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第2話
小鬼の名前は重 と言うらしい。要が住んでいる屋敷の使用人をしているらしく、俺の服が邪気にまみれていると言って、すぐに風呂へ通された。重は他にも仕事があるらしく、俺の世話には、重の番 である梅 という小鬼があてがわれた。
「本当に、美しゅうございますね、蒼様は」
見た目はほとんど重と一緒だが、しぐさが女性らしい。梅が俺の体を見て、始終美しいと呟いている。
「これ、どうやって着るの?」
風呂から出ると、新しい服が用意されていたのだが、着方がまったくわからない。
「お手伝いいたしますね」
梅が手慣れたように俺に布を被せていく。
「まあ、美しい。この世のものとは思えないほどです。ほら、蒼様も、鏡でごらんになってくださいな」
そう言われても、コスプレ?というのだろうか、平安時代を舞台にしたような物語に出てきそうな服を着ている自分を見ても、特になんの感想もない。それよりも、ちょこまかと俺の周りで働く梅の姿の方がきになって仕方ない。ぬいぐるみでもなんでもなくて、本当に生きている。
「梅さん、ちょっと触ってもいい?」
「まあ、恐れ多いことです。私のようなものに触れていいお身体ではありませんよ。蒼様は、要様の番になるお方ですからね」
「ちょっとだけだから」
そう言って、梅の頬を触ると、ザラザラしていて固かった。渇いたみかんの皮のようだ。
「ずいぶん、固いんだな。そういうものなのか」
「いえいえ、私のような小鬼の皮膚は固くて醜いですが、もっと才に秀でた鬼の皮膚は柔らかくて美しいですよ。人の魂をお持ちの蒼様には及びませんけれども。要様のお肌も、それはもう人のように美しくやわらかでございましょう?」
「要ね・・・・」
要はこの世界で鬼として生を受けたらしい。成長するに連れて、前世の記憶を思い出し、俺をずっと探していたのだ。三百年も・・・・。あの涙の理由は、そういうことだった。
風呂場から出ると要が扉の前で待っていた。
「おやまあ、待ちきれぬご様子ですね。ご公務はいいのですか?」
「ああ、左京 と右近 に任せてきた。姫が降りられたと言ったら、もう帰れと言われたよ」
「それはもちろんですとも。みな要様のお身体を心配していたのですから。では、ここからは要様にお願いいたしまして、わたくしは夕餉 の支度にとりかかりますね」
「ああ、たのむよ」
梅が去ると、要と二人きりになる。俺の顔を見て、すぐに要が目をそらす。その頬がすこし赤く染まっているのを見て、困ったな、と思う。要からしたら俺と会うのは三百年ぶりになるのだが、俺の方は銃に撃たれるさっきまで一緒だったのだ。
「要?」
「ん・・・家を、案内しますね」
おずおずと俺の手をとる要を見て、心臓の音が聞こえそうだなと思う。昨日、俺をいつものように抱いていた人間と同じだとは思えない。なんか、こっちまで緊張する。付き合いたてのカップルみたいだ。
住居にしている家は平屋で、平安時代の貴族の邸宅に似ていた。障子や板の間で仕切られている部屋もあるが、ほとんどの部屋は仕切りの壁がなく、衝立 や御簾 が置かれている。
「ここが母屋 です。まあ、寝室ですね」
寝具が置かれている。そのほか、木製の棚がいくつかと、ランプのような物がある。
「へえ、本当に、違う世界なんだな」
「蒼」
布団の上に座った要が俺を抱き寄せる。俺の首筋に顔をうずめる要がなんだか可愛らしい。
「蒼の匂い・・・」
「しっかし、ずいぶん時間に差が出たな」
「本当ですよ」
「悪かったよ、待たせて」
「会えたから、まぁいいです」
よしよしと頭を撫でてやる。
「これからはずっと一緒・・・・にいられるのか?鬼と人じゃ寿命が違うんだろ?」
「それは大丈夫です。俺の番になれば、蒼の体も鬼に変化していくはずなんで。魂は人のままですけどね」
「鬼に?じゃあ、俺も筋肉ムキムキに?」
「それは鬼かどうかは関係ないです」
「なんでだよ?おまえ、鬼に生まれ変わって筋肉さらについてるだろ?俺だって鬼になったら強くなるんじゃないのか?」
「鬼だから強いんじゃなくて、蒼に会うために強くなったんですよ」
「そうなのか?」
「はい。どこを探しても蒼が見つからなくて途方に暮れていた時に、閂 の番は人間の魂が降りてきた者だって聞いて、これだって思ったんです」
「閂?」
「役職の名前ですね。閂に選ばれるのは、最も強い鬼なんです。だから俺、この国で一番強いんですよ」
「へぇ・・・・。仕事って何してるんだ?」
「まあ、閂は領主なんでこの国を治める政治がメインです」
「領主?領主って・・・王様ってこと?」
「そうですね」
「じゃあ、この夏青 って国でお前が一番偉いの?」
「はい」
「うわー・・・・なんか、お前らしいといえば、お前らしいな」
「蒼は、俺の番になるんで、王妃って感じですね。閂の番のことを姫って呼ぶんです」
「えー、やだよ、それ、呼び名もそうだけど、なんか自由に動けなそう」
「やだって言わないでくださいよ。月島先生。女王の次は姫ですね」
「わ、懐かしいな、それ」
「ふふ」
要が後ろから抱きしめる腕に力を入れる。さっきから首筋に口づけしては、匂いを嗅いだり、足を触ってみたり、手を絡めてみたり、イチャイチャが止まらない。ただ、俺を押し倒すそぶりは見せない。寝室に連れてこられたから、てっきりすぐそうなるのかと思っていたから意外だ。照れているんだろうか。三百年ぶりだしな。
要が布団にごろんと横になる。それに巻き込まれて俺も横になる。布のこすれる音が耳慣れない。そのままチュッと口づけされる。太ももを撫でられて、そのまま服をめくり上げられるのかと思いきや、要の手が離れて、俺の髪をなでる。
「そろそろ、夕餉の支度ができた頃ですかね、いってみましょうか」
「え?あ・・・ああ」
連れだって寝室を後にする。まあ、いいんだけど。要らしくないような。三百年鬼として生きていたら、変わってることもあるのかもしれない。それより、鬼って何を食べるんだろう。俺が食べられるものがあるといいな・・・
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