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季節は順に一つゆき 四
「よお、お疲れ」
「お疲れ様」
二人の酒盛りは祭の翌日、すぐだった。
そう決めていたわけではなく、忙しいかと思いつつも会いたくて仕方がなかったクノギが訪問したのだ。自分の都合で仕事がしやすい書庫番は朝寝をして一日のんびり過ごしたので大した疲れを見せず、髪は緩く束ねるだけ、上着も官服ではなく私物の状態に戻ってにこやかに彼を出迎えた。
「今年の奉納祭も恙なく。お疲れ様でした」
いつものようにテーブルを挟んで向かい合い、今日は杯を合わせて労う。呷った葡萄酒は書庫番を含め文官の各部署の長たちに下賜されたもので、いつもの物より上等だ。
それに燻製のうずら肉と卵を添えて、なかなか華やかな晩酌となった。
「御前での皆中の祝いにはささやかすぎるか?」
微笑み揶揄するスイにクノギの眉が下がる。
「あれはまぐれだって……いやほんとに、何か言われそうで逆にちょっと気まずいくらいだ。お前俺に賭けてたか?」
「賭け事は得意じゃないからあんまりやらないが、付き合いで賭けてみるときは貴方にしておいた。お陰でちょっといい思いができた」
「そりゃ当てたかいがあった」
皆中したところでスイに靡いた様子がないのに、がっかりしてしまう自分にクノギは呆れた。そもそも同性でそういう対象として見られていないのだから、と深掘りすると胸が痛むので、賭け事でおいしい思いをさせられたならそれでよかったのだと意識を逸らしておく。
兵舎で見る衛士仲間の疲れた顔とは違い顔色のよいスイは機嫌もよく、くいくいと酒杯を傾けて笑う。一呼吸だけ置いて彼は切り出した。
「な、今度都合が合えば狩りに連れていってくれないか」
子供がねだるのにも似た希望は、クノギにとって嬉しい内容だった。靡くまでいかずとも得るものはあったと弓の成績まで一層に嬉しくなる。
「勿論いいが、なんだ、弓引きたくなったか?」
「いや、ずっと部屋で遊んでいるからそういうのってだけで……俺の弓は当たらないから見るだけかな」
「なるほど出不精の解消か。じゃあ遠乗りでもいいな。釣りも時期だぞ」
デートと言うと大げさだが、城の人間にとって外で遊ぶ機会は貴重だし、出不精のスイから言い出すとなると尚更だ。涼しくなった今時期は大人の外遊びには丁度良い。
「釣りなら少しは獲れるかな。湖のほう?」
「渓流でもいいがちょっと遠いかな……」
こうして予定を話すだけでもいつもより楽しい。多忙からの解放感に、二人とも酒が進んだ。
途中で、クノギはスイが他にも何か話したいことがありそうな素振りを見せるのに気がついた。流れ、間合いを読んでいるような、そんな感覚だ。ぽつぽつと祭の最中の出来事も話しながら、さて何の話かと様子を見た。
「ところで……」
幾分酒が回ってきた頃、スイはようやく杯を置いて身を乗り出し声を潜めた。
「性交の、話なんだが、月二回くらいが適当ではないかと思うのだがどうだろう」
真面目な顔で言いづらそうに妙な話題を繰りだしてきたので、クノギは含んでいた酒を噴くところだった。常は相談事なども速やかに切り出すスイのことなのでそれ絡みかとは思っていたが、まさかこうもずばりと来るとは。しかも頻度の話とは。
「この前貴方も言っていただろう、節度というか……ちょっとたるんでいるというか。このままではいけないのではと思い至って考えたんだ。貴方とは友達だし、他にもやることあるだろう」
どう反応したものかと考えてクノギも杯を置く間にスイの話は進んだ。
たしかに、忙しかったこの半月ほどはともかく、それ以外は割と会うたびにしているような状態だった。月当たりで言えば先月は四度。多いと言えば多いのかもしれない。まして友人ととなれば。
「それで月二回?」
「……多いかな」
「いやどうだろうな……」
二回が適切なのか、そもそもこの関係が適切なのかは、クノギにも判断つきかねたが。
友達で、他にもやることがある、と言うのは何か突きつけられるようで、先程の提案もそういう意図かと思えばクノギは少しへこんで声の調子も落ちてしまった。彼らの関係は現状間違いなく友人であり、今話題に上っている行為もあくまで友人のままに行われている。しかし友人としては最上の扱いをされているのが分かるだけに、勝手に気落ちする自分が悪いのだとも思って二重に苦しい。
もしクノギが好意を伝えれば、スイはそれについても今のように真剣に返事を考えるに違いない。否応どちらだとしても真剣に、真面目に、友達と言ったクノギを思って返答を考える。二人はそれだけ親密で、スイは真摯な男だった。
だが今、想いを告げようとはクノギには思えなかった。友人として遊びに誘ってもらえて、こうして真面目に考えてもらえる関係を逃すかもしれぬのは恐ろしかった。もしかすればいけるのではと思っても、いけなかったときの先を考えると尻込みした。
「……うん、まあ、節度は大事だ。回数は分かった。だがあんまり気負うなよ」
気負っているのは自分だと思いながらも、年長者ぶって平静を装い、彼は頷いて言葉を選ぶ。
「友人関係ってのは一括りには言えないもんだと思う。どうするのがトモダチ、って決まってるわけじゃないだろう。そういうことする友達もいるんだよ。飲みに出る友達もいれば茶を飲む友達がいるみたいな……俺は親しい奴とするほうがいいし。お互い尊重していればそれでいいんだよ、多分」
実体験半分、言い訳半分だ。
詭弁であることと自分のずるさを自覚しながら、スイが離れていかないように言い包める。スイはやはり真剣な面持ちのままに聞いて、少し思案して、首を傾いだ。
「参考に聞きたいのだけど、貴方にはそういう友人が他にもいるのか?」
思わぬ反撃――と思える質問にクノギの心臓は跳ねた。それこそスイとは友人でしかないので、そのような交友関係が他にあったとして何もやましいことはないはずだが。
「……今はいないな」
「そう……では昔の人とは何回くらい?」
「……四、五回かな」
「ふうん……そうか……」
探りを入れているのでも責めているわけでもなく、そこが聞きたかっただけらしいことにクノギの心はまた勝手に傷つくが、折角なので少し多めに提示しておいた。今後の為に。
スイは疑うでもなく、己が提示した二回とクノギと友人の五回を比して考える顔だ。本当のことを言えば二回は少ないのではと思っていたが、節度の話なのだから少なく思える程度でよいのだと自身を納得させたのは実はつい先ほどのことだ。
正直したい。が、このままではいけない。その思いで揺れ動いていた。そこに五回でさらにぐらつく。
「まあそうだな、回数だのは様子見するとして――月二回、のうち一回は今日でどうだ」
そしてさらに、クノギからの提案で意識が先ではなく今のことでいっぱいになる。テーブルを挟んで向かい合う相手の熱っぽい眼差しにつられるようにして頷きかけてはたとする。
「洗ってない……から、今日はできない」
青い目を伏せて、声はまた一段と小さく。
会う日はいつも準備していたのだと改めて意識して、クノギは興奮した。できないと言われても、むしろその気が増してしまった。
「触るだけでもできるだろ。昨日みたいに」
「そ、うだな。うん……」
などと言うのも友人らしからぬやもと、彼は頭の隅で考えたが。昨日について思い出したスイが顔を赤くして頷いたことでもっと分からなくなった。
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