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第一章・魔王と王妃1
朝から雲一つない青空が広がっていました。
魔王の居城は華やかに飾られ、朝から廊下や回廊を女官や士官が忙しく行き交っています。
でもそれは城だけではありません。魔界の王都にある大通りには多くの人々が集まり、花びらや紙吹雪が舞ってお祝いの雰囲気に満ちていました。
『御成婚五周年祝賀式典』
そう、今日はハウストと私の成婚五周年を祝う式典が開かれるのです。
私は北離宮で準備を終えると控室で待機していました。
「ブレイラ様、そろそろお時間です」
「分かりました」
側に控えているコレットがそう言うと私に手を差しだしてくれます。
その手に手を置いてチェアからゆっくり立ち上がる。
すると一級品の生地で仕立てられた白銀色のローブの長い裾が波のようにさざめきます。引きずるほどに長いローブですが、二人の女官がすぐに足元の裾を整えてくれました。
「コレット、行きましょう」
「はい、どうぞこちらへ」
コレットに先導されて控室を出ると、北離宮の長い回廊をゆっくり歩きました。
私と一緒に多くの女官や侍女が移動します。それは王妃の一団。王妃の一団が通ると北離宮に従事する女官や侍女たちが恭しくお辞儀してくれます。
ほかにも北離宮で暮らしている貴族の令嬢たちの姿もありました。北離宮には魔界各地から貴族の子女たちが学びにきているのです。
「王妃様、本日はおめでとうございます」
「王妃様、とても麗しい御姿です。おめでとうございます」
「おめでとうございます。王妃様、この日を楽しみにしておりました」
「今日は格別にお美しい。白銀の衣装が霞むようです」
「ありがとうございます。みなさんも式典を楽しんでくださいね」
私はお辞儀する令嬢や女官や侍女たちに応えて歩きました。
穏やかな笑みを浮かべている北離宮の女性たち。北離宮の主人である私に誠心誠意をもって仕えてくれています。
でも今のこの関係は最初からあったものではありません。この北離宮に暮らす女性たちは魔王の夜伽相手になることを許された女性たちということもあって、北離宮に入ったばかりの頃はここにいるすべての女性が敵のようなものでした。ここではハウストの寵愛と権力をめぐって熾烈な戦いが繰り広げられていたのですから。
もちろん私は負けませんでしたよ。ハウストに近づくものは誰であろうと蹴散らします。王妃である私がいるのですから寵姫などいらないのです。浮気など許しません。これは絶対です。
でもね、北離宮がそういった熾烈な環境だったのは以前の話し。
今、彼女たちが私に向けてくれる笑顔と祝福に嘘はありません。現在、北離宮は王妃が執務を行なう場所になったことで彼女たちは私によく仕えてくれています。
こうして祝福を受けながら北離宮の回廊を歩いていると、前に四人の女性がお辞儀をして私を待っていました。四大公爵夫人です。
「王妃様、ご機嫌麗しく。今日の日をお祝い申し上げます」
四大公爵夫人筆頭ダニエラが祝福してくれます。
それに合わせてエノ、メルディナ、フェリシアもまた深々とお辞儀して祝福してくれました。
四大公爵夫人は相談役として私を支えてくれています。直属の臣下という扱いですが、時には友人のように接することができる四人です。
「ありがとうございます。顔を上げてください」
許可すると四大公爵夫人は顔を上げ、私のうしろに控えます。
王妃の一団に四大公爵夫人が加わって、一団はさらに大きく華やかになりました。
北離宮の正門を出て本殿に入ると、王妃の一団はとても注目を集めてしまうものです。それというのも北離宮の女官や侍女は王妃に仕えているので、彼女たちがまとっている雰囲気も衣装も本殿の従事者たちとは違います。そのこともあってどうしても視線を集めるのです。しかも普段は男子禁制の北離宮から出てくることはないので謎めいた存在とされていました。
「王妃様、本日はおめでとうございます」
「おめでとうございます。お会いできて光栄です」
「お祝い申し上げます。本日もお美しい」
本殿にいた貴族や高官が恭しくお辞儀して祝福してくれました。
次々に祝福の挨拶をされて私も微笑と目礼を返します。
穏やかな挨拶や祝福を受けながら廊下を進み、目の前には美しい装飾が施された重厚な扉が現れます。
ゆっくり扉が開かれると、広間には大臣や高官や上級貴族といった魔界の中枢に名を連ねる顔ぶれが整列していました。
広間の真ん中を私を先頭にした王妃の一団が進んでいきます。
進むに合わせて整列していた高官や貴族が恭しくお辞儀してくれる。奥に進むにつれて階級も上がっていきます。大臣や書記官、陸軍や海軍の将軍や大隊長が敬礼し、次は四大公爵の四人と宰相フェリクトール。
私のうしろに従っていた四大公爵夫人もここまでです。彼女たちはそれぞれの大公爵の隣に立ちました。
私は広間の奥にある段上を見上げて微笑みます。
そこにいるのは私の伴侶である魔王ハウスト。そして三人の息子たち。そう、私の家族でした。
「お待たせしました」
私は段上の下で膝を折ってお辞儀しました。
顔をあげるとハウストが目を細めて頷き、私に向かって手を差し出してくれます。
「側へ」
「はい」
私はゆっくりと階段をあがり、ハウストの手に手を重ねました。
「美しいな。出会った時から変わらない、いつも思っている」
「ありがとうございます。あなたも出会った時から変わりません。ずっとステキなままです」
そう言葉を交わし、見つめあったまま微笑みあいました。
手を繋いだままハウストの隣に並び立つと、次は三人の息子を見つめます。
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