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第4話

 今も腕に抱いた七海の体温が残っている気分だと思いながら、槇原は捜査本部へ向かっていた。七海は男ながらに美人と表現するのが適切に思える麗人だ。本人はその辺りも無自覚な様子であるから、そちらの方面も心配になる。今日だって、どう見ても東という名前らしい話し相手は、明らかに艶っぽい目で七海を見ていた。正直笑みを取り繕いはしたが、内心では面白くなかったものである。 「槇原先輩!」  部屋に入ってすぐに、後輩が声をかけてきた。 「また事件が起こったんですが、被害者が生きてます! 初の生存者で、目撃証言が得られました!」  その言葉に、目を見開いて、槇原が息を飲む。  既に事情聴取は行われたとのことで、槇原は事件の概要と、証言を後輩から聞くことになった。資料も受け取った。  まとめると強姦されていた被害者が、ぐったりとしていて、そこに加害者がナイフを突きつけようとした時、たまたま部屋に清掃業者が部屋を間違えて入ってきたため、犯人は逃亡し、被害者は存命した状態であったということだった。ただ現場には、苺に突き刺されたフォークがあったそうである。同一犯で、間違いが無い。 「犯人の特徴は……」  証言をまとめた調書に視線を落として、槇原は顔を強ばらせた。  右目の下に大きめの泣きぼくろ、左耳の耳たぶにも大きなほくろ。 「まさか……」  つい先ほど、槇原はその特徴を持つ人物を目にした。さっと背筋が冷える。だが、この特徴だけでは、必ずしも犯人だとは断言できない。それでも『大学関係者』である点も一致している。その上、バース研究に関わっている人間――東の顔が脳裏を過った。  反射的に立ち上がろうとし、槇原はこらえる。  そしてこれまでの被害者の写真を全て、紙を捲って確認していく。  思い返せば、七海の助言の通りで、ケーキであるほかに、被害者は外見にも同じ特徴がある。皆、茶色い髪と目をしている。今度こそ背筋が粟立ち、槇原は険しい顔つきに変わった。だが、証拠が何もない。今、迂闊に研究室に戻って、捜査していると気づかれるのは得策ではないという思いが強くなる。反面、危険な犯罪者かもしれない東と、ケーキであり……やはり茶色い髪と目をしている七海が、研究室という人目が近くにある場とはいえ、二人でいるという現状に、鳥肌が立つ。  もしも七海に何かあったら?  そう考えるだけで、怖くてたまらない。 「少し気になることがあるから、出てくる」 「は、はい!」  後輩に一言告げてから、槇原は、大学の関係者リストから調べてあった東の自宅へと車を走らせた。捜査令状などなにもないが、任意で――本人は不在だろうが、周囲に聞き込みだけでもと考えていた。一応形だけでもそうしてから、大学へと向かうつもりだった。 「ああ、東さんですか」  到着したアパートの一階には、大家が住んでいた。警察手帳を見せると、鍵を貸してくれた。令状の有無などを気にした様子はなかったのを幸いとし、知らんぷりで槇原は東の部屋の前に立つ。そして呼び鈴を押し、ノックをしたが、やはり東は不在だった。それもそうだろう、まだ午後になったばかりで、学生への講義なども終わっていない時間だ。  手袋を嵌めた槇原は、鍵を開けて、中に入る。2DKのその家の中に入り、見渡せる場所には何もないことを確認して、まず一息ついた。勘違いであって欲しい。勘違いであるならば、それでいい。そう考えながら、奥のもう一部屋の扉を開ける。  そして槇原は凍りついた。  壁一面に、大小様々な写真が貼り付けられている。それらには、一番の大きいポスターのような一枚を覗いて、全ての顔の部分に、黒い油性マジックで、×マークが描かれていた。先ほど見てきたばかりの、被害者の顔写真と、それらは同じ顔だ。ただ一つだけ、大きいポスターのようなものだけが、違う。 「七海……」  七海の顔写真を拡大している品だった。他の被害者は、強姦被害者一名を覗いて、亡くなっている。なお、ポスターには、カッターで首の部分が切り裂かれていた。周囲をもう一度見渡してから、身長に槇原は、傍らのデスクに歩み寄る。  するとそこには、メモが置いてあった。日付と場所と人名が書いてある。二本の線で消されていない名前が、二つだけ。一つは強姦被害者の名前だった。そして一番最後の一つ、そこには確かに『七海幸里』という名が記されている。日付を見れば、それは本日の日付だった。思わず唇を噛み、その髪を睨み付けてから、即座に槇原は踵を返す。  そして走って車へと戻り、車を景紀大に向かって走らせながら、捜査班に連絡を入れた。犯人が東である可能性が高い件、景紀大に今東がいて、さらに被害が起こる可能性。それらを伝え、自分も景紀大に向かうと、連絡を取った後輩に告げた。  それからすぐ、今度は七海のスマートフォンに電話をかける。しかしアプリの通話機能も、電話であっても、全く応答がない。ただ、研究に集中していると、七海はあまりスマートフォンを見ない。今もそうであって欲しいと、槇原は願う。だが、嫌な予感が一切消えない。 「頼む、間に合ってくれ」  気づくと槇原は、そう呟いていた。  赤信号の待ち時間が、いつもと変わらないはずなのに、奇妙なほど長く感じた。

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