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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~22
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王妃ブレイラが魔王ハウストに軟禁された。
魔王の命令は絶対。王妃といえど例外ではないのである。
しかし王妃は罪を犯して軟禁されたのではない。王妃の提案を阻止するために魔王が軟禁したのである。それは完全に魔王の私情だった。
今、北離宮の広間には重い沈黙が落ちていた。
広間には四大公爵夫人であるダニエラ、エノ、メルディナ、フェリシアの姿があった。
北離宮の主人であるブレイラが軟禁され、王妃の臣下である四人の大公爵夫人は北離宮で待機となったのである。
夫人たちの夫である四大公爵たちは魔王に仕えているが、夫人たちの主人は王妃。なにより優先して仕えているのだ。
「……まさか、こんなことになるなんて」
フェリシアが沈鬱の面持ちで言った。
それにエノも憂いた顔で頷き、ダニエラすらも険しい顔になる。
メルディナは窓辺に立って無言で外を見つめていた。
四人が夫である四大公爵とともに王都に来訪したのは昨夜のことだ。
四界に天変地異の災厄が起こり、東西南北の都も例外なくその影響を受けた。それは自然の災厄だけでなく、都や街や村で突然魔族が異形の怪物に変貌したのだ。
終焉の危機を目前にし、魔界の四大公爵も夫人をともなって王都に集結したのである。
だが先ほど聞かされた内容は四大公爵とその夫人たちにも衝撃を与えるものだった。
フェリシアは先ほどの広間でのことを思いだして困惑する。
広間に集まった人々は王妃の提案と、それを阻止した魔王に複雑な顔をしていたのだ。
その顔を思い出すとフェリシアは堪らない気持ちがこみあげる。
今、四界全土の民は世界の終焉を悟って混乱していた。
今までヨーゼフを侮っていた人々もヨーゼフの信仰を信じるようになり、レオノーラを崇めて終焉の回避を願って祈っている。
そうなったのは王妃ブレイラが王都でみせた祈り石の奇跡も大きな一因で、四界の王を凌駕する祈り石の奇跡の力は瞬く間に四界中に広がったのだ。人間界では魔力無しの人間が捕縛され、レオノーラのように四界を守ってみせろと理不尽に責められているという話まであった。
だからこそ、先ほどの広間では複雑な空気が漂ったのだ。
広間にいた者たちの前にブレイラという希望がいたのだから。
その希望がみずから祈り石となって四界すべてを救うと申し出てくれたのだから。
だが、それは絶対君主である魔王によって阻まれた。平常時なら魔王の命令は絶対だが、今はなにもしなければ終焉を迎えると誰もが知っていた。
「ブレイラ様は本気なのでしょうか……」
フェリシアがダニエラとエノを見た。
ダニエラは四大公爵夫人筆頭の立場である。そしてその隣のエノはそれに次ぐ古株だ。
しかし今は二人もフェリシアと同様の反応である。
ダニエラは困惑しつつも口を開く。
「ブレイラ様は魔界にとって前例にない王妃。その思考は歴代王妃の文献をどれだけ読もうとなんの参考にもなりません。我々はもちろんのこと、誰にもブレイラ様の御気持ちを量ることはできないでしょう」
「はい、ダニエラ様のおっしゃるとおりです。ただ一つ言えることは、ブレイラ様が一度口にしたことを撤回されることはないということ。そのことだけは確かです」
エノの言葉に広間が静まり返る。
「ブレイラ様っ……」
フェリシアが複雑な顔で唇を噛みしめた。
今、四界を救う方法は魔力無しの人間であるブレイラがレオノーラを引き継いで祈り石になることである。
しかしそれはブレイラの肉体の消滅を意味していた。そう、すなわち死である。
「ダニエラ様、私はっ……、ぅっ」
フェリシアの声は震えていた。
嗚咽が漏れて、拳を痛いほど握りしめる。
言葉は続けられなかった。
フェリシアにとって王妃ブレイラは主である。そして畏れ多くも大切な友人だった。
立場上フェリシアから王妃を友人などと称することはできないが、それでもブレイラは『あなたは私の大切な友人になってくれました』と微笑んでくれるのだ。それはフェリシアの心をこの上なく優しく包みこむ。
フェリシアは夫である南の大公爵リュシアンを愛し、魔王ハウストに忠誠を誓っている。しかし主であるブレイラに命を賭して仕えると決めていた。
それなのにブレイラの決断は……。
そして、それに対する人々の顔をフェリシアは見てしまった。あの期待に満ちた縋るような顔を。
その顔は生き残りたいという人の本能。しかしフェリシアにはひどく醜いものに見えた。
そんなフェリシアの様子にダニエラが厳しい顔つきになる。
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