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第77話
朝、いつもの時間に起きて1階に下りると、ごく普通の顔をした姉が「おはよー」と言った。目元だけが少し赤く腫れている。
「お、おはよ。お姉ちゃん」
「今日も暑いわよー。ま、家で勉強する分には関係ないけど。エアコン付けっぱだし」
この中みんなうちに来るからすごいよねー、と笑っている。
僕は「そうだね」と言いながら、でも姉が普通すぎてどんな態度を取ればいいか分からなかった。
「朝ごはん食べなさい、碧。…昨日はごめんね」
「お姉ちゃん?」
僕は姉を見たまま、座ることもできずにテーブルに片手を突いていた。
「あれね、ほぼ八つ当たりだから。だって気付いてたもん、あたし。耀ちゃんと碧の間の空気が変わるっていうか、雰囲気が変わっていってるの、分かってた」
気付いたのはほんの最近だけどね、と姉は薄く笑って言った。
「気付いてて、目を背けてた。知らなかったことにしたかった。もちろんそんなん無理なんだけど。無理だから、それならいっそはっきりさせたかった。だから昨日、碧たちを待ってたの。耀ちゃんは絶対碧を1人で帰さないって分かってたから」
座りなさい、と椅子を引かれてよろけるように座った。
「まあ、耀ちゃんがあそこまで言うとは思ってなかったしムカついたけど、おかげでスッキリしたわ。ああそうだ、碧、あんた簡単にとか言わないでって言ってたけど、簡単じゃないにしろあっという間に落ちたわよね」
「な…っ」
姉がちらりと僕を見てきて、僕は頬が熱くなるのを感じた。
「なんとなく耀ちゃんの碧への態度が変わった気がするなって思ってから、あんたの耀ちゃんを見る目とか、ほんとあっという間に変わったもん。イヤミの一つも言いたくなるわよ」
「…そ、そんな分かりやすかった…?」
恥ずかしい
「あたしはあんたのお姉ちゃんだからね、他の人が見て分かるかは知らないけど、あたしには違いが分かった。花火の時と、誕生日パーティーの時で別人みたいだったから、絶対なんかあったと思ってすごい口惜しかった」
僕はもう俯くしかない。
その俯いた僕の顎に姉の細い手がかかって、くいっと上を向かされる。
「でもまあ仕方ないわね。あたしの弟、めちゃくちゃ可愛いし。前より可愛くなったんじゃないの? 何されてんの?耀ちゃんに」
「え?!」
一気に顔に熱が集まった。
まずい。これじゃ何かされてますって言ってるようなものだ。
…されてるけど
姉を見つめたまま固まった僕の顔を、繁々と眺められる。
「キスとか、したんでしょ、耀ちゃんと」
「!」
「やだ、絶対してるー。目ぇまん丸にしちゃってさー。うわー想像しちゃった」
「や、やめてよお姉ちゃんっ」
想像しないでっ
恥ずかしくて涙目で睨んでも「全然怖くないよー」と姉は笑っていた。
「ほら、朝ごはん食べなさい。今日も耀ちゃん来るって言ってたんでしょ?」
「…うん…」
でもさっきからずっと心臓がばくばくしててご飯どころじゃないんだけど。
姉の手が僕の頭をやや乱暴に撫でる。
「あーあ。あたし次に好きな人なんてできるのかな。だってあの耀ちゃんの次よ?」
耀くんの後に、敬也は入り込めるのかな。
「あんなにはっきり俺のだ、とか言われてみたい。あたしも」
ふふっと笑った顔に、昨夜までのトゲは感じられなくなっていた。
「恋人、とかね。憧れちゃうなぁ」
しかもああいうセリフが似合うしね、と姉が笑った。
僕はやっぱり何て言ったらいいか分からなくて、でも姉が以前の姉のように笑ってくれるようになって良かった、と思った。
そして、冷めてしまった朝ご飯をようやく食べ始めた。
「あ、碧。洗い物しておいてね。幸せ者なんだから」
「なにそれ」
「そのまんまの意味よー。じゃ、お願いね」
そう言って姉は軽快な足取りで階段を昇っていった。
耀くんはここまで考えて、昨日あんな風に話したのかな。
別に、姉に言わなくてもよさそうなことも言ったと思う。
必要以上に挑発的な言い方もしてた。僕の写真の話のあたりで。
わざとああ言って、姉を爆発させたのかな。
はっきりさせたかった
スッキリした
お姉ちゃんはそう言ってた。
耀くんはお姉ちゃんの性格を分かってて、ああいう対応をしたのかな。
それはすごいことだし、同時にやっぱり少し怖いと思った。
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