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第5話
「うちの家には、どう説明付けるんですか。あと、あんたの、ベイベーたちは……」
そうそう。あのお取り巻きの一人になるのは、ちょっとイヤだ。
俺の顔をみて、鳳凰寺さんがにやっと笑った。
「なんだ。意外に独占欲が強いタイプだったのか。なるほど。では、ベイベーたちにはお引き取り願って、生涯浮気もしないことを誓おう。あと、ご両親にお話しを通して、結納するか。今度、学校に許可を貰って指輪も買いに行こう!」
なんだこれ、本当に嫁ルートに乗ってる気がするが……。
「いや、ちょっと、待ってくださいって! 大体、俺は、アンタのことを良く知らないし、それに、お互いの家のこともあるでしょうし、大体、また、ああいうことをするのは、俺はイヤだけどもアンタは絶対必要なんでしょ? 俺は、こんなに自分にメリットがないことをするつもりはないですって!」
「メリット……」
鳳凰寺さんは、考え込んでいる様子だった。
「そうですよ、メリットです。特に、俺らは、家の都合と家のためにこんな山奥の人里離れた全寮制男子高校なんかで二年以上過ごしてるんですからね。家のため以外だったら、こんなことは……」
「鳳凰寺家と婚姻を結べば、それなりに、メリットはあるのでは? うちは、そこそこ家柄も古く、世界中に様々な事業を持っている。鷹取家の事業にも被る部分はあるだろう。それに、僕たちは、もう成人しているんだから、お互いの合意で結婚が可能なはずだ」
「いや、フツーに、男同士だとまずムリですよ」
鳳凰寺さんは、たち上がる。何か言いたさそうな顔をしていたが、俺は聞きたくない。
そして、相変わらず全裸だ。
「あの」
「なんだい?」
「そろそろ、服とか着て欲しいんですけど」
「君の服を借りるしかない。幸い、サイズはそんなに変わらないだろう」
たしかに触手は制服を着ていなかった。鳳凰寺さんに、俺の私服を貸すのもなんだか変な気がしたので、制服の予備を貸す。確かに、体型はそう変わらなかったが、スラックスが……くるぶしより上に来ていたので、地味に傷ついた。
「あとで、返しに来るよ」
そう言いつつ、鳳凰寺さんは、俺の横を通り抜けざまに、額に、チュッとキスをしていった。カンベンしてよ、と俺は思う。
しばらくして、鳳凰寺さんの『お使い』が部屋にやってきた。クラスメイトの鴫原くんだ。鳳凰寺さんのお取り巻きでもないのに、どうしてここに来たのかよく解らなかったが、どうやら部屋が隣らしい。
「鷹取くん、鳳凰寺さんから、預かってきたよ。あと、手紙があるから返事が欲しいって」
にこにこと笑いながら俺に荷物を預けるこいつは、何も知らないはずだった。だから、八つ当たりをするわけにも行かない。鴫原くんの祖父は総理大臣経験者。父親も、総理の椅子に近い人物だったはずだ。母親の家系は、皇室にも繋がるはず。そんな鴫原くんを待たせるわけにも行かず、急いで手紙を確認すると。
『後朝(きぬぎぬ)みたいだね』
とだけ、ふざけた言葉が書かれていたので、心底腹が立ったが、とりあえず、ルーズリーフに棒線を立てに三本とすこし短い線を一本そえて、書いて、鴫原くんに渡した。
「ごめんね、鴫原くん。これを鳳凰寺さんに返信して欲しいんだけど」
「分かったよ。じゃあね」
鴫原くんがいい人で良かった。これが別の人間ならば、使いの駄賃を要求されていただろう。
まったく、一体何なんだよ……、と思いつつ、身支度を調えて食堂へ向かうことにした。身体が、なんとなく、変な感じがするが、とりあえず、それも気にしないことにする。
食堂に向かうと、鳳凰寺さんが間近に寄ってきて鬱陶しい。席は決めてあったはずなのに、隣に無理矢理来たらしい。丁度、最近、転校になった飛鳥井くんの席が空いていたので、そこに座っているのだが……触手のように絡みついてくるので、本当に鬱陶しい。ことこの上ない。
「あのさ、鳳凰寺くん。……なんで急に鷹取にベタベタしてるの? 沢山居た取り巻きたちは?」
苦虫を噛みつぶしたような顔をしているに違いない俺に変わって聞いてくれたのは、友人の、鷲尾くんだった。ありがとう。持つべきモノは友人だ。
「ああ。僕のベイベーたちなら、鷹取くんが解散してくれないと結婚しないというから」
などと鳳凰寺さんは、にやにやと笑いながら言う。
「けっ、結婚するの?」
鳩が豆鉄砲を喰らったみたいなまん丸い目をして聞くのは、鳩ヶ谷くんだった。
「男同士で結婚は出来ないでしょ」
「外国籍を取る? とか?」
「すでに、我々はちぎりを交わした仲なのだ。だから、僕たちはもうすでに、身も心も結ばれた伴侶。あとは、法律が変わるのを待てば良い。ああ、鴫原くん。是非とも、君が首相になったら、同性でも結婚出来るようにしてくれ。その為ならば、鷹取家と鳳凰寺家が、尽力を惜しまないよ」
「あ、そうなの? 僕は、男性同士で結婚しても良いと思っている派閥だから、そうなるように尽力するね。君たちの所は、票田が多そうだしありがたいな」
「なに、お安いご用」
恐ろしいことに、一国の法律を変えようとしている。そして、それは。決して夢物語ではないのだ。
俺はぞっとしながら、朝食を無心で貪った。
合意していない俺は合意していない……っ!
そう言い聞かせるが、鳳凰寺さんが耳元に囁いてくる。
「諦めろ。……死ぬか、結婚かしかないのだから。それならば、結婚だろう? 相手として、僕はそう、悪くないはずだ」
甘い声で囁かれて、くらくらしつつ、無言で朝食をかっ込む。
周りの『お幸せに』という生暖かい目線にぞっとしつつ、だれか、ここでまともな奴はいないのかと、縋り付きたい気持ちは霧散した。この学校では『実家に有利』なことがすべてに優先される。俺と、鳳凰寺さんが結婚したほうが、こいつらの『実家』にとって有利なのだ。
(この……っ薄情者どもめ……っ!!)
内心毒づくが、誰にも届くはずはない。
そして、後朝などと古風な言い回しをした鳳凰寺は、やはり古風なことに、三日間、しっかり俺の部屋に通って、俺を好きかってしていった。
三日目にもなると、もう、俺の方も、どうでもいいやという投げやりな気分になったし、実家から『でかした!』という、無情なメッセージが届いたときには、すでに、俺の運命は決したようなものだった。
三日目の朝、そして俺たちは、素っ裸のまま、餅を食いつつ、ここから先の未来が思いやられる気分になったのだった。
了
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