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第1話
順風満帆な新婚生活を送っていた俺たちの最後は呆気なく終わった。
少し遠い町まで、植物園に新しく植える木を見に行った帰り、大きなショッピングモールで買い物をしていこうとなった。要は俺に色々着せたがる。今回も、俺に着せる流行りの服を買いたいと言い出して寄ることになった。
何度も試着をさせられてぐったりな俺とは対照的に、ニコニコと始終笑顔でいる要をみると、不機嫌も遠のいていく。まったくこいつは、どれだけ俺のことが好きなんだろうか。
買い物袋を揺らしながら、夕暮れに染まる空の下、駐車場へ向かおうとモールの入り口を出た所で事件は起こった。
時々起こる、銃乱射事件だ。
まず最初に撃たれたのは俺だった、血を散らしながら倒れる俺を要が支える。記憶にある要の顔は、この世の終わりを目の当たりにした人間の恐怖と怒りの表情だった。そしてそのすぐ後、顔を赤く染めて、鬼のように憤怒した要の頭部が銃弾で弾かれる光景を見て、俺の視界は暗転した。
ああ、なんという最後だろう。
せめて、撃たれるのが要の方が先だったら、俺の死を見せずに死なせてあげられたのに・・・・
まだ一緒にいたかった。
ずっと一緒にいたかった。
もっと、好きだと伝えればよかった・・・・
🔷
「ん?・・・・あれ?」
ふわっと土の匂いが鼻をかすめる。頬に触れるさらさらと揺れる草は、俺が知っているものよりも柔らかい。
ゆっくりと目を開けると、その眩しさに目がくらんだ。
しばらく瞬きを繰り返した後、ゆっくりと体を起こす。
「ここはどこだ?」
すぐそこに川が流れている。その向こうには野原があり、たくさんの菖蒲がその紫の花弁を誇るように力強く咲いている。
美しい。
「天国?」
立ち上がってみる。
衣類は銃弾に倒れた時と同じものを着ていたが、血はついていないし、どこも痛くない。
「すごいな・・・・」
頭がはっきりしてくると、頭上に広がる藤棚が目に留まった。美しく整備された棚が幾枚も続き、満開の藤が咲き乱れている。
重すぎるのか垂れ下がった藤の花を撫でる。香りもいい。
ガサっ
「ん?」
気配を感じて後ろを振り返る、
「っ・・・蒼!」
「要?」
立っていたのは要だった。しかし、すこし様子がおかしい。服が結婚式に来ていたような和服で、腰に刀を下げている。それに、前よりも体格がよくなったような気がする。
しばらく呆然と俺を眺めていた要が足早にこちらに寄ってくる。
「い・・痛いって」
力強く抱きしめられると、やはり要の体に違和感を感じる。俺よりも筋肉質ではあったが、こんなにがっしりしていただろうか?
「本当に、蒼?夢じゃないですよね?」
「何言ってるんだ。それより、ここどこだ?俺たち、死んだはずじゃないのか?」
「蒼・・・・蒼・・・・・会いたかった・・・・」
「ど、どうしたんだ?」
俺の腕を掴んだまま、要が地面に崩れるようにしゃがみ込む。
泣いているのか?要が泣いたところを見るのは初めてだ。
「要?」
大粒の涙をぽろぽろこぼす要の頬を撫でる。こぼれてくる涙を手で拭ってやると、伏せていた顔をあげて、こちらに顔を近づけてきた。
「んっ」
短いキス。角度を変えて何度か口づけされ、一気に濃厚なものへと変わっていく。しばらく、俺の存在を確かめるようにキスを繰り返すと、ようやく顔を離した。
「泣き止んだか?」
「はい。元気になりました」
「それにしても、変わった場所だな。ここ庭なのか?あっちに建物が見えるな」
少し向こうに、神社のような建物が見える。
「ここは、人間の世界じゃないんです」
「え?」
死線を戻すと、要はいつもの表情に戻って、立っていた。
「ようこそ、鬼の世界へ。ここは夏青国 です」
「は?鬼?」
混乱していると、ガサガサと草をわけてくる何かの気配に気づいた。
その姿を見て息が止まる。身長は俺の腰くらいしかない。子供のように見えるその生き物の顔は、鬼のお面そっくりだった。ギョロっとした目、額から生える二本の角。口からはみ出ている大きな犬歯。
「な・・・ななななな・・・・・」
驚いている俺を見て、小鬼も目を見開く。
「か・・・か・・・かなめ様!姫様が・・・姫様が・・・・おいでになったのですか!」
「ああ、やっと、来てくれた。俺のお姫様」
そう言って、要が俺を抱き上げる。まさに、お姫様だっこだ。
「姫?てか、な・・・何してる?」
「三百年です。三百年待ちました。もう、絶対に離しません!」
「お、おい・・・どこに連れて行くんだ!」
「大変だ、大変だ」と騒ぎ立てる小鬼に続くように、要と要に抱き上げられた俺は、遠くに見える神社のような建物へと向かった。
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