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第3話:上司は嫉妬する。
最近綾斗の元気がない。
現在は担当を二つ持ってい入るが、繁忙期よりはきつくないはずだ。
伊藤は自分のデスクでパソコンに向かいながら、資料を作成しながら溜息をつく綾斗をちらみした。
何かあれば自分から相談するタイプだが、今回は違った。
今日担当会社から帰ってきた時から、様子がおかしい。綾斗の今日の予定は担当二つのうちの一つ老舗の会社で確か担当者が最近代わったと聞いていた。
そこで何かあったのかもしれない。
伊藤はしばらく考え、
「丸山」
綾斗を呼ぶが考え事しているのか聞こえていないようだ。
ふむ・・・
オフィスに戻ってきた佐藤を見つけ、
「佐藤くーん」
するとコーヒーを手にして自分のデスクに戻ろうとする直哉は、伊藤の呼びかけに気が付いて彼のデスクに近寄ってくる。
「部長おつかれさまです、どうしました?」
すると伊藤はくいっと顎を上げ、
「なんか綾斗変じゃない?」
すると、直哉はうーんと唸り、
「なんか今日行った取引先の担当者が苦手らしいですよ」
と、小声で囁く直哉。すると伊藤はいつもの気の抜けた顔のまま、
「なんで報告ないの?俺に」
「部長には言うなって」
と肩をすくめてみせる直哉。伊藤はうーんと唸りながら腕を組み、
聞いてみるか・・・
伊藤は空いているミーティング室を借りて、綾斗を呼び出した、
コンコン
「失礼します」
ノックをして会議室のドアを開ける綾斗。
中には机を挟んで椅子に腰かけてくる伊藤。
「おつかれ、座って」
「・・・はい」
気まずそうに返事をして伊藤の向かいに腰かける綾斗。
伊藤は数秒腕を組んだまま黙っていたが、
「最近ため息が多いけど何かあった?」
いつものトーンで問いかける。
綾斗は伊藤が何を聞きたいか予想がついていた。でもしらを切ろうと決めていた。
「いいえ。特には」
すると、伊藤は腕を組んだまま顔を下に向け、
「今日午前中に行った取引先の女社長に、気に入られてるんだって?」
「・・・」
綾斗は黙り込んだ。
出来れば黙っておきたいからだ。でも伊藤はその方が起こるかもしれないが。
きっと直哉に聞いたであろう事は気が付いた。綾斗は直哉にしか相談していないからだ。
伊藤はめったに怒る男ではない。いつもヘラヘラして真面目ってなに?というおちゃらけた人間を装っているが、本当は違う事を彼の部下はみんな知っている。
誰よりも仕事に熱心で、部下思いで、優しい男だ。
「セクハラまがいの事もあったって?」
「・・・たいしたことでは」
「他の社員が同じ目にあってもそう言える?」
綾斗は、ハッとする。伊藤のその言葉にうつむき、
「どうして相談しないのかと、思います」
「だよね」
綾斗の言葉に満足して、伊藤はいつもの笑顔を見せる。
でもすぐに冷静な顔に戻り、
「それに、俺は君の恋人なんだよ?綾斗」
少しだけ優しい声でつぶやく伊藤。その言葉に綾斗の緊張が解ける。
椅子の背もたれに身体をあずけ、
「・・・何度も食事に誘われています。やんわりと断っていますが」
「そう」
伊藤は椅子から立って、綾斗の側まできて椅子に座ったままの綾斗の頭をそっと抱き締める。
「・・・ここ会社」
綾斗の声は力をなくしていた。彼に抱き締められてほっとしている自分がいる。
「いやな思いさせてごめんね」
「あなたのせいじゃない」
「どこ触られたの」
「大丈夫ですよ。肩とか腰とか軽くくらいです。・・・気持ち悪かったけど」
そういう綾斗の頭をなでながら、
「帰ったら上書きしないとね」
その言葉に、綾斗は少しだけ赤くなる。
上書きだけじゃすまなそうだけど。
伊藤は優しくクスリと笑うと、
すぐ上司に顔に戻り綾斗から離れる。
「この事は上に報告する。取引を続ける必要がないと判断すればすぐに切るから」
キリッとして上司の伊藤はかっこいい。
「お前は一人では行かないように。夜打ち合わせに誘われたら相談して」
「はい」
ようやく笑顔になった綾斗の顔を見て、
伊藤は会議室を出る前に、彼を引き寄せて、
チュッとキスをした。
「俺の綾斗に触るなんて百年早いわ、その女」
「あんまりかっこいい事言わないでよ。惚れ直すじゃないですか」
「そうなってほしいんだよ」
そう言って二人でクスクスと笑いながら、会議室を出ていった。
その3日後
事件は起きた。
「戻りました」
「おう、お疲れ」
オフィスに戻ってきた直哉を伊藤が出迎える。
「打ち合わせの詳細は丸山から聞いていると思うんですが・・・」
と話し始める直哉の顔を、伊藤は疑問符を浮かべながら、
「え、丸山まだ帰ってきてないよ」
「え?俺より先に戻ってきてるはず」
数秒後、2人は顔を見合わせた。
ハッとして直哉は綾斗に電話をかける。
「・・・電源が入ってないって」
「・・・やられた」
伊藤は頭を抱えた。
昼過ぎから綾斗と直哉の二人で例の会社に打ち合わせに行き、会社に戻る際、別の取引先からの電話に出るため綾斗とはそこで別れたそうだ。
伊藤はすぐさま取引先に電話を掛け、事のあらましを説明する。相手の社長秘書は言葉を濁してしらばっくれようとしていたが、伊藤が半ば脅すような事を笑っていうものだからヒントはくれたようだ。そうして伊藤はもう一人に連絡をする。
ある料亭の一室。
「・・・りょう・・りに、なに入れた・・・?」
食事を断りきれなくて、半ば強制的に料亭に連れて行かれた。言うことを聞かなければ伊藤部長を潰すと脅されて。もちろん綾斗はそんな脅しには乗る気はなかったが、料理を食べた数分後急な眠気が襲ってきた。
女社長はずっと綾斗の事を狙っていることは綾斗自身も気がついていた。なるべく2人にならないようにしていたのに。
「ほんと、かわいいわね」
そういって、ふらふらしている綾斗の側に寄ってくる。60代ちかいほぼおばあちゃんくらいの女に言い寄られるほど、恐怖なことはない。年の割には若作りしてギラギラしている。
本当に寒気がする。綾斗はそう思いながら、急激な眠気で動けない。
「あなた伊藤部長のお気に入りなんでしょ?あの男仕事ができるとおもっていけ好かないのよね。まあいい男ではあるけど」
伊藤がいい男なのは同意だけど、あの人が夢中なのは俺だっての。
綾斗は、内心冷静につっこみを入れる。
女社長は動けない綾斗の肩から腰にかけて撫で回し、ズボンの上から股間を撫でる。
「やめ・・・」
「あなたモテるでしょ?でも私を知ったら他の女なんて抱けないわよ」
そもそも女は抱けないってば。
全身に気持ち悪さが充満する。
「優しくするわ」
「や・・・め、ん」
女社長から濃厚なキスをお見舞いされた。その時、
バンッと個室の扉が開く。
急に戸が開けられて、女社長はとっさに綾斗を突き飛ばす。
「失礼します」
と、入ってきたのは伊藤と直哉と、一人のスーツ姿の中年男性。
「なっ、何?」
女社長は急に怯えた顔をする。
伊藤は脱力して倒れている綾斗の口元に付いている口紅をみて、
女社長の胸ぐらを掴んで、ぐいっと立ち上がらせる。
「おう、お前。こいつになにしてくれたんだ?」
伊藤は今まで聞いたことのない低い声で、女社長を睨みつける。
「ひっひいいいい!!」
何かを感じ取ったのか女社長は悲鳴を上げる。
だが、伊藤は彼女を離さない。
「こいつに手を出すということは、お前は俺に殺されてもいいって事でいいか?」
遠慮のない、本当の殺意。
「ひやああああ!!じょ冗談よ!本当に襲うつもりなんて」
「お前の前科は聞いている。何度も同じ手を使って犠牲者を出していると、秘書が白状した」
伊藤は今にも彼女を抹殺しそうだ。と、見つめる直哉は思った。
「落ち着きなさい蒼。後は警察に任せるんだ」
と、一緒に来た中年の男性が伊藤を止める。
「ちっ」
伊藤は小さく舌打ちをした。
伊藤といっしょに来た男は
すると、女社長は顔を青ざめさせる。
「あんたは稲妻社長!?」
「相変わらずバカをしているようだな。反省しなさい」
それらを聞きながら、綾斗はフラフラと顔を上げる。
女社長の胸ぐらをつかむ伊藤と、心配そうに見つめる直哉と知らない男性。
(誰だ・・・?)
「綾斗!大丈夫?」
直哉が朦朧とする綾斗を支えおこさせる。
部屋の入口にはギャーギャー騒ぎながら警察に連れて行かれる女社長と、警察に説明をする知らない男性と伊藤。
「誰?あの人」
と、綾斗は知らない男を見て直哉に問いかける。
「うちの会社の社長だって。女社長と顔見知りらしいよ」
「へえ・・・」
知らない男性と警察が部屋の外から見えなくなり、伊藤は綾斗のそばに駆け寄る。
「大丈夫?綾斗」
伊藤はあえて名前で彼を呼んだ。心配そうにこちらの顔をのぞいて、綾斗はじっと彼を見つめ、
「大丈夫です・・・」
「本当に?」
「あなたなら、きっと来てくれると思ってた」
と、綾斗は伊藤の胸に顔をうずめた。安心した顔をして。
伊藤はポンポンと彼の背中を優しく撫でて、
「当たり前だろ」
そう言って、綾斗の口の端についた口紅を指で拭い、
「佐藤ちょっと、後ろ向いてて」
「はい」
何かを察して直哉は彼らに背中を向ける。
伊藤は綾斗の口元を優しく指で撫でて、
「ん・・・」
まるで記憶を上書きするように彼の唇を奪う。
まったくけしからん。
綾斗の唇は俺のものだ。
そう言わんばかりに、伊藤はしばらく愛しい恋人にキスをした。
別に直哉には見られてもいいが、入口から隠してほしかった。
「部長、そろそろ行きましょう」
後ろを向いたまま、直哉は釘を刺す。
ようやく伊藤は綾斗から離れる。
「続きは帰ってからね」
と、綾斗の頭を撫でた。
拉致監禁として警察から事情聴取を受けた女社長は前科が明るみに出て、逮捕となった。
綾斗も少しだけ事情聴取されたが、そこまでの被害がなかったためすぐに帰された。
伊藤はタクシーで綾斗を自分の家に連れて帰った。
風呂に入れてやり、睡眠薬を飲まされたらしくすぐに眠りについた。伊藤は側で彼を優しく見守りながらただ撫でた。
自分じゃないくらい嫉妬したし、本気であの女社長を殺したいと思ってしまった。直哉と社長が一緒じゃなかったら本気で殺してたかもしれない。
自分の狂気に驚いた。
今は安心して眠っている綾斗を見つめ、
こんなにも彼を好きだと自覚した。
夜中2時
綾斗は目を覚ました。
部屋中伊藤の香りで包まれて完全に力が抜けてしまった。
ベッドの隣で伊藤がすやすやと眠っているようだ。
助けにきてくれた。
でも、来てくれると信じれた。
こんなにも自分を独占したいと思ってくれていて、
嬉しく思うのは、自分がイカれているからか?
眠っている伊藤の首筋を静かに指で撫でる。
すると、伊藤はゆっくりと目を覚ました。
「眠れた?お腹空いてない?」
自分を気遣う言葉に、思いが溢れてくる。
綾斗は何だか胸がいっぱいになり、
伊藤を抱き寄せた。
「蒼だけいればなにもいらない」
その言葉に伊藤もなんだかたまらない気持ちになる。
ふふっといつものように笑い、
「まるでプロポーズだね」
男同士には似つかわしくないその単語に、
綾斗は伊藤を見つめ、
「特別な事なんて言ってない。俺はいつもそう思ってる」
本当に素直に心から言っているのだろう。
いつもの照れも動揺もなく彼の言葉は冷静だった。
セフレから恋人になって、
最初は距離を測りかねていた綾斗。
照れたり慌てたり、そのコロコロ変わる所が
伊藤は好きだ。
でも最近の綾斗は時々素直に気持ちを伝えてくれる。
本当に自分の事が好きなんだと思えて、
伊藤は嬉しかった。
「おれもだよ」
伊藤はそんな綾斗がとてもかわいく思えて、
ずっと守ってやりたいと思った。
おまけ
翌朝、朝食を食べながら綾斗はふとあの時の事を思い出した。
「そういえばあの時、社長一緒にきてたんだよな?」
伊藤は寝癖だらけの頭をかきながら、
「そうだよ」
「社長、あんたのこと名前で呼んでなかった?」
だんだんとその時の記憶が蘇ってきた。記憶をたどりながら聞いてみる。
会社の社長がどうして伊藤を名前で呼んでいたのか気になっていた。
だが伊藤は、あぁとなんてことないように、
「うちの会社の社長、俺の叔父だから」
「へえ・・・え!?」
納得しかけて驚く綾斗。
伊藤はきょとんとして、
「叔父!?」
「うん。・・・あれ?言ってなかったっけ?佐藤も同じリアクションしてたけど」
「初耳ですよ・・・てか、会社で知ってる人いないでしょ」
と、頭を抱えた。変なことに巻き込んでしまった。週明け直接謝罪しなくては。
「あー、いないかもねぇ」
と、虚空を見上げる伊藤。なんでもないことのように言っているが、場所を突き止めるために社長の力を借りたのは本当だ。
少しずるかったと、伊藤は自分でも思うが、綾斗に関することなら伊藤は手段を選ばなかった。
伊藤は綾斗の頬をそっと撫でて、チュッとキスをした。
「叔父が社長じゃなくても、どんな手を使っても状況を変えた。君のためならね」
その言葉に、
「結構2面性あるなあんた」
「お互い様でしょ」
と伊藤は綾斗の膝に乗り、彼に本気のキスをしたのだった。
終わり。
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