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9:「バツイチ」な二人
「だ、いじょうぶ?」
あぁ、デカイ。
降り注ぐ太陽の光を完全に隠し、俺の体は戦士の影にすっぽりと納まっていた。ただ、兜の隙間から覗く金色の目だけは、太陽の代わりかと思えるほど、キラキラと輝いている。あぁ、綺麗だ。
「大丈夫だ。お前は大丈夫か?」
「ん」
「なら良かった」
俺は、視界の端にゴロゴロと転がるモンスターの死骸に、ドッと疲れが襲ってくるのを感じた。その重い疲労感に、つい、いつものクセが出てしまう。
「はい、お疲れさん」
「っ!」
そんな俺の言葉に、兜の隙間から見える金色の瞳が、ひと際輝いて見えた。その直後、デカイ戦士は背中を丸めて、もぞもぞと言葉を放つ。
「あ、あの」
「ん?」
「なにか、すること、ある?」
「っえ?」
ボソリと呟かれた言葉に、俺は妙なデジャブを感じていた。そういえば、バイトの中にもこんな子が一人居た。
俺が見てなきゃすぐにスマホを弄る他のバイトと違い、作業が終わるとすぐに「何かする事はありますか」と聞いてくれていた、あの高校生の男の子。あの子も、身長が凄く大きい子だった。
「あの、なんでも……言って」
「そうだな。じゃあ、いろいろ手伝ってもらおうかな」
別にパーティを組むワケではない。さすがの俺も、二度も踏んだ轍を再び踏みたくはないし。ただ、ちょっとだけ先ほどの安心感に、離れがたくなってしまったのは事実だった。
「っうん!」
カチャリと鎧の擦れる音と共に、勢いよく返事をしてくる戦士に俺はふと思った。
「そういえば、お前。名前は?」
俺の問いかけに、デカイ全身甲冑の戦士はこれまで以上にモジモジとしながら小さな声で呟いた。
「セイフ」
セイフ。Safe。
その、現代では中学で習う【安全な】という意味の英単語に、俺は思わず笑った。
「っはは、良い名前じゃん。似合ってるよ」
「っっっ!」
「俺はテル。まぁ、ちょっとの間よろしく」
俺の自己紹介にブンブンと頭を振って頷く相手に、俺はボロボロの甲冑にポンと手で触れた。
あぁ、なんか久々に良いバイトの子が入ったみたいだわ!
◇◆◇
その後、俺はセイフと共にアイテムを回収し、無事にダンジョンを抜けた。
「よし、今日はこの辺で野宿するけど、いいか?」
「ん」
もちろん、あのクソデカな盾はセイフに持ってもらった。俺が必死に背中に背負って運んでいたアレを、やはりというかなんというか。セイフは片手で軽々と持ち上げてみせた。
「……ソレ、重くないの?」
「すこし」
「少しか~~!!」
はい、レベルが違うね!
焚火に薪をくべつつ、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。まさかあの盾を、少し重い買い物袋みたいに表現するヤツが居るなんて思わなかった。
「世界って広いわ……」
起こした焚火で、先ほど倒したモンスターの肉を焼く。香ばしい匂いに、自然と口内が唾液で満たされた。
肉なんていつぶりだろう。勇者パーティで弓使いをやり始めてから、冗談抜きでカチカチのパンばかりを食べてきた俺にとっては、簡素な塩焼きの肉だって、そりゃあもう立派なご馳走だ。
「ウマそ」
チラと焚火の向こうに座るセイフは、未だに兜すら脱ぐ気配がない。そのせいで、一体どんな表情をしているのか、ちっとも分からない。
「……焼けるまで、もう少しかかりそうだな。セイフ、もう少し待ってな」
「ん」
小さな頷きと共に、カチャリと鎧が鳴った。まぁ、あれだけ動いたのだ。腹は減っているだろう。
肉に火が通るまでの間、俺は新人バイトと昼飯が被ったような心持ちで、なんとなーくセイフと話をしてみる事にした。黙ってると、空腹に集中し過ぎて辛いし。
すると、どうだ。
「は、お前もパーティを追い出されたのか?」
なんというか。どういう巡り合わせか。セイフもパーティメンバーから抜けてくれと言われ、一人になった直後だったらしい。
「……お前、も?」
「ああ。俺もつい最近、パーティから抜けてくれって言われてソロになったばっかだから」
「テル、も同じ?」
「おう、俺もセイフと同じ〝バツイチ〟だよ」
「っ!」
この世界では、ギルドでのパーティ編成を解消する事を「バツが付いた」という。まるで現代でいうところの離婚歴のような扱いだ。まぁ、別にそれは構わない。でも、だったら、バツを付けた方にも同じ呼び名を適応して欲しいところだとは思わなくもないが。
「セイフはなんで一人になったんだ?」
「えっと……その」
「あ、別に言いたくないなら言わなくていいから」
焚火に薪をくべつつ、尋ねてみる。別に過去をむやみに掘り返したいワケではない。ただの肉が焼けるまでの時間潰しだ。
「……お、俺。盾しか、使えない」
「使えない?」
「ん」
頷くセイフに、俺は再び彼の腰へと目をやった。そこには剣などの武器は、一切携えられていない。
「ふたつのこと、同時に、できないから。それじゃ、こまる、って。求められてる、役割を、になえてないって」
「そっか」
まぁ、確かに戦士として前衛で武器が振るえないというのは、なかなか珍しいかもしれない。しかも、セイフのこのオドオドした性格だ。パーティからも針の筵だったんじゃないだろうか。
なんて考えると、過去の自分を彷彿として、なんともいえない気分になった。
「気にすんなよ。俺も似たようなモンだ」
「て、テルも?」
「うん」
俺の場合、どちらかと言えば真逆で「器用貧乏」所以なのだが。まぁ、結局行き着いた先は同じだから、別になんだって構わない。
それに、俺から言わせれば、このセイフという戦士は「一つの事しか出来ない」のではない。「一つの事が飛び抜けて出来る」のだ。
「一つやれりゃ、十分だ」
「え?」
「セイフ、お前は十分凄いよ」
パチパチと焚火が爆ぜる音を聞きながら、俺は更に薪をくべた。
そうだ、前世でもそれは常々思っていた。決めたシフトは守る、とか。休みは事前に伝える、とか。そういう当たり前の事をしてくれるだけで、俺は助かったのだが。
「俺はまだお前の事はよく知らないけどさ、お前の盾捌きは凄いよ。並みじゃない。そりゃあ、アレだけ使いこなせたら同時に剣なんか使えないさ」
「っあ、あ」
鎧の中から、なにやら上擦った声が聞こえる。
滴る肉汁が、ジュウと音を立てて炎へ飛び込む。まだ、肉は焼けない。少し分厚く切り過ぎただろうか。
「それに、お前って防御力すげぇじゃん。あれだけの攻撃を受けて立ってられるって、普通に考えて戦士としては優秀過ぎるくらいだからな」
「っっっ!」
それにしてもセイフのヤツ、全然鎧を脱ごうとしないが、飯を食う時はどうするのだろう。店長時代、よく俺に「何かする事はないか?」と尋ねてくれていた、あの大きなバイトの子も、人前じゃ何があってもマスクを取ろうとしなかったが、セイフもあんな感じなのだろうか。
「……ん?ちょっと待て。セイフ」
「あ、え?」
ここにきて、俺はハッとした。
鎧のせいで俺が気づいていないだけで、もしかしてセイフは怪我をしているんじゃないだろうか。最後の雑魚モンスターだけならまだしも、その前はあの巨大なドラゴンの攻撃を直接受け続けていたのだ。
何も怪我をしていないという方がおかしい。
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