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後日談 手探り一つ進む日々 三*

 二人で予定を合わせて、朝まで書庫の側で過ごしていても構わない日を選んだ。その夜は少し冷えて、風呂に浸かるにはうってつけとなった。  たっぷりの湯。手拭いも二人分。熱い湯を張っておいた浴槽にクノギが手桶で水を入れて混ぜ温度を調節する。灯りで照らして見る濛々と湯気の立つ風呂場は普段の生活の場であるのに、何やら初めて訪れた場所のようにスイの目に映った。  夜中に隠れてつまみ食いをするような、外出をするような、落ち着かない心地。揃って服を脱ぐのも、二人とも男で裸も見慣れたというのにどことなく緊張する。街に酒を飲みに出かけたとき以上にそう感じて、ようやくスイにもこれが特別なことだとの実感が湧いてきた。  軽く体を流してから、そ、と湯に浸かる。じんわりと程よい熱が体を包む。長方形の湯船に男二人、膝を抱えて縮こまって向かい合う。 「狭いな。これでいいのか? ええと、洗ったりする?」  確認するスイの問いかけに笑うクノギは既に幸せそうだが。腕を伸ばして、まだ距離のある恋人を招く。 「まずこっち来いよ。逆向いて」  スイはおずおずと従って体の向きを変えた。クノギの足の間に収まるように座りなおす。 「……中でするのか?」 「そうじゃなくて。触れるだけというか」  どうやって過ごしたらよいのか分からないスイを引き寄せ凭れかからせるだけで、また彼の笑みは深まる。わかった、と頷く男の髪をまとめ上げた項に口づけて、ふうと息を吐いた。  愛撫より軽く、身を寄せ合うように触れながら適温にできた湯の心地良さを二人で味わう。付き合いたての今は会うたびに急いで体を重ねている節があったので、何もしないでいるのがまた逆に贅沢だ。  透明な湯と湯気が、灯りに照らされて揺らいでいる。  間近の白い肌が赤みを帯びてくるところ、端だけ濡れた黒髪の艶をぼんやりと眺め、朝のまどろみを引き延ばしたかの時間を過ごす。交際する以前ではこうはいかなかっただろう。愛する相手でなければここまで満ち足りはしないだろう。などと考えて、噛みしめる。  そんなクノギが何気なく湯の中で腿を撫で始めると慌てたようにスイの腕も動いた。理由は何となく察しがついて、手が足の付け根に至るとはっきりした。肩口から股座を覗きこみながら、クノギは硬くなった物を揉んだ。 「っん」 「スイ」  我慢せずに言えと呼びかける声に、水面を見つめていたスイは困ったように身じろいだ。 「だって今日はそういうつもりじゃないんだろ」  あくまで今日のはクノギの望みを叶える為だと、そういう調子だ。その生真面目ぶりに愛おしさと呆れを綯い交ぜにしてクノギは眉を下げ笑った。 「しないとは言ってない。ていうか無理だろ」 「いや我慢するって……クノギ」  湯の中で鈴口を擦る、いつもと感覚の違う指にスイの声が上擦る。クノギははと笑い混じりの息を吐いて、同じく主張を始めた己の物をスイの尻へと押しつけた。 「俺が無理だ」  揃って出ると浴槽ほどではないが洗い場も狭い。さすがに湯の中に比べては涼しいが、湯気が漂っているので縮みあがるほどではなく――そんなことを気にかけるよりも、二人は縺れるように床に座り込んで口づけを重ねながら互いの陰茎へと手を伸ばした。 「あ、あ……っ」  床の冷たさに肌が粟立つのも快感にすり替わる。性急に擦りたてる掌に、スイは容易く上りつめて床に白濁を吐き出した。  少しの冷静さを取り戻したところで、今度はスイがクノギの陰茎を揉んで育てていく。  洗い場の隅、石鹸などと共にちゃんと置かれていた油の瓶を引き寄せ、手にたっぷりと取る。今日は零れても気にならない。張り形にするように油を塗りつけて、濡れただけではなくてらと光る見目に唾を呑む。  クノギはスイの手から油を掬いとり、先程と同じように体の向きを変えさせて尻へと手を伸ばした。湯に浸かっていた体は日頃より熱く、中は幾分柔らかくなっているようだった。 「なか、いつもより熱いな」  耳元で囁き教えると一層にうねって指を締めつけるが。はあはあと息を繰り返すだけで上手く言葉を返せないスイに、クノギはそのまま顔を覗きこんだ。 「のぼせたか?」 「……大丈夫。な、早く……」 「ん」  多少その気はあるようだが、湯あたりというよりは発情して熱に浮かされているのだ。見つめて請うてくる声にはクノギも堪らなくなる。湯気と汗に濡れるこめかみに口づけて、さらに奥へと指を進める。 「んあ、う……んん」  男相手にもスイ相手にも慣れた恋人の指先が的確に性感帯を暴いて快感を引き出すのに、手の甲を当てて抑えても口からは声が漏れる。スイ自身、その声にもまた熱が深まりくらりとする。浴槽に縋って膝を震わせ、馴染んできた指で中を掻き回されるとそれだけで軽く気をやりかけた。  増えた指が奥までを開き――抜ける。物寂しく思うのはほんの僅か。ぬるりと油に濡れた物が尻に触れて、スイは期待に震えた。 「っう、ぁ――」 「……は」  腰を寄せて押しつける。硬く張り詰めた陰茎で敏感になった粘膜を擦り、ゆっくりと満たしていく。やはり普段よりさらに熱い気がしたが、それが心地良い。 「ク、ノギ……――っあ……!」  呼ぶ声も熱に蕩けるようだった。先程は指を当てた性感帯を突いて、奥まで貫くと高い声が上がる。水気を含んだ裸体を抱き締めて腰を揺すり、クノギも答えるように名を呼ぶと譫言のように返事があり――やがて絶頂を訴えるものに変わっていく。 「奥、くる……も、ぅあ」 「スイ――ああ、イきそ……っ」 「あ、ん……っ!」  達して締めつけるスイの中へと、クノギもほぼ同時に精液を注ぎ込んだ。口に出すのとは違い、スイが不慣れと不味さに戸惑うことはない。むしろこうされることに興奮を感じている。ぐと腰を押しつけるだけで、余韻の中、何度も達して身震いする。  その体をぎゅうと抱き締めて、項に唇を押しつけて、クノギはしばらく目を閉じて感じ入った。幸せだった。  どんなに奥にと注いだつもりでも、引き抜いて少しすると開いたところから油と共に白濁が流れてくる。今日は急ぐでもなく浴室なので、手を伸ばせば湯があった。手桶で掬い、湯をかけて汚れた足の間を流して――今日はこのままごろりと寝転ぶわけにもいかず、汗ばんだので。クノギはスイの髪紐を解いて合図とし、頭からも湯をかけた。 「っふ。……ふふ。もう一回頼む」  一時止めて吐いた息が笑いに変わる。スイは目を閉じたまま請うて、髪をしっかりと濡らしてもらってから顔を拭って手桶を受け取った。今度はクノギの番だ。  湯をかけて、石鹸を泡立てて。順番に頭を差し出すのは揃って子供の頃以来のことで、大の大人には照れくさくもあり嬉しくもあった。二人は他人の手が頭を揉むのは案外心地よいものなのだと知った。  長い髪を流す一仕事の後もクノギは疲れを見せず、手はそのまま相手の首や肩に滑った。  スイもまた腕を絡めるようにして逞しい衛士の腕を洗い、また順に手拭いに石鹸を擦りつけて、背を擦り合う。いつもは筋肉のつき具合くらいしか差を感じない体だが、いざ洗ってみると腕の長さやら背の面積やらがけっこう違うことを指摘しあって――愛撫というよりもくすぐりあって戯れるかの時間はただただ愉快だった。 「あー、あっつい」  遊びながらもしっかりと洗い終えた体と髪を拭いて、着替えを着て部屋に戻り、櫛を通し香油をつけるところまでやって。髪が乾くのを待ちながら。スイは寝台に座って水を飲むクノギへと問いかけた。 「どうだった? 満足できたか」  訊ねはしたが、こうしてやってみればスイにもクノギの要求のわけは十分に分かっていた。単に入浴したいのではなく、今日のように二人で楽しみたかったのだと実感した。わざわざ聞くまでもないほど充実した時間となった。体を重ねるだけの日とはまた違う温かな心地だ。 「うん。すごく満足した。ありがとうな。……幸せだ、すごく」 「それはよかった」  頷き答えた恋人の声と顔が本当に幸せそうなので、スイも満面の笑みで隣へと身を寄せた。頬へとキスをして、まだ浮ついた心地なのを静めるように肩に顔を擦りつける。 「準備は疲れたがその分、得るものもあったな。またやろう。次はもう少し湯を減らしても足りそうだし」 「結構溢れたもんな」 「今回で大体量が掴めた」  約束して、笑いながら布団に入れば互いの体がいつもよりほこほことして、冷えてきた夜なのに大層居心地良く温かいのは幸せの象徴のようで。  その後は二人、ぐっすりと眠って次の朝を迎えたのだった。

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