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買い物

 レイムの頼まれものは嗜好品ばかりだった。  焼き菓子やケーキ、瓶詰めのキャンディ。 「もしかしてレイムさんって、甘いもの好きなんだろうか」  メモに書いているのは、森の中では手に入らないような品物ばかりだった。焼き菓子やケーキは頑張れば森でも作れるかもしれない。けどプロが作る専門店の味には敵わないだろう。  王都のキラキラした街中で、それらを探して買い物かごへ大事に入れていく。  ノアが、ずっと暮らしていた街なのに、初めて来た場所みたいに感じた。  宝探しをしているみたいな気分だった。  タイル状の石畳の上をご機嫌に歩く。  ショーウインドウのガラスにノアの姿が映っていた。亜麻色の髪に紺色のローブ。以前とは違う人間に変身したみたい。レイムがくれた魔法使いの服。  王都の街中でローブ姿は浮いて見える。王都の魔法学校の関係者でも、街中では制服やスーツを着ていた。街を歩く人々は、ちらちらとノアを不思議そうに見ている。確かに魔法学校の学生なら学校へ行っているような時間帯だった。  けれど少しも恥ずかしくないし、今の自分をちょっぴり誇らしく思えた。レイムが贈ってくれた服だから。  目的のものを買うだけなら、すぐに用事は終わった。でも、ノアはいい品物を選んで買いたかった。帰ったときにレイムの喜ぶ顔が見たい。だから街の中の店をあちこち見て回った。  街へ来たときは午前だった。 (そろそろ帰らないと)  納得のいく品物を買い終わったときには、昼をとうに過ぎていた。  買い物に夢中になり歩き疲れて足先が痛い。  森へ向かう前に一休みしようと思った。ノアは街の中央の広場できょろきょろと辺りを見渡した。休憩出来そうな噴水近くのベンチを見つけて腰を下ろす。  ノアは膝の上に買い物カゴを置いた。中には綺麗にラッピングされたお菓子の箱が入っている。それを見ていると温かい気持ちになった。  少し前は、この王都で人間として働きたくて一生懸命だった。  ベンチに座っていると、街のパン屋から香ばしい匂いが漂ってくる。街のパン屋で働いたこともあった。ほんの少し前のことなのに、懐かしく切ない気持ちが溢れて来た。店の人たちは皆いい人たちだった。  発情期で突然仕事を休んだノアを心配して様子を見に来てくれるくらい。  ノアは獣人を隠して働いていた。今思うと最初から伝えていれば、仕事仲間に怖い思いをさせなくて済んだと後悔している。  獣人の発情期。  ノアは、ずっとそれに苦しめられていた。  けれどレイムのところで過ごすようになってからは一度も発情期がなかった。考えてみれば森の中にはトリガーになるものがなかった。  獣人としての本能を刺激するようなこと。  人間社会で生きていると人が放つフェロモンに獣性が反応して発情状態になってしまう。過度な恐怖やストレスも引き金になることが多かった。  けれど森の中にはレイムしかいない。日中は、レイムと二人きりだし、店で出会ったのはフレッドだけだ。 (このまま森で生活をしていたら、発情期ってこないんじゃ……)  一人で生きていれば、誰にも迷惑をかけなかっただろうか。  けれど、半分が獣でも、半分は人間でもある。獣の本能があるのと等しく人間としての欲求だってあった。ノアは人間らしいふれあいに飢えていた。  誰でもいいわけじゃない。獣のように誰彼かまわず求愛してしまうなんて嫌だった。あの性衝動はノアの感情なんて優先してくれやしない。暴力的な欲だった。  発情期が訪れるとノアの力では抵抗なんて出来ない。 (……怖い。森に帰りたい)  久しぶりの人混みの空気に当てられて、不安で心臓がバクバクした。いつまでもこの場所にいたら、また、おかしくなってしまうかもしれない。  今はノアを閉じ込めてくれるような人間も周りにいない。  次は、いつ来るんだろうか。  買い物で楽しい気分になっていたノアだったが、急に気分が落ち込んでしまう。  ノアは買い物カゴを持って立ち上がると、人の無意識に放つフェロモンから逃げるように森へ足早に向かった。

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