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第3話
七海は、その日、研究室で東と向かい合って座っていた。
東はバース研究専攻の博士課程の学生であり、博士論文で悩んでいるようだった。ケーキとフォークをそれぞれ数人ずつ被験者にしたそうで、論文に用いる統計部分についての愚痴を、七海は聞かされていた。まじまじと東を見ると、目の下に泣きぼくろが見える。それと左耳の耳たぶにもほくろがある。どちらも大きめで、見たら忘れない気がした。
二人で珈琲を飲みつつ、その話が一区切りした頃、研究室のドアが開いた。
顔を上げて七海が見れば、そこには槇原が立っていた。東も顔を向けている。東の顔をじっと見てから、微笑して槇原が会釈した。東もまた、お辞儀を返している。
「取り込み中だったか?」
「今話が終わったところだけれどね、どうかしたの?」
普段槇原が来る時間は夕方から夜にかけてなので、午前十時に来たのが珍しいと七海は感じた。
「ああ、今回は『協力要請』なんだ。少し二人で話せないか?」
捜査へという部分は、槇原は伏せて話した。頷いた七海は立ち上がる。
「隣の部屋が空いているから、そちらで話そう。東くん、私は少し席を外すね」
「分かりました」
東が頷いたので、七海は鍵を手に、隣室の扉の前に立った。奥は簡単な観察研究の部屋となっていて、小規模なものを行う場所だ。中には白く簡素なベッドと、同色のテーブルと椅子があり、窓もなくし劇物が少ない。防音の管理も徹底してある。鍵を開けてそこへ向かい、七海は槇原を促した。そして二人で、テーブルの前の椅子にそれぞれ座る。対面した席についてすぐ、槇原が語り出した。
「本当は、あまり話したくない事柄だから、誰にも絶対に漏らさないでくれ。捜査会議で、お前への要請が決まってしまったんだ」
「? どんな要請なんだい?」
「――フォークの連続強姦殺人犯の捜査中なんだが、現場には必ず苺に刺さったフォークが残されている。どう思う?」
「そんなものは、フォークである以前の問題だ。自分の存在を誇示したい犯罪者は、フォークに限らず多い。そういった、計画的な連続殺人ならね」
「なるほど」
「被害者の特徴は?」
「全員がケーキだ。今のところ、生存者はいない」
「ケーキである点以外は?」
「それは悪いが言えないんだ」
「そう。共通の見た目であったり、趣味嗜好であったり、なんらかのつながりが既に見えているのであれば、そこから捜査していくのがいいんじゃないのかねぇ、一般論だけど」
「他に言えることとしては――」
こうしてその後、二人は暫くの間、フォークの犯罪心理について話していた。
「助かった」
「いえいえ。あまり参考になることが言えなくて、申し訳ないね」
「いいや、様々な観点が見えた」
「それはなによりだねぇ」
「俺はすぐに本部に戻らなければならないから、今度礼をする」
「別に構わないよ。これからも槇原が私に協力してくれるのならば、それでいい」
「――ああ」
槇原が頷いたのを見て、七海が立ち上がる。そして扉へと向かった時、不意に後ろから槇原に抱きしめられた。七海が目を丸くしてから振り返ろうとすると、槇原の唇が振ってくる。反射的に目を伏せると、口腔へと舌が忍び込んできて、キスが深くなった。
ねっとりと槇原の舌に口を嬲られる。その内に、あんまりにも長々とへしくキスをされていたせいで、七海の体から力が抜け始める。これはまずいと思って、体を押し返そうと持ち上げた右手の手首を、槇原にギュッと握られる。
「んぅっ……」
キスの合間の息継ぎで、七海が甘い声を零す。鼻を抜けるようなその声を聞いても、槇原のキスは止まらない。
ようやく口が離れた頃には、すっかり七海の体からは力が抜け、腰に感覚がなくなってしまい、槇原の体に倒れ込んだ。それを抱き留めた槇原が、最後にちゅっと唇に触れるだけのキスをしてから、微笑した。
「また来る」
「……」
「ご馳走様」
槇原は七海を立たせると、帰って行った。
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