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18:ナメられる。舐められる。

「セイフ、俺はな。自分のしてきたことは間違ってないって思ってる。それは今もそうだ。それで嫌われるんだったら、俺は別にそれでも構わないさ」 「ん」  セイフが、力強く頷く。  きっと、俺が間違った事なんてしないと確信してくれているのだろう。言葉がなくとも伝わる。それに、余計な事も言ってこない。こういう所が、セイフの獣っぽいところでもあり、有難いところだ。 「でも、それでもさぁ……」  俺は片手で目元を覆った。 「いくら構わないって思ってても、嫌われるって、けっこうキツいんだよ」 「テル?」  別に泣きそうになっているワケじゃない。  いや、ウソをついた。既に、ちょっと泣いている。セイフの金色の目が、あまりにも〝俺〟を全肯定してくるもんだから、たまらなくなってしまった。  攻撃されている時は死ぬまで一度も泣けなかったのに、優しくされるとこんなにもアッサリと涙が出てくる。おかしな話だ。 「自分は間違った事なんてしてなかったと思ってるけど……でも、こうも続けざまに、色んなヤツらに嫌われ続けると……不安になる。だって、前と、後で……唯一の共通項は〝俺〟しかない」  他は全て違う。置かれた状況も、メンバーも、まして世界さえも。ただ、その中にあって、俺だけは変わってない。 「だから、俺がっ、ダメなのかなぁって」  俺は、零れ落ちそうになる涙を堪えるため、目元をグッと抑えた。でも、あまり意味はなかった。抑えたそばから、ジワリと浮かぶ涙が、とうとう頬を伝って流れるのを感じた。 「俺もさ、セイフとパーティが組みたいよ」 「っ!」 「だって、お前強いし。セイフが居ると安心して戦える。それに、なにより……お前、優しいし」 「じゃ、じゃあ、組もう!」 「むり」 「な、なっ、なんで!?」  セイフの期待に籠った声を、俺は間髪入れずに否定した。うん、無理だ。絶対に無理。だって。 「だって……」 「だって?」  すぐそばにセイフの気配を感じた。微かに荒い呼吸が傍で聞こえる。ここまできて、俺は理由を口にするのを躊躇った。なにせ、俺は今、相当女々しい事を考えてしまっている。 「テル、言って」 「っぅ」  セイフの有無を言わさない、深みのある声が俺の鼓膜を揺らした。 「……お、お前に、嫌われるのが怖いから」  言ってしまった。口にした途端、目元に溜まっていた涙が、再び溢れた。悲しいというより、自分を情けなく感じて仕方なかった。 「っ!ならない、俺、テルを嫌いになんて、ならないっ!」 「ちがう。これは、俺の問題なんだよ。セイフ」  ここにきて、俺はようやく目元から手をどかした。すると、鼻先がくっつきそうなほど近くに、セイフの顔があった。金色の瞳がジッと俺の目を見つめてくる。 「お前に嫌われたらって思うのは、全部俺の問題だから……お前が実際どうかは関係ない」 「な、んだよ。それ」 「使い魔が欲しいのも、お前が居なくなった後、一人になったら寂しいかもって思って飼いたくなったんだ」  だから、あの金色の瞳の狼に惹かれた。 「……な、なんで?テルは、お、俺より、使い魔を、信じるの」  全然知らないヤツなのに。  なんて、あの小さな金色の瞳をした狼の使い魔に対し、嫉妬をあらわにするセイフに、俺は思わず吹き出しそうになった。状況が状況なだけに、グッと堪えたが。 「だって、動物は……人間じゃないし。ずっと、俺の事好きでいてくれそうだし」 「テル。お、俺はテルの事が、ずっと、好きだ。だから、テルとパーティを、組みたい。なんでかっていうと、テルが、好き、だから」 「……全然情報増えてないぞ」 「くぅ」  セイフにしては珍しく、その顔にハッキリと苛立ちを露わにした。しかし、ソレは俺に対する感情ではないのは明白だ。上手く言葉を紡げない、自分に対する苛立ちだろう。 「だから、セイフ。聖王都に着くまで、待っててくれ」  まったく、本当に可愛いヤツ。 「それまでに、どうにか結論を出すから。セイフとパーティを組むかどうか」 「そ、それは。聖王都に、つ、着いたら……く、組んでくれる、ってこと?」 「わからん。でも、それ以上は結論を先延ばしにはしないって事だ」  ダラダラと結論も出さずに一緒に居るのは、お互いの為にならない。だから、区切りを作らないと。 「聖王都で、組むか別れるか決める。それで、いいか?」 「……む」  明らかに不満そうだ。綺麗な顔なのに、子供のような無邪気さが見え隠れする。この二十五歳のどデカイ成人男性を、こうも可愛く思ってしまう俺は、それだけ人の温もりに飢えていたという事なのだろうか。それとも、セイフの魅力の成せる技なのか。 「うん、多分。後者だな」  自問自答で、セイフの魅力を再確認する。本当に、俺にはもったいないくらい、優しくて良いヤツだ。そう、俺がセイフの綺麗な顔を眺めながら、ぼんやりとそんな事を思っている時だった。 「テル」 「ん?どうし……っん、っひ!」  それまでジッと俺の目を見ていたセイフが、突然俺の目元をペロリと舐めた。あ、もちろんこれは軽んじる方じゃない。物理的な方の〝舐め〟だ……じゃないっ! 「おいっ、何やってんだよ……って、っへ!?っひぅっ!」  ぺろぺろと、セイフが俺の涙を舐め取るように舌を這わせてくる。ヌルリとした生温かい舌が目元から目じりにかけてゆっくりと行き来する感触は、何故だろう。異様な状況にも関わらず、俺に凄まじい心地よさを与えてくる。 「んっ、っふぅ」 「っは……テル。気持ちよさそう。かわい」  セイフの薄い色素の唇が、ハッキリと愉悦を含んだ笑みを浮かべる。あまりの気持ち良さに、先ほどまでとは違い生理的な涙がジワリと視界を揺らした。 「か、わいくねぇよ。俺は」 「かわいい。テルは……いつも、かわいい。道具屋に居る時は、夢中で、もっと可愛かった。使い魔を見てる時も、可愛かったけど。あれは、ダメ」 「っぅ、耳元でしゃべ、んな」 「なんで?」  わざとなのか、無意識なのか。セイフの低いしっとりとした声が、湿った吐息と共に耳元に触れる。  一体どうしたっていうんだ、セイフのヤツ。いつものオドオドした感じが一切無い。顔の威力も相成って凄まじい色気だ。なんだ、コレ。頭がクラクラする。 「あ、そうだ」  すると、それまで耳元に寄せられていたセイフの口元がスルリと顔から離れていった。  あぁ、やっと終わったか。そう、熱と涙で揺らぐ視界でセイフを捉えると、その口元には深い笑みが刻まれたままだった。 「テル。指も舐められるの、好きなんだよね」 「え?」 「だって。さっき、喜んでた」  あ、なんかヤバイ気がする。そう思った直後、今度は俺の右手がセイフの大きな手によって掴まれていた。そして、あろうことかセイフはそのままパクりと俺の指を自らの口に咥え込んだ。 「ちょっ、ちょっ!なっ、なになになにっ!」 「んっ、っは、っは」  生暖かい感触と共に指がセイフの口内で、ぺろぺろと舐め回される。同時に、金色の瞳がジッとこちらを見つめている。その様子に、俺ははっとする。  あぁ、これはまさか――! 「お、おいっ!お前は狼じゃねぇだろうがっ!」 「……使い魔なら、一緒に、いれる。なら、俺は……テルの使い魔に、なる」 「なっ!?」  お前は人間だ!と言いかけたところで、ちゅうっと音を立てて俺の人差し指が吸われた。セイフの歯で甘噛みをされつつ、舌先で爪の中や指を遊ぶように舐められ続ける。 「っひ、ん」 「っふ、テルの……ひもちい、かお、かわい」 「舐めながらっ、しゃべ、るなぁっ」  そこからしばらく、俺はセイフにベッドの上に押し倒されながら、顔や指や首筋を、その舌で舐められ続けた。セイフの舌は、もちろん狼のようにザラついてはいなかったが、その柔らかい滑らかな感触が、妙に癖になる。 「っはぁ、っはぁっは。せいふ……も、やめて」 「ん、わかった」  酸欠状態の俺の静止に、セイフが頷いた頃には窓の外は暗くなりかけた頃だった。あぁ、俺は一体どれほどの間セイフに舐められていたのだろう。先ほどまで舐められていた指をぼんやりと眺めてみると、俺の指はセイフの唾液のせいでシワシワになってしまっていた。 「……俺、テルの使い魔に、なる。だから、一緒にいても、だいじょうぶ」 「バカ」  人間のままだと、俺とパーティを組めない。だったら、人間を止めて使い魔になるという。まったく、ソレは一体どういう思考回路なんだ。でも、そんなセイフを欠片も嫌だとは思えなかった。 「……セイフ、お前。可愛いな」  そう、俺が呟いた時だった。 「んっ、っふぅ」 「っは」  セイフの舌が俺の唇をペロリと舐めた。まるで狼のように。ただ、セイフはそれだけでは止まらなかった。そのまま、セイフは俺の口の中に舌を捻じ込んでくると、そのまま激しく口内を暴れ始めた。  もう、やめろって言ってんのに。  ただ、俺は止める気も、怒る気も起こらず、そのままセイフの唇を受け入れていた。微かに目を開いてみれば、そこには顔を真っ赤にしながら、必死に俺を求めるセイフの姿が映る。 「っふ、んっ、っふぅ」 「っは、っ」  気付けば俺はセイフの背中に手を回していた。腕を回して、セイフの背中からサラリとした髪の毛へと指を這わせる。セイフの髪の毛は、汗のせいで少し湿っていた。今日は、風呂どうしようかな。 「っはぁ、っはぁっは」 「っはぁ、は。テル」  やっとの事でセイフが俺の唇から離れていく。セイフは、金色の瞳でジッと俺の事を見下ろしながら、鎧を着た体のままギュッと俺に抱き着いてきた。あぁ、固い。 「テル……テル、てる。おれ、使い魔だから。だから。だからっ……」 「ん、わかったよ」  俺はセイフの背中をポンポンと叩きながら、微かに震えるその体を抱きしめた。  あぁ、俺に躾けは無理だ。だって、こんなに可愛いヤツを、叱るなんて出来っこないし。  俺、昔から怒るの、苦手だったわ。

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