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第73話

 耀くんのお母さんから「そろそろ帰りまーす」とメッセージがきて、僕も帰ることにした。  本当は、全然帰りたくなかった。下るエレベーターの中で手を繋いで、下りる時手を離した。  2人並んで、ゆっくりと僕の家まで歩いた。  玄関が見える所まで来た時、ドアがゆっくりと開くのが見えた。 「…お姉ちゃん…」  中から出てきた姉が、無表情に僕たち2人を見た。 「やっぱり一緒だったのね」 「…うん」  一歩一歩近付くにつれ、姉の表情が鮮明に見えるようになる。  不機嫌と不愉快と腹立たしさを内包した無表情。 「で、今日も送ってくれたのね、耀ちゃん」 「もちろん」  いつもと変わらない口調の耀くん。ちらりと見上げると、表情も普段通りだった。 「碧はね、可愛くても男子なのよ、耀ちゃん」 「分かってるよ」  そう応えながら、耀くんは僕の方に視線を流した。  僕は耀くんの部屋での出来事を一瞬思い出してしまった。 「…ちょっと、暑いし中入って」  姉はそう言いながら玄関に入った。  僕と耀くんは顔を見合わせて、そして姉の後に続いた。  姉はリビングの真ん中に立って僕たちに視線を向けた。 「…付き合ってんの? 2人」  姉が眉間に皺を寄せて訊いた。僕は耀くんを見上げ、耀くんは僕を見下ろす。 「もういい。分かったから」  姉は僕たちの様子を見て、不機嫌にそう言った。 「…なんで?」  姉が搾り出すように呟いて、唇を噛む。 「なんで、女の子にめちゃくちゃモテるのに碧なの? 耀ちゃん」  真っ赤に潤んだ目で耀くんを睨みながら姉が言う。 「なんでって言われても、好きだから、としか答えられない」  耀くんは困ったように笑っている。 「だって碧は男の子なのに…っ」 「そこはね、もう十分悩んだ末だから」  そう言った耀くんは、もう笑っていなかった。 「小さい頃からずっと碧を見てて、ずっと可愛いと思ってて、弟がいたらこんな感じかと思ってたこともあったよ。でもあの花火大会の時に碧が連れてかれそうなの見て、ほんとに心臓が潰れそうになって。その後も碧が心配で心配で、できることなら片時もそばを離れたくないと思うようになって。これは違うんじゃないかと思うようになった」  静かに話す耀くんを、僕と姉が見上げている。耀くんは軽いため息をついた。 「でも、碧が成長していけば、また気持ちも変わるだろうとも思ってた。この前もみんなで話したけど、小学生の碧は誰よりも可愛かったからさ」  そう言って耀くんが僕を見た。姉は僕を睨む。 「だけど学ランを着た碧を、俺はやっぱり可愛いと思った。ちゃんと成長していって、中性的だけど女の子とは違う身体になっていってるのに、それでも碧が1番可愛いと思った。だからもう、自分の気持ちに逆らわないことにした。碧を可愛いと思うなら、それでいいじゃないかと思うことにした。思うのは俺の自由だ。そう思って」  僕は耀くんがそんな風に考えていたなんて全然知らなかった。それよりも中学校の先輩後輩の洗礼が心に重くのしかかっていた。 「…耀ちゃん、しょっちゅう碧に可愛いって言うようになったもんね」  姉が低い声でボソッと言う。唇を歪めて。 「あれはガス抜きみたいなもんだよ。思ってることを全部閉じ込めておいたらいつか爆発するんじゃないかと思った。まあ、それだけじゃなかったけど。それに実際碧は可愛いしね。陽菜の周りでも人気があるだろう? 可愛い系男子って言われて。誕生会とかで撮った写真だって友達に流してるんだろう?」    え?

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