湯の中に吐き出された白濁をみて、荒城は舌打ちをした。和美の初めてを余すことなくいただく予定であったのに、こんなことで取りこぼすとは思ってもいなかった。  臀から足までを一気に洗うと、和美の口から細い悲鳴に似た声が漏れた。洗い流しているはずなのに、和美の太腿は、和美から溢れる欲望でぬかるむのがとまらない。 「あぁ、この辺にしておくか」  荒城はそう言って、和美を抱き抱えて風呂から上がる。こちらを向かせた和美は、力無く荒城の肩に頭を乗せていた。手が荒城の髪を指に絡めるように掴んでいる。 「ぁぁあ」  和美の小さな声も、荒城の耳はしっかりと拾う。  バスタオルで和美の身体を包むように拭き取りながら、そのままベッドに和美を寝かせる。濡れた髪を乾かしたい気持ちはあるものの、タオルで拭いて、そこからのぞく和美の溶けきった赤い目元を見てしまい、荒城はこれ以上は冷静ではいられなかった。 「もぉ無理だ」  タオルを和美の頭に乗せたままの手で、和美の頭を抑える。ずっと半開きの和美の口から覗く赤い舌に、迷うことなく食らいついた。 「んっ、んぅ」  強く吸われて和美が、声を上げるけれど、舌ごと荒城の口の中に吸われていく。 「施設の特製ネックガードがよ」  和美の首に巻かれたネックガードを、荒城は忌々しげに見つめた。車の中では、和美のヒートの様子が数値化されて、分かりやすくその状態が見えて面白かったけれど、いざこの状態になってみればなんとも邪魔な存在だった。  ヒート中はロック解除が出来ない。  オメガ保護法の元に開発されたネックガードだ。決してオメガの不利益を生み出さないように、ヒート中はロック解除出来ないように設計されている。その為に、ヒートの状態が数値化されて表示する機能がついているわけなのだが、今の荒城にとっては邪魔な機能だった。  項が噛めない。  ヒート中の性行為で、アルファがオメガの項を噛めば番が成立する。正規のヒートでは無いけれど、荒城は噛みたくてしかたがなかった。この立場にあって、金も女も向こうから寄ってきた。名家では無いけれど、裏稼業の名家みたいなもんだと自負している。だからこそ、自分のアルファとしての実力に見合ったモノが勝手に集まるもんだと信じてきた。  それなのに、運命だけがやってこない。  姐さんからは「意外とロマンチストだこと」と言われたが、こればっかりは譲れなくて、今日まで来たのだ。 「嗚呼、堪んねぇよな」  ネックガードの上から舌を這わせると、和美が大きく背を仰け反らせ、腰を荒城に押し付けてきた。 「淫らかよ」  ヒートの熱で浮かされている和美を、どうにかしてしまいそうなくらい、荒城は興奮していた。途切れる寸前の理性が和美から溢れ出す匂いに翻弄されていく。 「覚悟しろよ、俺の運命」  欲を飲み込むように舌で唇を舐めると、荒城は和美の上に覆いかぶさった。  ───────  和美を抱えて風呂から戻れば、ベッドは綺麗にメイキングがされていた。シワのひとつもなくきっちりと整えられたシーツの上に、意識のない和美を乗せる。  白い肌には荒城の欲望の痕が大量にあった。 「やっちまったなぁ」  タオルで頭を拭きながら、和美の状態を確認する。どう見ても抱き潰していることは間違いなかった。そもそも、和美がコテージ育ちで、特定のアルファと接触がなかったことぐらい知っていた。間違いなく俺のオメガだと確信したからこそ、事に及んだわけだけれども。ここまで己の理性が飛ぶとは思ってもいなかった。 「そういや、充電切れてたな」  ふと思い出して、和美のスマホをとってケーブルをさした。バス停で水しぶきをかけられて、和美は自分より先にスマホを拭いていた。コテージで生活しているから、必需品として持たされているのだろうから、そう簡単に買い替えなどできないのだろう。  充電が始まって、スマホが立ち上がると、すぐに大量の着信履歴が入ってきた。 「なんだこりゃ」  おびただしい量の着信履歴は、全て同じ人物からだった。スライドさせてその名前を確認する。その名前には覚えがあった。 「職員か」  めんどくさいな、と思った途端、和美のスマホが鳴った。まるで充電されたのが分かっているかのようだった。 「しつこいやつだな」  一向に鳴り止まないスマホに辟易して、荒城は仕方なく応答した。 『……私、施設職員の山形ともうします』 「分かってるよ」  まるで山形は荒城が、出ることを予想していたかのように自己紹介をしてきた。荒城は、画面に名前が表示されていたから分かっているだけに軽くイラついた。 『あなた、アルファでしょう?和美くんとヒート中ずっと一緒に過ごしましたよね?』 「ああ」 『和美くんに、避妊薬は飲ませましたか?』 「ああ?」  頭ごなしに叱りつけるような口調で言ってくる山形に、荒城は反発を抑えた。そもそも、施設の職員であるから、山形は公務員だ。どうしたって荒城とは相容れない。 『そこ、ホテルですよね?何もしてないはずありませんよね?同意ですか?和美くんの、同意を得ていないのなら、今すぐアフターピルを飲ませてください』 「んなもん、持ってるわけねーだろ」  馴染みのホテルなのでホテル側がピルをサイドテーブルに用意してくれてはいたが、すっかり忘れて飲ませていなかった。周期のヒートではないから、妊娠する確率はよくて五分五分だろう。 『あなたが今手にしている和美くんのスマホ、その手帳型の内ポケットに薬が入ってます。黒いアルミのふくろです』  山形がそんなことを言うから、荒城は渋々手にしたスマホを確認する。確かに、黒いアルミの袋が手帳の内側のポケットに、入っていた。 「あったよ」  ぞんざいに返事をすれば、すぐに山形が返事をする。 『噛むタイプの薬なので、水なしでも飲めます。すぐに飲ませてください』 「わかったよ」  和美を抱き起こし、薬を口に入れようとしたが、意識のない和美は口を開かない。 「仕方がねーな」  荒城は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、薬を自分の口の中で噛み砕く。 「飲め」  水を一口口に含んで、和美に口移しで飲ませる。和美の喉がゆっくりと上下するのを確認すると、まだ繋がったままのスマホを手にした。 「飲ませたよ」 『ええ、聞こえました』  冷静な山形の声が耳に触る。全くもって相容れないタイプだ。 「切るぞ」 『はい、結構です』  荒城の返事を聞いた途端、山形の方から通話が切られた。 「気に食わねぇな」  一瞬、スマホに八つ当たりをしそうになったが、和美のものだったと思い直して、和美の横にそっと置いた。和美は静かな呼吸を繰り返して眠っている。こんなことは初めてだっただろうから、さぞや疲れているだろう。荒城は、そっと和美の口髭を撫でた。髪の毛同様に柔らかい。幼い顔立ちにアンバランスな口髭は、背伸びをしている印象がある。 「噂のホルモン療法ってやつか」  抑制剤が体質的に合わない男オメガが、取り入れるのが流行っていると聞いてはいる。学生の使用率が高いとは聞いていたけれど、和美もそうなのだろうかと、荒城は考えた。 「俺と番えば楽になれるのにな」  口髭を撫でるからか、和美の口が動くのが可愛い。餌を待つ雛鳥のようだ。 「なんか、飯でも用意するかぁ」  いい加減、自分もろくな食事を取っていないと気がついて、荒城は備え付けのタブレットを操作した。  食欲を刺激する匂いがして、和美は目を覚ました。  目の前には知らない天井があった。施設の天井でも、コテージの天井でも無さそうだ。 「ここ、どこ?今何時?」  和美は起きて、状況を把握しようとしたけれど、思いのほか口がカサつく。巨大なベッドの上にいて、見渡すと部屋も随分と広いし、何より大きな窓からは空が見える。 「……な、に?」  自分の目に映るものが、何もかも信じられない。沢山並んだ枕、綺麗に洗濯されたシーツ、広い部屋の巨大な窓。そこから見えるのはほとんどが空だ。  手元に自分のスマホがあったので、和美は迷わず手にした。 「昼過ぎてる……って、月曜?」  ディスプレイに表示された時刻に驚いたけれど、それよりも、日付けを見て血の気が引いた。 「え?月曜?今日が月曜?」  困ったことに記憶が無い。  体感では、寝坊したぐらいだったので、日曜の昼過ぎぐらいに思っていた。 「ここどこだよ、もう授業間に合わない」  頭を抱えこんで、今度は自分の格好に気がついた。 「なに、これ?服きてないし…俺、何した?」  両腕を見れば、赤だか紫だか分からないような痕が無数にあった。服は愚か下着さえ身につけていなくて、見える範囲で太腿も、腕同様に痕がある。だからといって、身体はとても清潔だ。汗ばんでいる様子もない。 「俺とナニした」  背後から声がして、後ろに誰かが腰掛けた。腕が回ってきて、後ろに抱きしめられる。 「…………っ」  頭が後ろに傾いて、相手の顔が見えた。朧気な記憶にある、土曜の夜に水しぶきをかけたと言ってきた、男の顔に似ている。 「ヒートの間の記憶がねーのかよ」  そんなことを耳元で言われ、和美は顔に熱が集まった。言われて記憶をたどれば、確かにこの男の顔を見た辺りから記憶があやふやだ。暗い雨の夜だったはずなのに、なぜかこの男の顔はしっかりと記憶にある。 「腹減ってるだろ?飯食えよ」  荒城が裸のままの和美を抱き抱えようとしたので、和美は慌てて抵抗した。 「服、服きてないっ」  いくらなんでも裸のままで食事をする習慣はない。 「ほらよ」  荒城が紙袋を和美に渡してきた。中には服が入っていた。 「なに、これ?俺の服は?」  中身を見て、和美があからさまに怪訝な顔をした。 「水かけて汚しちまったから、代わりだよ。お前のは今クリーニングに出してある」  荒城にそんなことを言われて、和美は何となくは理解した。だが、量販店で買ったような服をホテルのクリーニングに出されただなんて、逆に恥ずかしいものだ。  仕方なく、紙袋の中に入っていた物を一式着て、和美は荒城の待つテーブルに向かった。気を利かせてベッドから離れてはくれたものの、荒城から着替えをする和美は丸見えだった。なにが悲しくてそんなことを見せなくてはならないのだろうか。 「ぅ……っう」  一歩踏み出した途端、腰と膝に力が入らない事に驚いた。床に手を付きそうになる前に、荒城が和美を抱き抱えていた。 「やっぱり無理だな」  なぜだか楽しそうな声を出して、荒城は和美を抱き抱え、椅子に座った。 「な、なんだよ」  まるで子どもみたいに抱き抱えられて、口元にストローがあてがわれた。 「喉、乾いてるだろ?」  飲まされたのはりんごジュースで、嫌な感じはしなかった。その後も、荒城は和美の口に次々と食べ物を運んでくる。  文句を言うのも面倒なので、和美は黙って咀嚼に専念した。口に入れられた食べ物はどれも美味しくて、食べ物に罪はない。と、和美は自分に言い聞かせた。  ─────── 「ここから先にはアルファの方は入れませんから」  和美を送っていくと、コテージの入口で山形が待ち構えていた。 「随分だな」  荒城は文句を言おうとしたのに、和美はさも当たり前のように山形の腕にしがみついていく。 「ごめんなさい、山形さん」  甘える子犬のように和美が山形に、すがるのを見て、荒城は舌打ちしそうになった。 「バイト先のマスターには連絡を入れておきましたから、今日はおやすみですからね」  山形が、そう言って和美を奥に入れる。荒城の手から和美の服が入った紙袋を受け取りながら、山形が言った。 「GPSが、付いてますからね」  それを聞いて納得した。だから話を端折って言ってきたのか。和美がホテルにいて、ヒートを起こしていれば、なにが起きているのか理解ができるというわけだ。 「それと、オメガ保護法がありますから、そう簡単にことが進むと思わないでくださいね」  そう言って、山形は荒城に名刺を渡してきた。 「どういうつもりだ?」  名刺を受け取りながら、荒城は片眉を上げた。 「荒城さんですよね?和美くんのバイト先の近くのタワーマンションに、事務所を構えている」 「ああ、そうだよ」  こちらがしていることは、そちらもしているということらしい。公務員の癖によくやるものだ。 「既にご存知だとは思いますが、和美くんはこのコテージの預かりですから」  荒城は返事をしないで山形に背を向けた。渡された名刺はそのまま胸のポケットにしまい込む。  荒城が出ると、扉に施錠される音がした。部外者は立ち入れないような、厳重な警戒だ。  ここにいれば、和美は安全に暮らせるのだろう。だが、荒城にとって和美は唯一なのだ。

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