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季節は順に一つゆき 五*
いつものようにスイが布やら油やらを準備をする区切りもなく、酒を飲みながら触れて肌を近づけていくのは、二人に普段とはまるでちがう興奮を連れてきた。どうするべきか決めかねて寝台の上で座ったままのスイの右に座り、クノギはまだ乱れていない服の上から腿を撫で、腰を捉えて擦った。さらに腰から脇腹へと手を滑らせると、スイはくすぐったさに身を捩って小さく笑う。
これはまずいなとクノギは思った。向かい合い触れていると流れでキスでもしてしまいそうで、高揚するがひやひやする。こうして触るだけのほうがいつもより緊張するかもしれない。
「そういや……胸のほうとかは……こういう風に触ったことないのか? 尻だけ?」
うっかりが起きぬよう会話に口を動かして、服の前を開きながら問う。手を差しこみ這わせて薄っぺらな胸を撫でて探ると、摘まんでいたボタンよりも小さく柔らかな突起が指に触れる。
「本にはあったけど試したことはないな……」
柔らかい乳首は少し揉んでみるうちに硬くなったが、スイの反応は鈍い。摘まむのがやっとの薄さは確かに、触れ慣れているものではなかった。
書庫には一体どんな本が置いてあるんだとクノギは思ったが、なんてことはない、城の文化、色事についてを記した物や医学書の類だ。曰く性感帯、男も女も意外と変わりなく、皮膚の薄く色づいたところなどは殊に快感を得られるものである、という話。言われてみれば覚えはあったスイだが、尻にばかり熱中していたので乳首を含めて他はほぼ経験がない。
クノギの指はそのまま、つんと硬くなった先を擦ってみせた。
「感じる?」
「……分からない。くすぐったい、ような。性感には個人差があるという記述は本当だな」
いつもとは違う動きをする手を目で追って自分の胸元を眺めるスイは、居た堪れない。別段気持ちよくないだけに冷静さが保たれて恥ずかしい。
「他と一緒に弄ると気持ちよくなりやすいらしいぞ」
やけに淡々とした言葉を笑うでもなく、反応の薄さを残念がるでもなく、クノギは空いた手も動かしてスイを脱がせてその下の裸体を露わにする。
「貴方本より詳しいな……?」
「まあ、お前よりは多少経験がな」
また何か藪蛇めいた気持ちになりそうだと言葉は濁して、手を下着の上から陰茎に被せ形を辿るように淡く触れる。胸と違ってすぐに顔つきが変わったのに目を細め、クノギは試しにと下にも触れたままで、色の薄い尖りを再び指先で挟んでみた。
「どうだ、違うか?」
「……分からないって」
胸への刺激はやはり曖昧で、スイは違いを感じとることはできなかったが。摘まんだそこを揉みながら、下着越しに亀頭を掻く手慣れた愛撫にはくふと息が漏れた。
もぞりと擦り合わされる足。さらにくすぐって、手が中へと入り込む。布地を除けると硬くなってきた陰茎が押さえを失って立ち上がる。
クノギもまたスイに関しては尻ばかり相手をしているので、こうもまじまじと陰部を見る機会は実はあまりない。昨日とは違い灯りがあり形や薄い色も明瞭な一物は特別大きいわけでもなく、凹凸少ない形で変哲もないが、好いた相手の物と思えばクノギにはよく見えた。
半勃ちの物を掌に載せて握り軽く揺すると同時、胸も忘れずに指先で触れ。しばらくそうして触れ続け――少し荒くなる吐息ばかりが聞こえる状況にまた口づけの欲が芽生えて、クノギは慌てて口を開いた。
「手と口どっちがいい?」
それはクノギにとっては大したことのない、男娼やこんな風に遊ぶ友人とならば普通の会話の一つだったが。
途端に昨日の失態を思い出したスイが赤くなってうろたえるのを見て、クノギは瞬いた。
「なんだ、咥えられるのそんなによかったか。じゃあこっちは自分で触ってろよ」
「そっ――」
これは悪い大人の気持ちだと、四つしか歳の離れていない友人に対しては不釣り合いなことを考えながら笑い、色事に疎いせいで己にも相手にも触れずに布団の上に置かれていた手を掬い上げ、当人の胸へと宛がって押しつける。
スイが困惑する内にクノギは座る位置をずらして身を屈め、昨日と同じように躊躇なく人の股座へと顔を埋めた。
「っの、ぎ!」
慌てて名を呼ぶスイの声は上擦って、ろくなかたちにはならない。くすぐるように鈴口を舐め皮を捲る、敏感なところを責める舌先に逃げる体が傾いだが、座った腰までは逃げ切れない。
急いでいた昨日とは違い、弄ぶような時間があった。
ゆるゆると先端を舐って唾液と滲むものを塗りつけ、その滑りを使って刺激を強いものへと変えていく。足の付け根や陰嚢を軽く撫でて擽りながらクノギは楽しんで口を使った。上から降ってくる喘ぎ声に彼自身興奮して硬くなる物を服の上から擦りながら追い立てる。
今日は靴を履いたままの爪先が床を擦り、胸に置かれた左手が緩慢に動く。指示されたからというよりもじれったさについ動かすもので、常は布団を掴んでいるのと同じ動きだったが。
「あっ、あ、――る、も、出る」
やがて手と口で絞るかの動きに変わった口淫に、スイは譫言のように発して体を波打たせた。口の中、勢いよく溢れ出た精液はクノギには昨日より薄く感じられた。
同じように扱いて残ったものを吸い上げてからクノギはゆっくりと起きあがり立って、枕元の箱に積まれたちり紙を掴む。
一枚に吐き出して、一枚を今までしゃぶっていた物へとかけて。そのまま拭おうとする動きをスイ自身の手が制す。
「……」
「うん?」
水差しから勝手に水を貰い独特の粘り気と味を流すクノギは、小さくスイの声が聞こえた気がして聞き返した。急いで股を拭って下着まで戻したスイの視線は隣に帰ってきたクノギの顔ではなく、下腹部にあった。
服の上からでも明らかな膨らみを見つめて、もう一度、やや大きくはっきりとさせた声で繰り返す。
「俺も舐めよう、か?」
クノギはびたりと硬直して、急いで返す言葉を探した。武芸大会の本番並みの速さで脈が打つのを感じながら、その緊張をスイに感じさせぬよう最大限努力をした。
「別に、俺がやったからお前もやらなきゃいけないってことはないんだぞ」
「でもほら、貴方だって……出したいだろ。……手のほうがいいか?」
「いやじゃあ、頼む」
別に、などと言ったが、この機会を逃す考えはなかった。
挿入までした仲だ。手でしてもらうくらいならそのうち機会があるかも知れぬと考えていたし、どちらもよいのだが、今ここで手を選択してしまうと恐らく次の機会はない。本人からの申し出など、乗るしかなかった。
こくりと頷き返して。着衣を軽く整えたスイは先程のクノギに倣って座る彼の横から手を出し、服の前を寛げた。腿に置かれた手も、一物を取り出されるのも、初めて花街に行って童貞を捨てたときを思い出させる緊張感。自分の息がうるさくて堪らないとクノギは思ったが、いよいよスイが俯いて顔を寄せるとそれさえ気にならなくなった。
舐めようか、とは、先から繰り返していた友情と義務感、欲と好奇心が言わせた言葉だった。気持ちよかったからそのお返しにというていの、場の熱に浮かされた発言だ。スイにとってはこれまで考えたことのない行為だったが、彼相手ならばやってもいいかなと思えたのだ。
クノギとは違い男を愛撫したことのないスイは勃起した物を前に戸惑って、先程受けたの動きを思い出しながらそっと先端へと唇を触れさせた。少し乾いた唇の感触。クノギは正直、それだけで達するかもしれないと思った。
人の体の独特の味に眉が寄るが、予想と気構えはあったので口は離さず、少し舐めてみる。さらに少し。もう少し。自分に触れるのとは違う興奮を覚えながら、スイは口を開いた。えらの張った雁首までを咥えて、思わぬ大きさに意図せず息を乱して吸い上げる。完全に硬く膨らんでいる陰茎がびくりと震えて先走りが滲んだ。
「これでいいのか……?」
一度離れた口から呟きが零れる。どうにも下手なのが分かっていて、それなのに反応がよいのに不思議そうな、困ったような顔をする。
「ん、大丈夫だって」
下手すぎるのが可愛い、とは言えないので言葉少なに続きを促し、クノギはスイがやり方が掴めず迷いながらも、横髪を押さえて再び先端を口に含む様をじっと眺めた。
物を咥えながら口を動かすのは不慣れゆえに上手くいかず、結局はほとんど、口を開けて舐める格好になる。幼い子供が飴を舐めるような動きのはしたなさを恥じながら、甘さではなく塩辛い他人の体液を舐めて、後は自分で慰めるときのように手で扱く。
「ん、いきそ、……おいスイ、っ」
「ん――んん」
いくらスイが下手でもクノギにとっては好きな相手からの愛撫だ。幸い歯が当たらなかったこともあり、萎える気配は一切ないままにクノギは声を上げた。
昨日も先程もそうだったので口で受け止めるものだと捉えて、呻く声にもむしろしっかりと咥えて、スイは舌を擦りつけた。我慢などできず放たれる精液がどろりと舌や顎に絡む。
「……――あー出せ出せ、ほら」
想い人に陰茎を咥えられる鮮烈な体験、強い快感や一気に訪れる射精後の感覚に負けず、先に動いたのは慣れているクノギのほうだ。先程より鈍い動きでちり紙を取りに行って、先と同じく精液を含んだ口元と濡れた股間へとそれぞれ押しつける。
んえ、と色気のない声が聞こえて、吐き出して顔を上げたスイはまだ顰め面だった。
「……貴方よく飲んだな」
「あれはちり紙とかなかったからだよ。納屋で吐くわけにいかんだろう」
雑に陰茎を拭いて滴る白濁も拭いとり、自分がそうしたように水も注いでやって。急激に雰囲気の艶がなくなったのはクノギにとっては逆にありがたかった。挿入なしとなると、件の友人などともこれくらい冷めたやりとりになる。欲を吐き出せば目標達成、お疲れ様、と一服でもして終了だ。妙に熱が残っていると、スイ相手ではなおさら間が持たない。
一方スイはというと、渡された温い水を手に手洗い場に消えて口を濯ぐという容赦のない行動をしつつ、別方向に冷静に今の行為を反芻していた。
味はあれだが、手法としてはなしではない。親しい相手で色々晒していると性器に口で触れる抵抗は薄いようだ。拙いものだったとは思うがこのくらいでクノギが――自分も味わったような快感を得ているのであれば、ありだろう。
などと至極真面目に研究のような心持ちで。自分が気持ちよくなっているのだから、友人も気持ちよくせねばと一種の義務感で、彼は次の機会も検討していた。
お互いすっきりしてテーブルに向かいなおすのは久しぶりのことだった。近頃は体を重ねると体力精力を使いきってしまって、後片付けをしてお開きになるからだ。
口でするのがありなら接吻もありでは、という己の思考を退けて。クノギは代わりに残っていた葡萄酒を飲んで、先程の行為の痕跡をすべて消すように喉へと流す。
窓も開けられ独特の青臭さは夜風に拭われた。あとは二人の記憶に残るのみだ。
「次はいつ来る?」
という問いがただ会うだけの話ではなく、先程の行為を踏まえたものであるのは、ちびりと葡萄酒を含むスイの目が合わぬので知れた。
見た目ばかりは、先程までのことはなかったかのように着衣を整えて腰掛ける書庫番の姿。青い目が窓で風に揺れる幕を眺めているのをクノギは灰色の双眸でじいっと見つめて、暫く間を置いてから言ってやった。
「……月二回無理じゃないか?」
「……今日は、挿れてないし」
そんな言い訳する時点で禁欲は無理ではと思ったが、クノギとしては会えるのも回数も多いほうが嬉しいのでそれ以上は言わなかった。
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