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第27話

「なんでここに」  高雄は目を疑った。自分の目の前にいるのは、助けようとして助けられなかった生徒だった。 「先生……ごめんなさい」 「いや、なんで。君はあの時の子だよね」 「佐々木な! 名前があんだよ!」  苛立つ高橋に睨むように言われた。 「あ、うん。ごめん、そうだよね。佐々木君、君は……なんでここに」  バスルームから大きめのTシャツを羽織り、ベッドに近寄る。  明らかに佐々木のではないだろう服に、それでも借り物感はない。  なじんだ他人の服。  違和感しかない会話。 「僕が僕であるために」  突然の言葉に、何を言われているのか分からなかった。  白くて細い如何にも折れそうな少年は、服の裾をぎゅっと握り確かにそう言った。 「どういう事? 君が……君で……あるために?」 「うん、僕の為にごめんなさい。本当なら、先生は負わなくていい傷を負った」 「それは違う。僕が負けなかったら、君はこれ以上傷つかなくて、今だってこんなとこに呼び出されたりしなくて済んだんだ」 「呼び出されたわけじゃないです」  脳内が、ハレーションを起こしたみたいにぐるぐるしている。 「わけじゃない?」  小さく頷いた。 「僕のうちは、アルファ至上主義で、父様も母様も、兄さまも、みんなアルファだったんです」 「……………………」 「十二歳の時、初めての発情がありました。それで慌てた母様は、父様に内緒で病院に行ってくれて、そこでオメガだと診断されました。でも結局父様にはバレてしまって…………」 「お父さんはなんて?」  先ほど無理やり飲まされた薬のせいか、少しづつ心臓の鼓動が安定してきた。 「佐々木家の面汚しだって、僕だけじゃなく、オメガなんかを産んだと母様も酷い罵倒を受けました」  声が震えているのがよく分かる。 「そんな…………」  その場で動かないようにまっすぐ立った彼は、へたくそな笑顔で、一生懸命口元を上げた。 「それで、隠す様に番探しが始まって……、父様にとっては、誰でも良かったんです。さっさとあの家から僕がいたその存在を消せるなら、誰でも」 「そんな……」  三条は言葉を失った。  自分もオメガだと判った時、なんでなんだと一人部屋で泣いた。それでも、自分の近くには樹さんとパパちゃんやお祖母ちゃんがいて、「オメガでも、高雄は高雄じゃないか」と締めきって閉じこもった扉の反対側で、僕が出てくるのを待っていてくれた。そんな僕に、いったい何が言ってあげられるのだろう。上がってくる空虚な言葉を、空唾と一緒に幾度も飲み込んだ。 「すぐに見つかりました。オメガを孕ませるのが趣味だという、五十歳のおじさんの番になれと、ボストンバックに簡単な衣類だけを詰められて、今すぐ行けと……父様に言われた時は、もう、僕なんかいらないんだなと、目の前が真っ暗になりました」 「酷い…………」 「最初からいなかった事にしたい。育ててもらった恩を仇で返すなと、冷たい目でした」 「なんでもするからと父様の腕にしがみつきました」 「もうやめろ、思い出さなくていい」  高橋の悲痛な顔が視線の端に引っかかった。  それでも、無理に作った笑顔のままで、佐々木は朝ご飯の中身を話すくらいの軽さで続きを話した。 「僕の腕を汚いものでも見るように叩き落して、僕が触ったその場所を……ハンカチで拭くと、そのハンカチをゴミ箱に捨てました」 「そんな……」 「僕はゴミになったんです」 「違う、確かにオメガは出来ないこともハンデも一杯あるけど、だって、だれにも、だって……」 「先生は強いね。僕にも先生位の強さがあったなら、あの時、あんな思いをしなくて済んだのかな」 「君もしかして、そのまま番になったの?」    

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