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第78話
いつもと同じ時間に「おはよう」と言って耀くんが来た。
「ほんと暑い」と言った耀くんに、姉が出て来ないのをいいことに少し近付くと、お日様の匂いがした。耀くんはいつものように大きな手で僕の頭を優しく撫でてくれた。
リビングに入ると姉が、
「おはよ、耀ちゃん。…昨日ごめんね、ありがとね」
と言った。耀くんは、うんと頷いた。
そこからばらばらと友達が集まってきて、今日は全員集合してローテーブルを2卓並べての勉強会になった。
僕は当然のような顔をして耀くんの隣に座って、耀くんは当たり前のように僕に「どこが解んないんだっけ?」と訊いた。
そこに突然、
「ねぇ、耀くんの隣の席、くじ引きにしない?」
と言ってちかちゃんが僕の方を見た。
「え?」
「だってそこが1番いい席じゃん。耀くんが1番頭いいもん。いっつも碧が隣なのずるいと思う。それに昨日だって2人で出かけてたんでしょ? 陽菜ちゃんは「碧は図書館だけど、耀ちゃんは知らない」って言ってたけど」
ちかちゃんをじっと見た耀くんが口を開きかけた時、啓吾が、
「くじ引きいいんじゃね? いっそ全部の席くじ引きにして気分転換しよーぜ」
と言い、「それもありかなー」とえりちゃんが言った。さっちゃんが心配気な表情で僕たちの方を見て、依くんは腕組みをしてため息をついた。
ちらりと見た耀くんの目の温度が低い。
ちょっと怒ってる。
それぐらいは僕にも分かる。
「じゃ、午前中だけね。お昼ご飯からはいつも通りねー」
と姉が耀くんの方を見ながら言って、その後僕の方を見た。
えりちゃんがルーズリーフにテーブルの四角を描いて、その周りに番号を振った。
ちかちゃんは人数分の線を引いて下に数字を書いて、書いた数字が見えないように折り返した。
あみだくじか…
耀くん、くじ運はあんまり良くないんだよね。
僕はまあまあだと思う。
みんな1ヶ所ずつ名前を書いていく。耀くんも青いペンでさらりと名前を書いた。その不機嫌を隠した横顔は、綺麗で冷たく見えた。
結局、耀くんの右隣が依くん、左隣が華ちゃん。そして正面は姉だった。姉の右隣が敬也でちかちゃんは依くんの正面、僕は依くんの隣のえりちゃんの隣。耀くんとは横並びだから姿が見えない。テーブルの上の手が見えるだけ。
壁にかけてある時計を見上げた。
午前中、長い。
誰かが耀くんに質問をするたび、それに応える耀くんの声が聞こえる。
声だけ。手だけ。
やだ、もう
唇を噛み締めながら、問題集の残りのページをやろうとするけれど、もう残ってるのは「解らないから耀くんに訊こう」と思っていた問題ばかりで、あーあと思いながら教科書の該当ページを探して、どうにか解こうと頑張ってみた。
姉は時々耀くんに質問していて、そして僕をちらちらと見た。
ちかちゃんは斜め前の耀くんに視線を送りながら、隣に座るさっちゃんに励まされてどうにか宿題は終わりに近付いているようだった。
時計は遅々として進まない。
思わずため息をついた。
僕の斜め横、「お誕生席」に座っている萌ちゃんが問題集を指差しながら「これ解る?」と訊いてきた。
何も塗られていない桜色の丸い爪。
「ごめんね、ちょっと解んない」
もうすぐ夏休みが終わるから、通常モードにシフトチェンジしないといけない。
終わっちゃう、夏休み。
萌ちゃんは「そっかぁ」と言って教科書をめくっていた。
『夏休みのうちに、もう1日くらい碧と2人で過ごしたい』
そう言った耀くんの声が頭の中で蘇る。
夏休みは残り4日。
2人で会うのは、無理な気がする。
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