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第1話

①直弥の場合。 直弥は、ハッとして目を覚ました。 社会人になってから、時々見る夢がある。 それは元彼に別れを告げられる時の夢。 実際は彼の転勤が決まって自然消滅のようなものだった。 でも、夢の中では何度も別れを告げられて泣きながら目を覚ます。 ここ最近はあまり見なかったのに・・・ 直弥は涙を拭きながらベッドから起き上がり、会社へ行く支度を始めた。 いつもと同じ青空。 白い雲。 でも、いつもと違うことがある。 いつもの企画営業部のオフィス。 部長のデスクの前には伊藤部長ともう一人の男。 「本社から応援で、1年間限定だが来てくれることになった・・・」 と伊藤部長が一人の男を紹介してくれた男は、真っ直ぐ前を向き、 「七瀬 大賀です。1年間と短いですが、よろしくお願いします」 小さく笑顔を見せる。そしてふと直樹に視線を送った。 直樹はふと視線をそらした。 茶髪にくせ毛の短髪。身長は176センチ。 整った顔立ち、話すと人懐っこい性格。 直樹はこの男を知っている。 挨拶を済ませ解散すると、 「佐藤」 直樹は声掛けられて、ふと振り返る。 そこには伊藤部長と、その隣にはついさっき皆の前で挨拶をした男、 七瀬がいた。 「今日から七瀬は、佐藤と丸山と一緒に新しいプロジェクトに参加する事になったから、色々教えてやってくれ」 と伊藤部長が紹介してくれて、七瀬 大賀はこちらに手を差し出してきた。 七瀬はニコッと控えめに笑い、 「よろしく佐藤。・・・久しぶり」 「・・・よろしく」 直樹は差し出された手を軽く握った。 しばらく見つめ合って、ブルブルと震える七瀬。 「?どうし・・・」 直弥がそう尋ねると同時に、 「佐藤、ひさしぶり!」 七瀬が直弥に抱きついた。 ザワッ・・・ 「なっ、ちょ」 「変わらないなぁ、佐藤!」 そう嬉しそうにこちらを見る。 昔と変わらないキラキラした瞳で・・・ それを見ていた周りの女子社員が、 「佐藤さんと七瀬さんお知り合いなんですか?」 「大学の仲間でさ。丸山も一緒によくつるんでたんだよ〜」 「そうだったんですねぇ」 なぜか周りも納得した様な反応をした。 「ちょ、放せって・・・」 と、顔そむけて言う直弥。 「あ、悪い、3年ぶりだから嬉しくてさ〜」 と、言いながらも直弥の反応を確認する。 直弥は顔を背けて、動揺していることを七瀬に気づかれないようにするので必死だった。 心臓が止まるかと思った。 そう、 これが、3年前別れた元カレとの再会だった。 リリリリ・・・ 大賀は電話をかける。 《はい》 相手は電話に出る。 「もしもし、丸山?今大丈夫?」 電話の相手は今日会社で久しぶりに再会した丸山綾斗だった。 《どうした?》 すると、七瀬は間を置いて、 「直弥の奴、やっぱり俺に会いたくなかったのかなぁ?」 《え?何で?》 「なんかそっけなかったし、相変わらず可愛かったけど」 実際に合うのは久しぶりだが、実は電話では時々連絡を取っていた。 直弥には話していないが。 実は大賀は、離れて3年の間自分では連絡を入れないくせに、ずっと未練たらしく直弥を想っていた。 ただ、自分が転勤になった事を言えないままになった事をめちゃくちゃ後悔しては、こうして2人の共通の大学時代の友達である丸山に電話を掛けていたのだ。 丸山はいつもの事という感じで慣れた感じで、 《直弥は久しぶりで緊張してたんじゃないの?すぐ打ち解けるって》 「そうか?・・・そうだな、ありがとう」 と、少しだけ話しをして電話を切った。 同じ頃、直弥は電話をかけていた。 リリリ・・・ 《はい》 相手は電話にでた。 「綾斗?今少しいい?」 今度の相手は直弥だった。 これも慣れたように、 《どうした?》 「とうとう大賀に再会しちゃった・・・どうしよう」 大賀との再会にやはり動揺しているようだ。 直弥は大賀の転勤を知ってから2ヶ月間ソワソワしっぱなしだった。 《しばらく話せば慣れるって》 「そうかな・・・」 《まあ時間が解決するよ》 「うん、綾斗ありがとう」 直弥は数分話してから、電話を切った。 2人は恋を拗らせていた。 今回のイベント企画はブライダル企業とのイベントで、ウェディングドレスと何をコンセプトにプレゼンするかという議題になった。 会議で絞ったのは4つ。 ・スイーツとのコラボレーション。 ・花束とのコラボレーション。 ・有名絵画とのコラボレーション。 ・果物とのコラボレーション。 ・有名小説とのコラボフェ−ション などなど・・・ 「まあ色々出たが、ウェディングドレスとのコラボレーションなので、 一度社内の女性社員にアンケートを取ることにする」 伊藤部長が、説明をする内容を丸山がホワイトボードに書き出す。 「社内のアンケートをまとめて結果からコンセプトを絞って、ブライダルホテル側の要望も聞いて、企画を絞る方向で進める事にする」 伊藤部長は会議をまとめ、ペットボトルの水を飲む。 「今日はここまでにしようか」 ふっと、いつもの柔らかい表情に戻る。 「ねえ、君たち3人は大学時代の友達なんだってねぇ」 伊藤部長のその言葉に、3人はドキッとする。 「ええ、まあ」 大賀は控えめに返事をした。 「飲みに行こうか」 満面の笑みの部長の誘いは断れない。 社内ではよく使われている、 近くのおしゃれな居酒屋に4人で行くことになった。 伊藤部長の隣に丸山、佐藤と七瀬は2人の向かいに座った。 明らかに気まずい顔をする佐藤と七瀬を見つめ、伊藤は面白そうに2人にビールを注ぐ。 そんな面白そうな伊藤を半眼で呆れる丸山。 4人で乾杯をして、ほとんど伊藤が喋りそれに突っ込む丸山。 伊藤と丸山がトイレに行った時、 残された2人は気まずい空気の中、それぞれビールを飲む。 (どうしよう・・・2人きりにされても何を話せば良いのか) と、直弥はずっとテーブルを見つめていたが、ちらっと横に座る大賀を見た。すると大賀はテーブルに頬杖を付きこちらをじっと見ていた。 「ほんと変わらないなぁ。昔から直弥は何してても可愛かったし」 酔っている。 大賀は酒は好きなのに本当に弱い。 いつもスキンシップが大げさな男だったが、 酔うともっと馴れ馴れしくなる。 大賀はぐいっと直弥の近くに寄り、彼の首に手を触れる。 直弥は突然触れられて動けないでいた。 その直弥の反応をよそに、その手はシャツの上を撫でていく。 大賀の指が直弥の乳首をかすめる。 「っあ」 思わず声を漏らし慌てて口を手で塞ぐ直弥。 大賀は嬉しくなって、彼の耳元でそっと囁く。 「今でもここ弱いんだ。自分でいじってる?」 「ば、馬鹿何言って・・あ」 シャツの上から乳首をコリコリされて、また声を漏らしてしまう。 そのまま大賀の手は、ゆっくりと下へ降りていく。 「やめろって」 直弥は散々反応していたくせに、我に返って大賀の手をどける。 「ちぇ」 しぶしぶとビールに手を戻す。 直弥はドキドキを必死で押さえる。 伊藤と丸山がいつものように、何か言い合いをしながらトイレから戻ってくる。 2人の話はそこで途切れた。 数日後、 「ブライダル企業との協議の結果、今回はウェディングドレスとスイーツとのコラボレーションと決定した。これはブライダル企業とスイーツメーカーの提携もあるため2社からの要望も取り入れる事になった。」 伊藤部長が会議でそう伝える。 その後、他社の要望も精査しつつ、イベントの概要を形作るため会議が行われた。 そのうち直弥と大賀も普通に会話出来るようになっていった。 そんな日々でも、直弥はいちいち大賀の動作にトキメイていた。 ある会議室、 「佐藤そっちの資料取って」 「ああうん」 直弥は資料を渡しつつ、大賀の腕の筋や指の先に目がいっていた。 昔と変わらない。 あの腕で自分の身体を優しく触れていた事を思い出す。 (何を考えているんだ・・・) 下を向く直弥に気がついて、 「どうした?」 と大賀は直弥の顔を近くから覗き込む。 思ったより大賀の顔が近くにあり、ドキッとする。 急にぼっと顔を赤くする直弥を見て、大賀も思わず照れる。 「大丈夫?」 と、近づけた顔を放す大賀。 直弥は水を飲んで、 「な、何でも無い」 落ち着かせる。 それをニヤニヤして見つめる伊藤部長。 またそれを呆れ顔で見つめる丸山。はあとため息を付き急に鳴った電話に出ながら、会議室を出る。 数分後。 「部長、企画練り直しになるかも知れません」 「なに?」 それは突然の出来事だった。 ブライダル企業と、スイーツメーカーが揉めて提携の話自体が白紙になった。 今回の企画自体が練り直しになり、伊藤部長と丸山はブライダル企業との企画自体の練り直しのため相手の企業に、急遽足を運んだ。 数時間後、 今回の協議の結果、ウェディング企画は花束とのコラボレーションに決まった。 直弥と大賀はその返事を待つために、会社に残って待機した。 もう陽は落ちて、会社にいるのは2人だけになっていた。 花束でウェディングドレスとのコラボレーションを考える。 2人は隣の席に座り、直弥はパソコンで花を検索する。 「もともと結婚式は、花束つまりブーケは必須だ。わかりやすいモノがいいな」 大賀ははたっと考えつき、 「じゃあ花言葉はどうかな?ドレスと合わせてイメージをもたせる」 「いいね。調べよう」 直弥は花言葉を検索する。 「愛と言えばバラが多いけど、色によって意味合いも変わるんだな」 赤いバラ・・・「あなたを愛しています」 「バラ以外にも、 赤いゼラニウム「君ありて幸福」 カーネーション「私の愛は生きています」 アイビー「永遠の愛」 アネモネ「君を愛す」 ハナミズキ「私の愛を受けてください」 フジ「けして離れない」 「・・・とかもあるな」 「へえ」 と、花言葉を調べた直弥のパソコンの画面を近づいて覗いてみる。 肩が触れ合ってドキッとする直弥。 反射的にビクッとなり、その反応が気になる大賀。 色々話し合い0時を回った事で、今日は解散する事になった。 「終電行っちゃったな・・・」 ため息混じりに呟く大賀。 「タクるほど近くもないし・・・仕方ねえから、どっかビジホに泊まるか・・・」 とため息を付き、スマホで近くのホテルを検索する。 直弥はしばらく考えて、彼から顔を反らしたまま、 「家来れば」 「いいの?」 「俺の家の方が近いし」 まだおずおずする大賀に、平静を装って自宅に大賀を誘う。 冷静に考えれば、自分は一体何を言っているんだろうかと改めて思う。 しかし、大賀の家は遠いとタクシーで帰るには遠いと聞いているし、変に意識するのもおかしいだろうし。 それに意識しているのは自分だけかも知れない。 直樹はコンビニに寄って、酒とつまみを買って大賀を連れて帰った。 「まだここ住んでたんだな」 大賀は懐かしむかのように呟いた。 それにドキッとしつつ、 「ま、まあね」 直樹は冷静を装う。 「ち、ちょっとんぅ」 缶ビールを1缶だけ開けた後、 大賀は直弥に突然キスをしてきた。 直樹が逃げないように、彼の腰を押さえながらにじり寄り ぐいっとキスをした。 3年前と変わらない。 大賀のキスは撫でるように柔らかくて、甘くてしつこくて・・・ それだけで、イッてしまうようなキス。 キスされながらズボンの中に手を入れてくる。 おへそのすぐ下を撫でられ、その下へ侵入してくる。 「っあぁ」 すでに半経ちだった直樹のモノを優しくしごいていく。 「や、やめ」 「なんで?気持ちいいでしょ」 大賀は直樹を気持ちよくするのが得意だった。どこが気持ちよくてどこが好きか全部把握していた。 背中の真ん中を指でなぞっていく。 「っああ・・」 気持ちよくて直弥は天を仰ぐ。 ずっと小さく声を漏らしながら、先っぽから先走りが滲んでくる。 大賀は直弥の首筋を愛撫しながら、顎の下から鎖骨に順番にキスしながら、 乳首をコロコロといじってやる。 「鎖骨と一緒はだめっ・・・」 直弥のモノがビクビクと反応していく。 「可愛・・・」 言いながら大賀は自分の完勃ちしているモノをズボンから取り出して、 直弥のモノと一緒にしごいていく。 それを見て直弥はぐいっと、大賀の首にぎゅっとしがみつく。 「っあっあっあ」 直弥は気持ち良さに身を任せると、これ以上無いくらい気持ちよくて何もかもどうでも良くなる。 あんなに会いたかった大賀が、目の前にいる。 それだけで泣きそうになった。 今目の前で、自分を求めてくれているだけでそれで良かった。 大賀・・・好きだ。ずっと。 忘れたことなんて一度もなかった。 これからずっと離れたくない。 直弥からキスをしながら、そう頭の中で思ってた。 じゃあなんで俺から離れていった。 総頭で考えた習慣、 大賀は直弥の後ろに指を入れようとしていた。 直弥はバッと大賀から、離れる。 「それは、だめ」 「何で?」 「俺たち別れているだろ」 「え?いつ」 「お前が本社に転勤になった時・・・」 「え?」 「・・・え?」 『???』 2人はお互いの顔を見ながら疑問符を浮かべる。 「付き合ってるって思ってたの?」 「いや、別れてるって思ってたの?」 直弥の疑問に、大賀は疑問で返す。 『えぇ・・・」 2人は同時に頭を押さえる。 とりあえず今夜はことにした。 夜中大賀は目を覚ます。 大学の頃付き合っていた2人はよく直弥の部屋でご飯を食べたり、 ゲームをしたり、愛し合ったり。 本当に懐かしい。 自分は別れたつもりはなかったが、考えたら3年も忙しさにかまけて一度も連絡を入れなかったのは自分が悪い。 本当に会いたかったし、いつも声が聞きたかった。 そのなめらかな肌をいつだって堪能したかった。 でもそれは甘えだと、自分を戒めて、数年は我慢すると決めていた。 それが、直弥に誤解を生んでしまったのは自分が悪い。 今は貸してくれた直弥のスウェットを着ている。 直弥の匂いが懐かしい。 隣のベッドには直弥が眠っていた。 「直弥、起きてる・・・?」 大賀は小声でベッドの上で眠っている直弥に、声かけた。 返事はない。 眠っているようだ。 大賀はゆっくりとベッドに上がって、眠っている直弥を見つめ、 彼の艶のある黒髪を優しく撫でた。そして顔にそっと触れ、 ゆっくりとキスした。 愛撫するように柔らかく、その感触を確かめるように。 「ん・・・」 少しだけ声を漏らす直弥。 もっと聞きたい。 そう考えていると、直弥は目を覚ましていた。 ぼーっと夢心地でこちら見上げている直弥は、大賀の襟元をぐっと掴んで 「たいが・・・もっと」 「直弥・・」 直弥は寝ぼけながら大賀にキスをする。 大賀はたまらずそれに答える。 優しく甘く舌を入れていく。 「はぁっ」 直弥は気持ちよさそうにヤラシイ声を漏らす。 大賀は我慢できず、直弥のスウェットの中に手を入れる。 「ずっと俺・・・お前が好きだ」 だがその時、 直弥はすやすやと眠りにつくのだった。 翌朝、 「直弥」 揺り動かされ、目を覚ます直弥。 「俺、始発で帰るから。鍵閉めろよ」 「・・・ん」 「泊めてくれて有難うな、じゃ」 「おおー・・・」 そう言ってさらりと帰る大賀を見送り、 「なんだよもう・・・」 顔を押さえ声を漏らす直弥。 「昨日のあれなんだよ・・・」 大賀に迫られたこと、 身体を触られたこと、 眠ってる自分に告白をしてきたこと。 全て現実で、生々しく体に残っている。 触れられるだけで、気持ちが溢れてくる。 本当はもっと、触って欲しかった。 トロトロに気持ち良くして欲しかった。 一緒に気持ち良くなりたかった。 それに大賀は別れたつもりがなかっただなんて、 ふざけてる。 3年も一度も連絡をいれなかったくせに。 明確に別れるという言葉を聞いたわけではなかったが、 3年も連絡がなかったら、 普通別れたっておもうだろ? でも・・・ 嫌われてたわけじゃなかったのか・・・ 同じ部屋にいるだけでヤバかった。 好きすぎて、やばい・・・ もう、誤魔化せない。 「佐藤、おはよう昨日はありが・・・」 会社で直弥を見かけた大賀は、昨日のお礼を伝えようと近づいたが、 「お、おう」 一言返事をして直弥はそそくさと去っていく。 その日から、直弥は大賀を避けるようになった。 「なあ佐藤・・・」 「ごめん急いでるから」 またある日は、 「佐藤、今日飲みに行かないか」 「ごめん急いでるから!」 と、いつまでたっても避けられる。 その2人のやりとりを見た伊藤と丸山は、 「何かあったのかなぁ」 伊藤は楽しそうに聞いてくるが、丸山は呆れている。 「直弥!」 たまりかねて、大賀は自分を避ける直弥の手をガシッと掴む。 「仕事に支障が出るだろ。避けるなよ」 「・・・避けてない」 「避けてるだろ」 そういう大賀の手をバッと放し、 「おまえのせいだよ、馬鹿」 直弥の照れたその顔にドキッとする大賀。 「・・・ごめん」 言い訳が思いつかずに、黙る大賀に、 「お前と別れたと思って、俺がどれだけ引きずってきたか。お前が戻ってきて心は揺れっぱなしで・・・どうせお前1年しかいないんだろ?放っといてくれよ!」 と、と走っていってしまう直弥。 何も言えなかった。 転勤が決まった時、本当は自分の右腕として一人連れて行ってもいいと言われていた、直弥を本社に連れて行きたかった。 でも、連れて行きたいとも、遠距離で付き合いを続けたいともいえなかった。 それだけ自信がなかったのだ。 でもあんな直弥の態度でさえも、可愛く思えて自分は重症だと思う。 好きで、好きで仕方がない。 こないだも、本当は強引に迫ることもきっと出来た。 でもそれは直弥の気持ちを思うと難しかった。 直弥が行ってしまった先を見つめ落ち込む大賀の背中を、 ポンポンと叩く伊藤。 「あんまりしつこくすると嫌われちゃうよ」 「・・・もう嫌われてます」 と、泣きそうになる大賀。 「よし、今日は飲みに行こう!」 明るくそういう伊藤に、丸山は呆れる。 いつもの飲み屋に来ていた伊藤部長、丸山、そして大賀。 ゆっくり出来るようにと、伊藤が座敷の個室を取ってくれた。 店に来た最初は普通に飲んでいた大賀だったが、酔うまでに時間はかからなかった。 「なんでこうなるんだよ〜。俺は別れたつもりなんて無かったのにぃぃ」 と、机に突っ伏しながら、でもグラスからは手を離さずに泣き言を続けた。 「直弥がただ好きなだけなのに〜」 自分が離れたために、思い切り復縁を迫ることは出来ない。 どうすることも出来ず、ただ泣き言を言う自分は情けない。 どうにか自分は変わっていない事を分かってもらうために、気にしないふりをして接していたが、3年ぶりの再会で内心緊張していた。 それを聞きながら、 「人は情けない生き物だよ、七瀬くん」 伊藤課長は優しく呟く。 「部長・・・」 メソメソと泣きながら優しい言葉に感動する大賀。 「僕が見るからに、佐藤くんは素直になれないだけなんじゃいかな」 「そうかな・・・」 泣きながら何かを考え直す大賀。 「また、無責任なことを・・・」 2人のやりとりを聞いていた丸山は、呆れてビールを口に含む。 「まだ結論は出てないんだから、落ち込むなよ」 丸山はそう言って、テーブルに突っ伏す大賀の頭をポンポンと撫でる。 まるで子犬のように弱っている大賀を気の毒に思った。 本社に転勤して3年。 「丸山は、ほんとに優しいな・・・。俺が転勤して3年。いつも電話に付き合ってくれてたし。ほんとにいい男だよ。俺なんて・・・」 酔いながら虚ろにそうぶつやく。 「へー・・・そうなんだ。優しいね丸山くん」 伊藤は何か言いたそうに呟いた。 何か引っかかる言い方をする伊藤に、丸山は少しだけ気にする。 伊藤はいつも通りの笑顔で、 「七瀬くんはいい男だよ。自信が少し無いだけで」 大賀は伊藤を見上げる。すると伊藤は、 「男は押す時は、押す!見本見せてあげる」 「へ?」 キョトンとする大賀をよそに、 伊藤は隣の席で飲んでいる丸山の手からグラスを奪いテーブルに置く。 その行動に疑問符を浮かべる丸山。 「なにして・・・んん!?」 伊藤はその丸山の顔をぐっと掴んでその唇を奪う。 かなり本気で。 突然口の中に舌を入れられ、やらしく丸山の弱い上顎を舌で撫でる。 丸山はやばいと感じ、伊藤の腕を突き放そうとするが逆に腕を押さえられ動きを止められる。 その光景を、ポカンと見つめる大賀。 目の前で何が起こっているのか分からず、とりあえず涙は止まっていた。 気持ち良くなり流されそうになったが、大賀に見られている事を思い出し、丸山は思い切り伊藤を突き放す。 「な、なにしてんだ、いきなり・・・」 顔を真っ赤にして荒い息をつく丸山に、伊藤はニコッと笑顔になる。 「これくらい本気で、口説かないとね」 その言葉と同時に、伊藤は丸山を見つめる。 「へ・・・」 呆然とする丸山。 だが、大賀は2人のやりとりは気にせず自分のことを考えた。 どれだけ断れても、一緒に居られる今しかない。 自分の気持ちを伝えるには。 「そうですね。ありがとうございます。俺帰ります!」 行って、お礼を言って大賀は先に帰っていった。 大賀が帰った後、居酒屋には動揺する丸山と今部下の前で唇を奪った伊藤が残されていた。 丸山は伊藤から顔を背けていた。 伊藤が覗き込もうとすると、 「今、俺を見ないでください」 言って帰っていった。 伊藤はただ、居酒屋の個室に一人取り残された。 「あーあ、やっちゃったかな・・・」 めずらしく深くため息を吐いた。 イベント企画は順調に進んでいった。 ブライダル企業と有名な花屋さんの協賛もあって、 ウェディングドレスに合わせたブーケを用意し、 その花言葉をコンセプトにドレスを紹介する。 大賀は企画を進めるうちに、直弥の仕事の速さを実感していた。 主軸は伊藤部長が責任者だったが、実際企業との交渉などは直弥が精力的に動いていた。 相手の企業のコンセプトを上手くとりいれつつ、補足をお互いの企業に納得される。 間を取り持つのが上手かった。 社内では課長クラスの実力はあるが今だ課長補佐にとどまっているのは、 勢力的に動けるように自分で決めたことだった。 自分も本社の営業課長として頑張ってきたつもりだったが、 直弥には勝てないと思った。 (すごいな、直弥は・・・) 彼への思いを引きずってきた自分とは大違いだ。 こじらせている自分が、情けなかった。 そしてイベント当日。数百名の観客の前で、 ウェディングドレスを着たモデルさんがブーケを持って、 レッドカーペットを歩く。 少数がだマスコミも来ていて写真を撮る。 会場にはブーケにはなっていない花も飾られ、 イベント後には、観客・参加者共に花束が配られた。 イベントは成無事に成功した。 イベント終了後。 盛大な打ち上げがあった。 大賀は本社から来た優秀な社員として、各所の女子社員からモテていた。 今も、大賀の周りにはそれぞれの女子社員から質問攻めに合っていた。 「七瀬さんは大活躍でしたね。さすが本社の営業エース」 「すごですね、かっこいいし」 「ご結婚されてるんですか?彼女は?」 矢継ぎ早に質問され、さすがに大賀は引き気味だった。 「今回の企画は、皆さんの協力あってのことです。あと伊藤部長や丸山さんに佐藤さんも・・・」 という大賀のセリフに、他社の女性たちは納得しているが、支社の女子社員は直弥の名前を出されて、白々しく笑う。 「まあ伊藤部長や丸山課長はわかりますがね・・・、佐藤さんは課長補佐ですし、いつも暗くてね・・・」 と、ひそひそと馬鹿にし始める。 それに大賀はムッとして、 「そんなことないでしょ?それぞれの企業とのつながりが上手くいったのか佐藤さんのおかげですよ」 必死に直弥を養護した。 まだ半信半疑でバカにする顔をする支社の女子達。 「そんな事ないんじゃないかな」 でも、大賀より早く口を開いたのは、ブライダル企業の女子社員だった。 「確かに仲介役が佐藤さんになってから、企画がスムーズに進むんですよね」 それに続くように、今度は花束を提供した企業の女子社員が、 「そうですよね、丁寧だし気配りがよくて。業界内では評判がいいんですよね」 その2人の言葉に大賀は嬉しくなり、 支社の女子社員をギッと睨みすぐに笑みを浮かべ、 「社外の方々のほうが、客観的に人を正当に評価できるようですね。僕の様な人間よりもっと自社の社員を見てあげてくださいね」 『は・・・はい。すみません』 青ざめて自社の女子社員は、大賀の気迫に負けてしまう。 大賀は満足そうに、女子社員達から離れ、別のテーブルへ。 そこには伊藤部長と丸山、そして直弥がいた。 それぞれグラスを手にこちらの一部始終を見ていたようだ。 伊藤は嬉しそうに、 「さすが本社のエース。男だねぇ」 と、グラスを傾ける。その隣の丸山も、 「さっきのは、俺もさすがにムカついたわ」 そして直弥は照れながら、顔を背け、 「・・・おせっかい」 「直弥・・」 「でも、ありがと」 少しだけ笑って言う直弥が、可愛くて・・・ 泣きそうになる大賀。 胸が一杯になる。 「抱きしめて良い?」 「だめに決まってんだろ」 笑いながらそういう直弥。 大賀もつられて笑った。 「んん」 直弥の家に着くなり、大賀は直弥にキスした。 今までどれだけ遠慮ていたのかというくらい、深く深く唇を重ねていく。 舌がなめらかに動き、直弥はその一つ一つにビクビクと反応して、大賀は余計に積極的になる。 「ちょっんんっここ玄関」 「待てない」 大賀は直弥の上着を脱がせ、シャツを強引にめくり上げる。 自分もネクタイを緩めて、上着を脱ぎ捨てる。 玄関に落ちた上着を目で追って、 「もお・・・」 そう言いながらも直弥は、大賀の首に腕を回してさらにキスをする。 直弥の肯定的なしぐさに大賀はたまらなくなり、彼のズボンの中に手を入れる。直弥はビクッと反応するが、 「待って、シャワー入りたい」 「一緒に入る」 大賀は直弥を見つめた。 3年ぶりにしたセックスは、まるで初めてシた時みたいに、 痺れて気持ちよくて、 夢みたいだった。 別れていると思っていたのに。 大賀はそう思っていなかった。でも連絡を入れづらくてドンドン時が過ぎ、 今までと同じようには行かなくなっていた。 でも、今触れ合うことで失われた時間を取り戻すように、身体を重ねた。 「あ・・・」 一番奥の気持ちいい所に振動が響いて、何度でもイッてしまう。 直弥は筋肉質の大賀の胸板を撫で、キスをしていく。 大賀はたまらず腰を動かす。 その度に喘ぐ直弥がたまらなかった。 「好き」 「好きだ」 そう言っていつのまにか涙を流す大賀。 直弥はその涙で大賀の思いを再確認する。 思ってたのは自分だけじゃないんだと。 「愛してる、大賀」 直弥は大賀を抱きしめる。 もうけして離さない。 大賀は思いを決心するのだった。 後日、 「へえ、じゃあ遠距離で続けることになったんだ」 大賀はもうすぐ1年の任期を終え、本社に帰る事になる。 直弥と話し合って、そう決めたようだ。 休憩室でそう大賀から報告を受けた丸山。 「直弥を本社に呼んでも良かったんだけど、直弥はここで仕事がしたいって。お互いの仕事は大事にしたいから。遠距離で続けて、いつか一緒に暮らそうって話してた」 「ふうん。良かったな」 丸山は休憩室のコーヒーをぐいっと飲み干し、 「こじらせてたからな。良かったよ」 と、多少ホッとして呟いた。 「色々聞いてくれて、ありがとな」 「別にいいよ」 ホッとして笑う丸山。 数週間後、 「へえ、じゃあ遠距離で上手くいってんだな」 「ああ、色々有難う」 会社の休憩室、丸山はコーヒーを飲みながら、直弥とは話していた。 直弥は本社に戻った後、結局大賀とは続いていた。 もう同じ間違いはしないと2人で決めたのだ。 嬉しそうな2人を見て、丸山は内心ホッとしていた。 3年拗らせていたのを見ていたから、2人が上手くいって良かったと思う。 「ためしに本社に移動希望出してみたら?」 2人の話を近くのテーブルで聞いていた伊藤が口を出した。 「まあ、佐藤くんは支社には必要だからここに居てもらえるとありがたいけど」 「いいんです。本社も魅力的だけどここで僕はがんばります」 「良かったよ」 伊藤はそういって笑う。 いつもヘラヘラしているけど、いざという時はたのもしい部長である。 一ヶ月後、 「部長、今日の仕事終わったんで、18時で帰宅してよろしいでしようか?」 「いいよ。今日だっけ?七瀬くん戻ってくるの」 「はい」 連休に戻ってくることになって、久しぶりに会えると言うことでウキウキしていた。 「おつかれさまでした」 「おつかれ」 直弥は嬉しそうに帰っていった。 ピンポーン、 「ただいま、直弥」 大賀が自分の家の様に入ってきて、それが直弥には嬉しく、 「おかえり・・・大賀」 直弥は大賀に抱きついた。 ふと見ると、大賀の手には藤の花束。 それを直弥に差し出し、片膝を着く。 「本社に来て欲しい。一緒に住まないか」 それはまるで・・・ 「まるで、プロポーズだな」 「そのつもりなんだけど」 優しくいう大賀。 直弥には、藤の花言葉がわかっていた。 ブライダル企画で調べた。 藤の花言葉は、 『けして離れない』 2人にピッタリの言葉だ。 「いいよ。付いていくよ。どこまでも」 そういう直弥の頭を、大賀は優しく撫でた。 お互い笑い合い、家の中に入っていく。 2人の時間を楽しみながら、もう同じ間違いは繰り返さない。 直弥はそう誓うのだった。 ②綾斗の場合。 リリリ・・・スマホがなり、 カバンを探り綾斗は電話に出る。 同僚の2人から立て続けに電話がなり、 少し話して綾斗は電話を切った。 「君はいつからコールセンターになったんだい?綾斗」 そう声掛けられて、綾斗は部屋のベッドに目を向けた。 いつもの何を考えているか分からない笑顔でこちらを見ている伊藤が、 バスローブ姿でベッドでタバコを吸っていた。 綾斗は、黙ってスマホの電源を切って自分のカバンに投げた。 綾斗はベッドに乗り上げ、伊藤の手からタバコを奪いベッドサイドの灰皿に入れ火を消す。 伊藤と向かい合って、彼のバスローブを脱がせながら、 「終わってから吸えっていってんだろ。嫌いなんだよタバコの匂い」 と、毒づく綾斗に、伊藤は当てつけのようにキスをする。 その行動に性格の悪い男だと思いながら、そのキスに答える。 「今日は口にキスしていいんですね」 「ん?駄目なんて言ったっけ?」 「顔を背けるくせに」 「ふっ、そうだったかな?」 彼の言葉を遮るように綾斗はいつものように、伊藤を抱く。 2人はなりゆきで、セフレの関係になった。 会社では、伊藤は部長。 綾斗は課長の立場だった。 2人は仕事は出来て見た目のスタイルも良いので、会社では人気者だった。 綾斗はもともと、女性が恋愛対象だった。 少なからず昔は彼女もいた。 付き合った相手には無条件で優しいせいなのか、 優しすぎてつまらないと、いつも振られていた。 それからしばらく恋愛はしないと誓った。 なのに・・・ 「あっん、はあ・・・」 綾斗に後ろから挿れられて、伊藤は全身で感じていた。 誰よりも体の相性が良くてセックスに関しては文句も言わない。 だってセフレだし。 お互いが気持ちよければ、それで良かった。 なのに・・・ 綾斗は伊藤の後ろから挿れて腰を揺り動かしながら、前も弄る。 「あっあっ同時はだめっ・・・」 「気持ちいいくせに」 言ってキスをする。 綾斗は、伊藤に恋してた。 でも2人はあくまでセフレの関係。 恋人じゃない。 その事実が、綾斗を苦しめていた。 「そういえばさ、今日本社から配属になった七瀬くんと佐藤くんと君って大学の時の友達なんだって?」 事後、いつもの調子に戻った伊藤が、呑気に言ってくる。 「ええ、まあ」 急に何を言い出すんだと思いつつ、綾斗は返事をした。 「佐藤くんと七瀬くんって付き合ってたんでしょ?3年ぶりかぁ、どうなるんだろうねぇ」 と、楽しそうに笑う伊藤。 伊藤はシャワーを浴びた身体をバスタオルで拭きながら、 「・・・余計なことしないでくださいね。あいつらかなり拗らせてるんですから」 はあと、ため息を吐いて伊藤を制する。 3年ぶりに一緒に仕事をしていて、 さすが七瀬は本社の課長である。今回のイベント企画でのブライダル企業と上手く話を進めて、企画をドンドン進めている。 佐藤とは相変わらずぎこちないが、仕事は随分こなしている。 佐藤の方も他の企業との橋渡し、それぞれの企業へのフォローが上手だった。 一度、佐藤・七瀬を連れて伊藤は綾斗と四人で飲みに行くことに。 なんだかぎこちない佐藤と七瀬のやりとりを見つつ、 疲れて綾斗はトイレに立った。 トイレを出ると、そこには伊藤がいた。 ニコニコしている伊藤を見て、綾斗は半眼になり、 「・・・あんたわざとアイツらを2人にしたろ」 「んふふふ」 楽しそうに笑う伊藤。 「まったく」 綾斗はため息をつけて歩き出す。 伊藤はくいっと綾斗のシャツの裾を引っ張り、 「一服に付き合ってよ」 「吸いませんよ」 「いいから、いいから」 笑顔の伊藤に、はあとため息を吐いて彼についていく。 飲み屋の外に喫煙所がある。 誰もいないので、そこには2人きり。 ふーっと、タバコに煙を吐いて、伊藤は夜空を見上げながら、 「あの2人は、2人きりになる時間が必要だと思うな」 「そうですかね」 「うん」 伊藤はふざけているわけではなさそうだ。 「君は、だれかいないの?」 「え?」 「好きな人」 突然、そんなことを問われて、 綾斗はドキッとした。 今までそんな事聞かれたこと 一度もなかった。 だって俺たちはただのセフレの関係だから。 綾斗は答えに困った。 自分は伊藤に恋している。 「なんでそんな事聞くんだ?」 「んー?」 なんとか絞り出した綾斗の言葉に、 伊藤は何だか、いつもより歯切れの悪い感じで、 「だってさ、もし好きな人がいるなら悪いなって、思って」 伊藤は笑っていた。 でもその笑顔は、綾斗にはせつなそうに見えた。 (なんでそんな顔する?) 綾斗は今の空気に耐えられなくなり、 はあっとため息を吐いて、 「そんな人いたら、あんたとセフレなんかになるかよ」 と、冗談めかして空気を変えた。 「そうだよね」 伊藤もいつもの、いけ好かない笑顔に戻っていた。 伊藤はタバコの火を消して、 「そろそろ戻ろうか」 「ああ」 「あの2人どうなってるかな?」 「・・・なんでそんな嬉しそうなんですか?」 どうでもいいやり取りをしながら、2人は席に戻った。 会議中、突然綾とのスマホが鳴る。 「部長、企画練り直しになるかも知れません」 「なに?」 それは突然の出来事だった。 ブライダル企業と、スイーツメーカーが揉めて提携の話自体が白紙になった。 今回の企画自体が練り直しになり、綾斗は伊藤と一緒にブライダル企業との企画自体の練り直しのため相手の企業に、急遽足を運んだ。 そこでは企業同士が大喧嘩をしている最中だった。 「あんたがたが勝手に色味を変えて行きたんだろうが!大人気無しと思わないのかね?」 と、堅物の部長クラスの親父がおしゃれなスイーツ企業の会議室でそうどなっていた。 それとは対象的に、スイーツ企画の企業は若い女の部長が全責任を持っているようで、 「あんたたちおやじの発想は今どきじゃない。古いんだよ!」 どうどうとそう反論した。 「なんだとこの小娘がっ!」 と、今にも殴りかかろうとするおやじを引き止める彼の部下。 それを会議室のテーブルの真ん中に座らされて、眺める伊藤と丸山。 2人は冷静だった。 そして呆れていた。大の大人が喧嘩をしている。 一人の社員が2人にお茶を出す。 その社員に丸山が、 「で・・・私達はどうすれば?」 「見てればいいのかな?動画撮る?」 呑気にいう伊藤。 2人にお茶を出してくれた社員は、 「あの喧嘩が、かれこれ3時間やっております」 「えー、時間の無駄ぁ」 伊藤はわざと大きめの声でそう呟いた。 その声に、言い合っていた2人は、伊藤を睨む。 おやじの方がこちらに鬼のような顔を向け、 「なんだと!今度はお前が相手か若造が!」 その言葉に伊藤はいつものようにただにこにこしている。 伊藤の笑顔に丸山は恐怖を感じていた。 明らかに怒っている。 「大の大人が仕事で喧嘩し合うなんて馬鹿げてる。学生じゃないんだからさ」 笑顔で明らかに語尾が怒ってる。 その伊藤の気迫に女性の部長の方は黙ってしまう。 伊藤はニコッと笑みを見せ、 「これは仕事です。冷静に話し合いましょう。我々が仲介しお互いの意見を伺います」 何とかまとめて、話し合いをした。 その結果、今回はウェディングとスイーツの企画が白紙になった。 仕方なくウェディング企業と企画を練り直し、以前少しだけ話にあがっていたブーケと花言葉を履け合わせる企画に変更になった。 企画の練り直しを佐藤と七瀬に電話で伝えて、 伊藤と丸山はすぐさまブライダル企業との打ち合わせを初めて、 何とかイベント企画は継続となった。 「はあ・・・何とかなって良かった。大人同士の喧嘩って、何て醜いんだろうなぁ」 伊藤はめずらしくタクシーで弱音を吐いた。 そんな丸山を貴重だと思いながら、 「でもさすがですね」 ふふっと笑う綾斗に、伊藤は冗談めかして、 「ふふん、惚れ直した?」 「そうですね」 「え?」 疑問符を浮かべる伊藤。 はっとする綾斗。 何も考えずに答えてしまった。 どうしよう。 いつもはそんな冗談も、毒づいて交わすのに。 今は完全に油断していた。 綾斗はタクシーの窓の方に顔を向け、 「・・・こういう時はホント強いですよね」 何だかよくわからない返事をしてしまった。 何を言ってるんだ自分は。 でも惚れてませんって、 否定するほうが余計怪しいし。 「・・・まあね」 伊藤も窓の外を見つめてそう答えた。 いつのまにか2人はホテルに着いていた。 というか、伊藤が行き先をホテルにしてたのだ。 「・・・なんでホテル?」 「帰るのめんどうで」 「・・・俺は帰りたかったですけど」 「今日は普通に寝よっか」 「まあヤる元気はないです」 そうして、いつもセックスをするために2人で来ているホテルで、 今日はただ寝ることになった。 (なんだこの状況は・・・) 食事もせず2人はシャワーを浴びて、同じベッドで眠ってる。 ヤラずに一緒に眠るのは初めてだった。 綾斗は、ふと目を覚ました。 横を向いて眠っているその彼の背中に、 伊藤が抱きついて眠っていた。 「・・・おい」 振り向くと本当に眠っていた。 抱きつかれてドキドキしながらも、 突き放すことも出来ずに綾斗は複雑な思いでいた。 伊藤の寝顔を見て、 (可愛いなくそ) そう思ってしまう自分は重症だと思いながら、 綾斗は寝返りをうち正面から伊藤を抱きしめる。 サラサラの髪を撫でおでこにキスする。 自分たちが恋人だったらいいのにと、 何度思ったことか。 伊藤には恋人はいないようだが、 いつも綾斗といることを選んでくれる。 それがいつも嬉しかった。 好きだ。 ものすごく。 思いが溢れて、眠ってる伊藤のくちびるを奪う。 伊藤の色っぽいその唇に、吸い付くようにキスをする。 このまましていたら、起きるかも知れない。 自分が本気で好きだと知られるのは、 複雑で。怖い。 知ってほしいけど、 知られてしまうと弱みを握られるような感覚になる。 本当はそれでも良いのかも知れないが。 好きすぎて、 自分もこじらせてるなと内心笑いながら、 綾斗は眠りについた。 数日後、 今回の協議の結果、 ウェディング企画は花束とのコラボ企画に決まった。 花と花言葉をウェディングドレスと合うように考える。 それは佐藤と七瀬に企画を詰めてもらって、 伊藤と丸山は企業との話し合いを進めた。 「なんとかなりそうですね」 「そうだな」 企画がまとまり会議の後、 直弥と大賀は、何か言い合っていたようで、 走り去る直弥の後ろ姿を見送る大賀。 伊藤は何かを察して、 「七瀬くん、今日飲みに行こうか」 それを彼の後ろでため息を吐いて見つめる綾斗。 いつもの飲み屋に来ていた伊藤部長、丸山、そして大賀。 ゆっくり出来るようにと、伊藤が座敷の個室を取ってくれた。 店に来た最初は普通に飲んでいた大賀だったが、酔うまでに時間はかからなかった。 「なんでこうなるんだよ〜。俺は別れたつもりなんて無かったのにぃぃ」 と、机に突っ伏しながら、でもグラスからは手を離さずに泣き言を続けた。 「直弥がただ好きなだけなのに〜」 自分が離れたために、思い切り復縁を迫ることは出来ない。 どうすることも出来ず、ただ泣き言を言う自分は情けない。 どうにか自分は変わっていない事を分かってもらうために、気にしないふりをして接していたが、3年ぶりの再会で内心緊張していた。 それを聞きながら、 「人は情けない生き物だよ、七瀬くん」 伊藤課長は優しく呟く。 「部長・・・」 メソメソと泣きながら優しい言葉に感動する大賀。 「僕が見るからに、佐藤くんは素直になれないだけなんじゃいかな」 「そうかな・・・」 泣きながら何かを考え直す大賀。 「また、無責任なことを・・・」 2人のやりとりを聞いていた丸山は、呆れてビールを口に含む。 「まだ結論は出てないんだから、落ち込むなよ」 丸山はそう言って、テーブルに突っ伏す大賀の頭をポンポンと撫でる。 まるで子犬のように弱っている大賀を気の毒に思った。 本社に転勤して3年。 「丸山は、ほんとに優しいな・・・。俺が転勤して3年。いつも電話に付き合ってくれてたし。ほんとにいい男だよ。俺なんて・・・」 酔いながら虚ろにそうぶつやく。 「へー・・・そうなんだ。優しいね丸山くん」 伊藤は何か言いたそうに呟いた。 何か引っかかる言い方をする伊藤に、丸山は少しだけ気にする。 伊藤はいつも通りの笑顔で、 「七瀬くんはいい男だよ。自信が少し無いだけで」 大賀は伊藤を見上げる。すると伊藤は、 「男は押す時は、押す!見本見せてあげる」 「へ?」 キョトンとする大賀をよそに、 伊藤は隣の席で飲んでいる丸山の手からグラスを奪いテーブルに置く。 その行動に疑問符を浮かべる丸山。 「なにして・・・んん!?」 伊藤はその丸山の顔をぐっと掴んでその唇を奪う。 かなり本気で。 突然口の中に舌を入れられ、やらしく丸山の弱い上顎を舌で撫でる。 丸山はやばいと感じ、伊藤の腕を突き放そうとするが逆に腕を押さえられ動きを止められる。 その光景を、ポカンと見つめる大賀。 目の前で何が起こっているのか分からず、とりあえず涙は止まっていた。 気持ち良くなり流されそうになったが、大賀に見られている事を思い出し、丸山は思い切り伊藤を突き放す。 「な、なにしてんだ、いきなり・・・」 顔を真っ赤にして荒い息をつく丸山に、伊藤はニコッと笑顔になる。 「これくらい本気で、口説かないとね」 その言葉と同時に、伊藤は丸山を見つめる。 「へ・・・」 呆然とする丸山。 2人のやりとりは気にせず大賀は、 「そうですね。ありがとうございます。俺帰ります!」 行って、お礼を言って彼は先に帰っていった。 大賀が帰った後、居酒屋には動揺する丸山と今部下の前で唇を奪った伊藤が残されていた。 綾斗は伊藤から顔を背けていた。 伊藤がこちらを覗き込もうとする。 「今、俺を見ないでください」 止まらない鼓動を押さえつつ綾斗は飲み屋を出ていった。 人の前でキスされた。 しばらく走り、駅の近くで肩で息をして立ち止まる。 動揺が止まらない。 ちがう。 自分が動揺したのは、 人前でキスされて、 嬉しかった。 本当は、世界中に自慢したいくらい。 嬉しかった。 そんな自分に気がついた。 それが、 恥ずかしかった。 好きで、苦しい。 「俺、馬鹿みたいだ」 泣きながら、笑った。 数カ月後 無事にイベントは行われ、大好評で幕を閉じた。 「じゃあ、2ヶ月後に本社に戻るんだ」 「まあね」 会社の休憩室で大賀にそう伝えられた綾斗。 「本社でも優秀な課長だった大賀が活躍したおかげで、成功したようなもんだな」 「ほとんど、部長と綾斗のおかげだろ」 大賀はコーヒーを飲みながら、はあとため息をつく。 「イベント企画が一度練り直された時はどうなるかと思ったけどね」 「さすが伊藤部長だな」 大賀の言葉に、 綾斗はフッと笑い、 「そうだな。こういう時はホント頼もしいよ」 優しく笑う綾斗に、 大賀は彼をじっと見つめる。 「ほんと好きなんだなぁ。部長のこと」 さらっと呟く大賀の言葉に、 綾斗はリアクションを失う。 否定も肯定も出来ず、声をつまらせる。 「・・・ん?」 「付き合ってるんでしょ?部長と」 「ねえよ」 「ええ?」 大賀は信じられないというような顔をする。 綾斗は何とか声を絞り出して、 「なんでそうなるんだ」 「付き合ってないにしろ、伊藤部長は綾斗のこと好きだろ」 あっさりそう言われて、綾斗は訝しる。 「そんなわけないだろ」 「伊藤部長って俺とか直弥がお前と話すと、じっと見てくるんだよね。 というか、あの人気がつくといつも綾斗の事見てるんだよな」 どういうことだ・・・? 部長が俺を好きだなんてありえない。 だってセフレと言ったのは、向こうだし。 綾斗はいつもからかわれていた。 大賀は、ふうっとため息を吐いて。 「だいたいさ、あんな本気のキスされて気が付かないの?」 と、こないだの飲み屋でのキスを引き合いに出さてた。 いつもより強引で、けして離さないという気迫を感じた。 そしてそれを拒否できない自分もいた。 綾斗は黙る。 顔を赤くして口を手で覆う。 そんな彼の後ろから、 「何の話をしてるの?」 伊藤が綾斗を背後から抱きしめながら、 いつものニコニコ顔で現れた。 「あ、部長お疲れ様です」 大賀はそれを見て平然と挨拶をする。 「お疲れ様。今回は色々ありがとう七瀬くん。さすが本社のエースだね。ずっとここにいてもいいんだよ?佐藤くんも喜ぶし」 「ありがとうございます。でも、俺も本社でやりたいこともあるので。・・・直弥はいずれ本社に引き抜きます」 「それはそれは」 「ところで部長」 「ん?」 「もう放してあげたほうが」 「えぇ?」 大賀が視線を送る方を見ると、伊藤に抱きつかれている綾斗が真っ赤になり固まっている。 「意外な反応・・・」 伊藤はめずらしく驚いていた。 大賀はふっと笑い、 「じゃあお疲れ様でした」 言って大賀は休憩室を出た。 もう定時を過ぎている。 帰る時間だ。 綾斗は固まったまま、 「は、放してくれ・・・」 そう言うが、自分からは振りほどこうとしない綾斗に、伊藤はふっと笑い、 「・・・本当に放して欲しい?」 彼の耳元でそう囁いた。 綾斗は黙りつつ、 「・・・ここ会社」 「そうだったね」 『・・・・』 2人はそのまま黙り込む。 放してほしくない綾斗と、 放したくない伊藤。 「一緒に帰ろうか」 「・・・はい」 珍しく素直に返事をする綾斗にビックリしながら、伊藤と綾斗は会社を出た。 今夜の2人は違ってた。 気恥ずかしく、何だか現実ではないような感覚があった。 綾斗は自分の部屋に伊藤を連れて行く。 部屋に入った瞬間から、 2人はお互いを求めあった。 いつもより甘く深く伊藤は綾斗の唇を奪った。 優しく撫でるように全身愛撫して、 伊藤も、いつもみたいに茶化すような事は言わなかった。 ただ素直に綾斗を求めてた。いつもより奥まで挿入されて、 「いつも・・・はんっ、我慢っしてたの?」 伊藤は身体を揺り動かれながら、綾斗を見上げた。 綾斗は伊藤の良い所に当て、腰を動かしながら、 「っん、本気になっちゃいけないと思ったから」 「はあっ、あっ・・・いま動かないでっああ」 奥の良い所に当たって、喘ぐ伊藤。 かまわず綾斗は動きながら、 「好き」 はっきり言った。 もう隠すことは出来ない。 「ずっと好きだった。あんたのこと」 綾斗は伊藤にはっきり伝えた。 思いが溢れて止まらない。 「俺にとってはずっとセフレなんて気持ちで抱いていない。ずっと好きで抱いていた。ほんとは毎日でも抱きたかった」 熱烈な綾斗の言葉に、伊藤は嬉しそうな笑顔で、 「やっと認めてくれたね」 綾斗を真っ直ぐ見つめて、 「俺も好きだよ。可愛い綾斗」 言って彼にキスをした。 翌朝、 土曜の昼過ぎになっていた。 朝まで抱き合って、伊藤は久しぶりに動けないでいた。 「若いってそれだけで、財産だね・・・」 ベッドの上で脱力しながら何かを悟った声を漏らす伊藤。 それを見ながら、思わず吹き出す綾斗。 「あんた、なんだかんだで32歳だもんな」 「君もあと2年で30代だろ」 「ふっ、そうだけど」 綾斗は中々起きない伊藤とは違い、 朝から起きていつも平日にはできない洗濯や掃除を手際よくこなし、 一度伊藤を起こし一緒に朝昼兼用の食事をした。 その光景をただベッドに横になりながら、眺めていた。 なにをしても手際が良い男だ。 綾斗は家事が落ち着き、ベッドの側に座り、小説を読んでいる。 「ねえ」 「ん?」 「一緒に暮らす?」 伊藤その言葉に、綾斗は本を読む手を止め一瞬固まる。 「え、いやいや」 「一緒に暮らしたい」 めずらしく伊藤がはっきりと自分の思っている事を口にした。 真っ直ぐにこちらを見てくる。 綾斗は、少しだけ視線を反らし、 「考えておく」 「あとさ」 「まだあるの?」 「名前で呼んで」 伊藤はさらに綾斗に対して要望を送る。 急に恥ずかしくなり綾斗は、 「なんだよ急に」 「俺は2人の時は『綾斗』って呼んでたけど、君は『あんた』『部長』『伊藤さん』だよね?なんで?」 と、ベッドの上から上半身を乗り上げ、側に座る綾斗ににじり寄る。 急に迫られ、身体をこわばらせる。 「い、いや・・・だって付き合ってなかったし、名前知らなかったし」 「蒼だよ、あ・お・い」 「むむ・・・」 綾斗は困った。 恥ずかしさが頂点だ。 伊藤を名前で呼ぶなんて恥ずかしすぎる。 でも・・・ 綾斗は、伊藤の腕を引っ張って自分の方に寄せ、 「もう一泊しませんか?・・・蒼さん」 「ん」 そういって2人は笑いあった。 終。

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