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序章・王妃の星語り
どこまでも続く青い空。
世界は強力な結界で四つに区切られていても、空は一つ。すべての世界と繋がっている。
ハウストは空を見上げるブレイラの顔が好きだ。
青空を見上げる瞳に光が帯びて、眩しそうに目を細め、花がほころぶような笑みを浮かべる。
その日溜まりのような笑顔を見つめていると、視線に気づいたブレイラが振り返って少し恥ずかしそうな顔になる。
『……なにを見ているのですか』
ムッとした口調。
でもほんとうに怒っているわけじゃない。ブレイラの瞳は甘く輝いて、いたずらっぽく目を細める。
ハウストはその顔も好きだ。
『分かってるだろ。お前を見ていた』
『……今は空を見るときですよ?』
『俺にとっては一つの空より価値のあるものだ』
『ふふふ、嬉しいことを。それなら、私のこと見ていていいですよ。ずっと、ずっと見ていてください』
『光栄だ』
ハウストが大仰に恭しくお辞儀すると、ブレイラがおかしそうに笑う。
ブレイラがハウストの腕に手をかけた。
ハウストとブレイラは寄り添って青空の下を散歩する。
最初は二人で高台にある高原の小道を歩いていた。
少しして政務を終わらせてきたイスラがやってきて三人で散歩をする。
次はゼロスが三人のところに駆けてきて四人で散歩をする。
最後にお稽古が終わったクロードがやってきて五人で散歩をすることになった。
最初は穏やかな時間が流れていたけれど、五人そろうと賑やかになるものである。
十五歳になっても好奇心旺盛なゼロスがなにか見つけて駆けだすと、気になったクロードが追いかける。そんな二人の弟をイスラが眺めていると、ゼロスが大きな声で呼んだ。クロードもはやくきてくださいと呼んでいる。イスラは面倒くさがったがブレイラがお願いすると渋々ながら足を向けていた。
そんな三人の息子たちの姿にブレイラは優しく目を細めていたのだ。
ハウストの視界いっぱいに映るのは、かつてブレイラと見上げた空と同じ空。
空は一つ、空は何一つ変わらない。それこそ昨日から、一週間前から、一年前から、いいや十万年前から。
今ハウストは高原で仰向けに横たわり、ただ空を視界に映していた。
全身が鉛になったような疲労感。指一本動かしたくない。しばらく立ち上がることもしたくない。無尽蔵の魔力を使い果たし、規格外の体力も底をついた。しかも満身創痍の状態だ。
でもその状態はハウストだけではなかった。
ハウストとブレイラの三人の息子、勇者イスラと冥王ゼロスと次代の魔王クロードもここにいる。三兄弟も魔力と体力を使い果たした満身創痍で仰向けに倒れこんでいた。
「……どうしてだ、ハウスト。なぜこんなことになった」
長男イスラの低い声。それは苛立ちと困惑に満ちていた。
返事をしたいができない。ハウストも答えをもっていないからだ。
「父上、どうして。どういうこと? どうしてこんなことになっちゃったの!?」
次男ゼロスの混乱した声。
答えてやりたいがもちろん無理だ。ハウストだって答えを知りたいくらいだ。
「ちちうえ……。……ぐすっ」
「…………クロード、泣くな。大丈夫だ」
次代の魔王クロードのプルプル震えた声。
相手は五歳児なのでさすがにこれは慰めた。ハウストだって幼児には気を遣う。
ハウストの慰めにクロードが「はいっ……」とぎゅっと目を閉じて涙を我慢する。健気なことだ。
そんな健気な姿をブレイラにも見せてやりたい。あれはこういうのに弱いだろうから。
でも今それは困難だった。
なぜなら、魔王ハウストと勇者イスラと冥王ゼロスと次代の魔王クロード、この四人は四界から追放されたのだから。
そして四人を追放した人物、それは――――魔界の王妃ブレイラ。その人だったのだから。
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