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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~23

「フェリシア、あなたの気持ちは分かります。王妃様に伝えたいこともあるでしょう。しかし、私たちが今なにか伝えたところで王妃様を困らせるだけ。それがどんなに王妃様を思ってのものだったとしても」 「はい……」  フェリシアが静かに頷いた。  納得したフェリシアにダニエラも「よろしい」と続ける。 「私たちは王妃様を御守りし、支えるのが役目。私どもは王妃様の御決断に従うのみ。それがどんなに王妃様にとって過酷なものであったとしても、王妃様の御気持ちに寄り添うのが私たちの使命。私たち四大公爵夫人にとって王妃様の御決断は絶対です。でなければ王妃様は御独りになってしまいます。その意味、分かりますね」  その言葉にフェリシアはハッとした。  目を見開いたフェリシアにダニエラとエノは深刻な顔で頷く。  エノが慰めるようにフェリシアを見つめた。 「フェリシア、あなたは臣下であると同時に友人として認められています。あなたの支えが必要になる時が必ずきます。そしてここには王妃様の義妹もいることですしね」  そう言ってエノが窓辺のメルディナに視線を向けた。  気づいたメルディナが振り返る。四大公爵夫人のなかで一番年下だが魔王の妹姫である。  メルディナは「フンッ」と高飛車な反応をして腕を組む。 「王妃にも困ったものだわ。生意気なほど頑固なのよ」  メルディナは呆れた口調で言うと優雅にチェアに腰かけた。  たったそれだけの所作すら目を引く女性である。西の大公爵に嫁ぐまでは幼さが抜けきらないところもあったが、最近では大人の落ち着きがでてきたと評されていた。  しかしブレイラへの態度は相変わらずである。最初の頃のような辛辣さはないが、今でも二人はよく言いあいをしている。それは新人の女官や侍女をひやひやさせるが、二人にとっては挨拶のようなものだ。  こんな時だというのに王妃への憎まれ口を忘れないメルディナに広間の緊張が少しだけ緩んだ。 「メルディナ、王妃様に不敬ですよ」  厳格なダニエラが注意した。  これもいつものことである。  以前の北離宮は殺伐として張り詰めた緊張感があったが、今では明るく優雅な時間が流れているのである。それは当代王妃ブレイラの存在が大きかった。  メルディナはふんっと鼻を鳴らしながらも、先ほどの広間でのことを思いだして真剣な顔になる。 「きっと王妃は独断で決断したのね。お兄様にも相談していなかったはずよ。まあ、その理由も分かるけど」 「そうですね。魔王様が事前に聞いていたら決してお許しになっていませんでした。実際、今もお認めになっていませんし」  フェリシアも納得したように言った。  そのせいでブレイラは軟禁されている。北離宮に戻ることすらできない状態だ。 「でも事態はただの夫婦喧嘩では収まらないわ。今回の王妃の言葉は四界に希望を与えたもの。皆も見たでしょう? 広間にいた士官たちの顔を。そして今、城の門前で王妃に救いを求めている民の顔を。同じ目をしているわ」 「終焉を恐れぬ者などいませんから……」  そう言ってエノは目を伏せた。 『終焉を回避させることができるのは魔力無しの人間だけ』 『魔界の王妃が祈り石で異形の怪物を元に戻した』  その話しは瞬く間に四界に広がってしまった。  それは絶望していた人々に希望を灯したのだ。 「……王妃の性格の悪さがうかがえるわ。王妃は分かっていて、あの広間で自分が引き継ぐことを提案したのよ。自分しか希望になりえないと広く知らせるために」  メルディナは苦い顔で吐き捨てた。  しかしその瞳には苛立ちと悲しさが複雑に入り混じっている。  そう、ここにいる四大公爵夫人は気づいていた。  ブレイラがわざわざ皆が揃っている広間で提案した理由を。  それは反対すると分かっていたハウストとイスラとゼロスとクロードの退路を断たせ、覚悟と決断を迫るため。  そしてブレイラがレオノーラを引き継ぐことを四界全土に広めることで、人間界にいる自分以外の魔力無しの人間を救うため。

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