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第4話
「えっ!? じゃあ、あんた、昨日の夜……俺のことを好き勝手にしたってこと?」
鳳凰寺さんは、少しだけ顔を赤らめながら「まあ」と小さくつぶやいた。
「な、ちょっと!! 俺は合意してないけど……!?」
「それについては済まない。だが、悪くはなかったと思うが」
しれっと、鳳凰寺さんは言う。たしかに……気持ち良かった。頭がおかしくなりそうなほど、気持ち良くて……。
昨日の夜のことを思い出して、身体が熱くなりそうで、慌てて、それを打ち消す。
「気持ち良ければいいのかよ! だいたい、あんたには取り巻きがいっぱいいるだろ!!」
そうそう。俺じゃなくて『ベイベー』たちに頑張ってもらえば良いじゃないか。なぜか可愛くて細い子が多い『ベイベー』たちの誰かならば、昨日の夜みたいなことを許してくれるだろう。
「『ベイベー』たちは、それ目的で側に置いているだけなんだが……どうも、効能がまちまちで……」
「効能?」
変な単語が紛れ込んできたものだ。一体、今の会話の、流れのどこに、『効能』という言葉が紛れ込む余地があるものか。
「そう。『効能』だ。……実は、触手の呪いは、大体、精液を呑めば収まる。一度呑めば数日は持つんだ。それで、周りに、沢山のベイベーたちを引きつれていたんだよ」
呪いにかこつけて美少年を囲ってただけじゃねぇか、と内心舌打ちをしたくなったが「へー」とだけ返事しておいた。
「また、つれないねぇ……まあ、いいや、話を進める。それで、中には、どうも、精液の相性が良くなくて、半日足らずで触手戻りするのが分かってきた」
「触手戻りって、あんた、実体のほうが触手なんですか?」
「まあ、どちらも僕なんだから、そんなに気にしないでくれ……それで、森の中で急に触手になってしまったというわけで、それを通りすがりの、心やさしい級友に拾って貰えたことは、本当に幸運の極みだ」
ありがとう、と彼は満面の笑みで言う。昭和の少女漫画なら、後ろに薔薇の花が舞うだろう。だが、実際は、全裸で、あちらはギンギンしていらっしゃるので、ここで薔薇の花など飛ぼうモノなら、正直ただのヘンタイさんだ。
「……ありがたいと思うんだったら、なんで、人のこと襲ってんだよ」
「だって、触手のままでは授業にも出られない」
鳳凰寺さんは、真面目な顔をして言う。
「あんたに侍ってる美少年達は、あんたの正体を知ってるのかよ」
「いや? ただ、楽しませて貰っているだけだ」
「あの人数、みんなとヤってんの?」
お取り巻きの『ベイベー』は、おそらく十五人くらい居たと思うが。
「順番を守ってやっているから、意外に、文句は出ない」
「あんたらの貞操概念どうなってんだよ」
と言いつつ、俺は、思い出した。この学校は、いわゆる、ハイソサエティな人々の、ご令息が通う学校だ。だから、友人の啓司は、企業グループの御曹司だし、自分で会社も持っている。最近、啓司と中のよう鳩ヶ谷は、『妾の子』ということで噂になっている。このご時世に、妾だとか本妻だとか、そういう単語が普通に聞こえてくるのが、この学校なのだ。
そういえば、うちのオヤジ殿も、確かに愛人が三人ほどいて、うちのかーちゃんが、ちゃんと目を光らせている。『妾宅』の生活が荒れていないか、そういうのを日々チェックしているのだ。
『妾宅が荒れるのは、家の恥』というとんでもない、明治時代かよという、考え方で、正直俺はおさらばしたい。
この鳳凰寺さんも、そもそも、家柄は平安時代まで遡り、帝に近侍したという記録がキチンと残っている、れっきとした公家→華族出身のお坊ちゃまだ。
「しかし、僕は、ベイベーたちの前では、一度も触手になったことはない。だから、あの子たちは何も知らないはずだが」
「まじか……」
あっけにとられつつ、じゃあ、うっかり触手モードのことを知ってしまった俺はどうなるのだろう、と急に不安になった。
「……まあ、一族以外の人間に、この秘密がバレたのは初めての事なのだ」
「はあ、そーですか」
「しかし、一族以外のものにこれを話してはならないという、鉄の掟も、僕の鳳凰寺家にはある」
ちょっと、嫌な予感がした。
「えーと……?」
「済まないが、君には僕のお嫁さんになって貰うほか道はない」
「いやいやいやいや?」
「それ以外の選択肢がないわけではないが……」
言葉を濁す鳳凰寺さんだが、絶対にそっちの方が良いに決まっている。だいたい、なんだ、『嫁』って。
「……それだと、僕は今すぐこの場で君を殺すしかなくなるが」
「はいっ!?」
なんだそのデット・オア・アライブ感は!?
「どうだろう、僕は、一旦触手になったら、君を跡形もなく捕食出来るし」
ぞっとした。いやいやいやいや、待ってくださいよ。
「触手になれるんですか?」
「触手から人間に戻るには精液が必要だが、人間から触手に戻るには、別に、何も必要はない」
「その設定雑すぎませんか」
「嫁か、死か、どちらか好きな方を」
死ぬのはゴメンだが、嫁になるつもりもない。というか、嫁と言うより、こいつにとって、俺は、タダの精液提供者だろう。そんなのは、ちよっとイヤだ。
「俺にメリットないじゃないですか。第一、あんたの所の家柄って、由緒正しいんでしょ? な男の俺が嫁だったら困るんじゃないですか?」
「このダイバーシティが叫ばれる時代に、なぜ、嫁の性別に拘る必要が?」
おーう……変なところで、妙に考え方が進歩的なのか、本当に厄介だな。
「……それに、代々、他人の精液がないと触手になる呪いを受け継いでいる時点で、我が一族はれっきとした男色家の家系だ。正式な嫁が、男性だからと言って、今更驚くはずもない」
ぐうの音も出ない。
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