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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~24

「みな、聞きなさい」  ダニエラが改めて四大公爵夫人たちを見た。  エノ、メルディナ、フェリシアも真剣な顔で見つめ返す。 「王妃様の決断にみなも思うところがあるでしょう。心のうちでは王妃様に考え直すように言葉がけしたいと思っている者もいるはずです。しかし、それは心のうちに秘めなさい。決して言葉にしてはなりません」  ダニエラの言葉は四大公爵筆頭としてのものだった。  ダニエラは厳格なまま続ける。 「王妃様は四界すべての希望となろうとしています。それは魔王様の意に反することになりますが、王妃様の御意志が揺らぐことはないでしょう。王妃様は魔王様や御子息様方と袂を分かつことも覚悟の上で御決断されたのです」  どれだけ魔王が異を唱えようと、どれだけ勇者と冥王が抗おうと、四界すべての人々の意思は一つになるだろう。一つの希望を見つけたことで、一つの希望に期待し、一つの希望に縋るのだ。  ダニエラはエノ、メルディナ、フェリシアとひとりひとりの顔を見つめる。 「私たちは王妃様の御意志に従い、王妃様の御心を支えましょう。決して王妃様が孤独を感じぬように」  王妃ブレイラの決断は魔王や子息であるイスラとゼロスとクロードと袂を分かつものになる。  それはブレイラにとって途方もない孤独。その孤独のなかでブレイラは四界すべての人々の希望になろうというのだ。  ならば四大公爵夫人のすべきことは一つ、王妃を側で支えること。臣下としてそれに徹するのみである。 「「「承知いたしました」」」  エノ、メルディナ、フェリシアは一礼した。  四大公爵夫人たちは王妃の意思に沿うことで、王妃の御心を守る決意をしたのだった。  北離宮で四大公爵夫人たちが決意を固めていた頃、本殿の応接間には宰相フェリクトールと魔界の四大公爵が揃っていた。 「魔王様はどうしている」  リュシアンがフェリクトールに訊ねた。  広間で王妃ブレイラの提案が聞かされた後、魔王ハウストは王妃の軟禁を命じた。  そう、ハウストが許せるはずなかったのだ。  しかも王妃ブレイラが提案を撤回する様子はない。魔王と王妃の意思は完全に相容れることはなかったのだ。 「魔王は現在の状況を確認している。精霊王と勇者も同じくだ。天変地異の災厄と異形の怪物の出現が後を絶たない。それどころかますます酷くなっている。魔王は対応に没頭しているが、それは」  フェリクトールの言葉が途切れた。  しかしその言葉を四大公爵筆頭エンベルトが引き継ぐ。 「まるで逃避のようだと、そういうことかね」 「……そういうことだ」 「当代魔王らしくないことだ。可愛げがある」 「否定はしないよ」  フェリクトールとエンベルトは先代魔王の時代から仕えており、当代魔王ハウストが先代に叛逆して即位した時からの側近である。  そんな二人をもってしても今のハウストの姿は初めて目にするものだった。そう、ハウストが動揺と困惑と怒りに翻弄されている姿を。実父である先代に叛逆を決意した時ですらこれほどの姿は見られなかった。  いつにない魔王の様子に沈黙が落ちたが、フェリクトールがため息とともに言葉を紡ぐ。 「……現状がそれほど深刻だということだ。ここに揃う四大公爵にも意見を聞きたい。現在魔界は、いや四界は終焉の危機に直面している。明日、深海よりレオノーラが姿を見せるだろう。このままでは星の杭は放たれ、星の終焉が始まる。それを阻止できるのは祈り石のみだ」  紡がれた言葉に応接間に重い空気が立ち込めた。  祈り石の力は魔力無しの人間にしか発動できない。しかも星の終焉を阻止するには、祈り石そのものになってレオノーラの役目を引き継ぐ必要があった。それは肉体の消滅を意味している。  そう、魔力無しの人間のみに犠牲が求められているということだ。 「よりにもよって王妃がそれを望むとは……」  ランディが苦々しい顔で呟いた。  魔王ハウストが王妃ブレイラを深く愛していることは周知の事実である。いくらブレイラ自身が望んでもハウストがそれを認めるはずはなかったのだ。  平常時なら四大公爵は魔王の意志に従い、魔王が命じればそれを実行するのみである。  魔王が王妃のために魔界中の財宝を望めば捧げられ、王妃のために殉死せよと命じればそれに従うのみである。それほどに魔王とは絶対の存在だ。  だが今、事態はそんな単純な話ではなかった。星の終焉という究極の状況にさらされているのだから。

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