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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~25

 重い沈黙の中、エンベルトが口を開く。 「…………フェリクトール、魔王の決断が変わることはないのか?」 「エンベルト様、それはっ」  ランディが驚いた顔でエンベルトを見た。  その問いかけは『魔王は王妃の犠牲を受け入れないのか?』と問うものだったのだ。  だがその視線を受けながらもエンベルトは揺らがず、ゆっくりと西の大公爵ランディと南の大公爵リュシアンと東の大公爵グレゴリウスを見据える。 「君たちに確かめるが、もしや勘違いをしていないかね?」 「勘違い? それはどういう意味です」  ランディが戸惑いつつも聞き返した。  エンベルトは四大公爵を見据えたまま言葉を続ける。 「我々四大公爵は魔王に忠誠を誓った臣下だが、その魔王とは魔界に座する王のこと。四大公爵とは魔王のお側に仕え、魔王から賜りし東西南北の土地を守るのが役目。そして今、我々に突きつけられているのは『魔王の意志』か『四界の未来か』ということだ」  エンベルトは改めて二つの選択肢を四大公爵たちに突きつけた。 「魔王の意志を優先すれば星は終焉を迎え、いずれ四界全土が滅びる。魔界も例外ではなく、すべてが滅びる。だが四界の未来を望めば魔王を御守りし、魔界を含めた四界全土を守ることができる。我々がなにを選択しなければならないか間違えてはならない」 「お待ちくださいっ。それでは王妃様が」 「承知の上だ!!」  エンベルトが鋭い声で遮った。  ランディもハッとしてエンベルトを見つめ返す。  そう、ここにいる誰もが当代魔王ハウストが当代王妃ブレイラを深く愛していることを知っていた。  歴代魔王は王妃の他に多くの寵姫を迎えてきたが、当代魔王ハウストはそれを拒んでブレイラのみを側に置いているのである。それは前代未聞であるが、魔王の最愛が誰なのかを四界全土に知らしめるものだった。  そんなハウストがブレイラを犠牲にするなど許すはずがない。しかし今、どれだけ魔王が拒もうと王妃は四界すべての民の希望になってしまったのである。 「……魔王の意志に従うために、四界すべての民を犠牲にすることはできない。我々がすべきことは魔王の説得だ」  広間がシンッと静まり返った。  誰もが口を閉ざす。  それは無言の肯定。王妃ブレイラと四界すべての民を天秤に乗せれば、どちらに傾くかなど明白だったのだ。  そんな四大公爵の反応にエンベルトは頷く。 「レオノーラの復活まであと一日。我々四大公爵は四界の安寧を第一と考え、魔王を説得する。覚悟を決めたまえ、魔王の意志に背く覚悟を」  このエンベルトの言葉に四大公爵は無言のまま頷いた。  こうして四大公爵の意志は一つとなった。  エンベルトは次にフェリクトールを見る。 「フェリクトール、君も同意見だと思いたいが」 「…………。……そうだね、分かっている」  フェリクトールは静かに答えた。  四大公爵の決断は正しい。それはフェリクトールも分かっていた。  王妃と四界なら四界を選択するのは当然のこと。どんなに王妃が魔王にとって大切な存在だったとしても、四界すべての民の命がかかっている。  だから迷うまでもない。  だがフェリクトールの脳裏にブレイラの面影が浮かぶ。 『もし私に父親という存在が与えられるなら、それはフェリクトール様がいい。そう思っています』  そう言ったブレイラは恥ずかしそうに微笑んでいた。  それは麗らかな昼下がり、ブレイラがフェリクトールに打ち明けた言葉だった。  まだ勇者イスラが五歳で冥王ゼロスが赤ん坊だった頃、魔王から忘れられて王妃の座から降ろされたブレイラをフェリクトールが一時期守っていたことがある。その時からずっとフェリクトールを父と思って慕っているのだとブレイラは打ち明けて微笑だ。 「…………」  なにげない会話の中で打ち明けられたそれを、なぜ今思いだすのか……。  フェリクトールは脳裏に浮かぶブレイラを振り払うように首を横に振った。

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