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【番外編3】正しい愛し方を知らない私 *

 ※『初めての幸せな発情期 *』のレイム視点です。猫を甘々に溺愛している師匠のお話。   * * *  ――こんなに、ひどく泣かせるつもりではなかった。  過去に自分が師匠にされたのと、同じことをノアにした。  悪戯して暗闇に閉じ込められるのは、レイムにとっては日常茶飯事だったし、それは、お互いが頭を冷やすのに必要な時間だった。  大切な学ぶ時間。  常闇の魔法は思考を正しい方向へと導いてくれる。  恐ろしい魔法だが、正しい人間が使えば、正しい効果が現れる。本当は優しい魔法だった。  膝の上に乗せた猫は、目に大きな涙を浮かべてレイムの腹部に顔を寄せている。 (ひどいことをしてしまった)  膝の上のノアは時折、ぎゅっとレイムのローブを小さな前足で掴んだ。  加減を忘れて、いじめたのは目の前のレイムだ。  それなのに、その悪い魔法使いにノアは必死でしがみ付いている。    ノアが寒いだろうと暖炉に薪を魔法で焚べた。現在レイムの手には、昔、師匠が好んで読んでいた猫の本がある。    【正しい猫の愛し方】    今の自分に一番必要な本だろう。  ――猫は気まぐれな生き物です。猫は家につく生き物で、人間には基本的に、懐きません。 「……お前もそうなのか?」  ノアは、この家に来てからというもの、家よりレイムによく懐いている気がする。  ページを静かに読み進める。  そこに書かれている、どれもがノアには当てはまらない気がした。ノアは成猫のはずなのに、心は未熟で子猫のように甘えたなままだった。  きっと小さな頃、正しい愛を十分に与えられなかったせいだろう。  ならば自分が、この先、足りなかった愛を十分にノアへ与えればいい。  ――ノアが、心からそれを望むなら、いくらだって。愛情は惜しまないつもりだ。  ノアはレイムに愛されることを望んでくれるだろうか。彼が欲しがっている愛情が、レイムの望んでいる形と同じとは限らない。  ノアの望みは魔法使いになって、街で暮らすことだから。悲しいが今二人の間には利害関係しかない。  欲しいものを手に入れる、ただそれだけのため。人間は、ひどく利己的な生き物だ。違うと頭では分かっていても、折に触れ信じられなくなる。  ノアは魔法使いになったらレイムを必要としなくなるだろう。いつか必ず来る、決まりきった未来だ。    薪の燃える小さな音で、ノアの耳がピクリと動いた。常闇の魔法が解ける。覚醒が近いのだろう。 「ノア」  静かに、語りかけるように名前を読んだ。するとノアは目を開けるなり、真っ先に謝罪を口にした。悪いことをしたのは事実だが、猫が泣くほど思い詰めることではない。  レイムは師匠に怒られても泣いた記憶がなかった。  だからこそ、自分は問答無用で闇の中に放り込まれたのだろう。お互いに分からずやだったから。  けれどノアは自分達とは違う生き物だ。  ノアの謝罪の言葉の返事に、ついため息をこぼしてしまった。ノアに呆れたのではない、過去の自分に対して呆れただけだった。レイムはトーマにとって、いい弟子ではなかった。  ノアは猫の姿のままレイムの膝の上にいる。けれど彼の言葉は理解出来た。つくづく自分が魔法使いで良かったと思った。  レイムはローテーブルの上に本を置くと、ノアの上半身を持ち上げ顔を合わせた。 「きちんと反省したか」  形式だけ師匠のように叱ってみせた。ノアの耳がしょげる。本当にこの生き物は愛らしいなと思った。 「はい」 「何が悪かったか分かっているのか」 「危ないって、言われていたのに、地下の部屋に一人で入ったから」  ノアが答えるとレイムは「よろしい」と言ってノアを再び膝の上に置いた。 「貴様は、私の弟子になりたいと言ったな」  レイムは淡々と話を続ける。 「次に私の言いつけを破ったら、追い出すから覚えておくように」 「本当に、ごめんなさい」 「私も悪かった」  レイムはノアに対して素直に謝罪した。許して欲しいからじゃない。ただ何となく知って欲しかった。自分について。  そして、もっと知りたかったノアの本当の気持ちを。  獣人については、まだ知らないことが多い。この先も彼を思ってしたことが、結果的に傷つける結果になるかもしれない。 「私は、自分の師匠にされた仕置きと同じことをお前にした」 「同じ……お仕置き?」  ノアは首を傾げる。   「あぁ。けれど私とお前は違う。やり方を間違えた」  レイムはノアの顔に手を伸ばして触れた。人間より高い体温だ。コロコロと変わる表情。これ以上、泣かせたくなかった。 「反省させたかっただけで、こんなに泣かせるつもりはなかった」  ぐしゃぐしゃに涙で濡れた目元の毛を親指で拭った。すると、ノアはレイムの胸に両方の前足を置いて顔を近づけてきた。 「俺、ちゃんと反省、したから!」 「そう」 「最初は暗闇、すごく怖かったけど、でも……レイムさんの常闇の魔法? は、なんか温かかったし、だから、大丈夫だから」  レイムは胸に乗り上げたノアを視線が合うように抱き上げた。  あぁ、伝わった。良かったと思った。小さい生き物を泣かせただけに終わらなくて。  恐ろしい常闇の魔法でも、使い方によっては優しい魔法になる。  その本質が、正しくノアに伝わった。  それが心から嬉しかった。正しい愛し方をしたい。  ノアを愛で満たしてやりたいと思っている。どうすれば、伝わるのだろう。 「どうして、一人で地下へ入った。ダメと分かっていても入ってしまうほど、バカ猫なら私も考えなければいけない」 「考えるって」 「お前が入れないように地下の入り口に魔法をかけようか、他人の侵入を拒絶する魔法は、高度な魔法だがな」 「そんなすごい魔法を使っていいの?」 「お前が死ぬ可能性があるなら、別に魔法規約違反にはならないだろう。裁判にかけられたとして必要十分だと判定される」 「え?」 「何か気になるのか?」  ノアの命がかかっているのなら、高度な魔法を使っても当然のことだろう。古い魔法使いという生き物はそのあたりを深く理解している。  仕事のパートナーになる可能性のある動物には、優しい心を持って接している。  王都の人間も動物愛護の精神をもっと正しく理解するべきだ。  迫害なんてくだらないことで、多くの獣人を苦しめるなんて実にくだらない。 「そんな間抜けなことで俺、魔法裁判にかけられたくない」  ノアが反論したので、小さく笑って返した。心から真剣にそう考えているのに、冗談だと思われたのは心外だ。 「なら言われたことを忘れないように気を付けることだ」 「覚えてたけど、俺、どうしても我慢出来なかったんだ」  レイムはノアが自分について話し始めたのを見て、内心ほっとしていた。静かに耳を傾けた。 「俺、焦ってて」 「焦る?」 「早く、魔法使いにならないとって」 「何故、そんなに急ぐ、私はお前を追い出さないと言った気がするが?」 「怖くて」 「怖い?」 「レイムさんが、いつまで俺の勉強、待ってくれるか分からないし」 「私が、短気に見えたか?」 「そうじゃなくて、……そう、じゃないけど。どれだけ、頑張ったらいいか分からないし」  なんて健気で愛しい生き物だろう。レイムは思わず目を細めてノアを見下ろした。 「なるほど、それは改善しよう。前にいた弟子は、お前ほど熱心に本を読まなかった」 「そう、なんだ」 「私は、お前が、ここの部屋にある本を、来年の春に読み終わると考えていた」 「え、そう、なの」 「私は口数が多い方じゃない。だから、お前が話しかけるのは好きにすればいい。それで怒ったりはしない」 「うん。分かった」  レイムが渡した言葉を宝物のように、何度も反芻して大事にしているノア。  ノアが望みさえすれば、レイムは、その宝物を一生ノアに抱かせてあげられるのに。 「貴様は、勉強の加減が分からずに、どんどん先へ進もうとした、と」 「あと、俺、最近、変だったんだ」 「やっぱり具合が悪かったのか?」  ノアを怖がらせないよう、彼が話しやすいように細心の注意を払う。  自分の性について話すのは、親しい人間でもない限り、普通は出来ないものだ。  本来なら家族にだって、話したくないだろう。  同じ獣性を持っていないのなら、簡単には理解できないだろうし、否定される恐れもある。  けれど、レイムはノアのことを理解したかった。  支えになりたかった。  これが、正しい愛情じゃなければ、なんなのだろう。  ノアが一番に頼ってくれる人間になりたい。 「そうじゃなくて」  レイムの腕の中で戸惑うノアに優しく触れた。彼の性の変化には気づいていた。ノアから甘いミルクのような幼いフェロモンの香りがする。目の前のレイムを無意識で誘っていた。  あぁ、分かっている。辛いだろうなと思った。  同じ男だから分かっている。  獣人も人間もそう変わらない。欲の対象を前にして抱く暴力的な感情を。 (そのまま、本能のまま求めればいい、私なら……)  ノアは、それをしない。優しい人間の心のまま、獣の心に翻弄されまいと己を律している。 「俺、レイムさんに、構って欲しくて」 「構う、とは」  同じ言葉を、理解させるように繰り返した。 「その……頭、撫でたり、抱っこされたり」  ノアが望んだ通り、レイムはノアの頭を優しく撫で胸に抱いた。ノアは目をとろりと蕩けさせている。――抑えられないほどの、発情が近いのだろう。  だから素直に甘えてくる。  気持ちいいのかノアは頬をレイムの手に擦り付けてきた。レイムは小さく微笑むとノアの甘えたを受け入れた。 「こうされると気持ちいいのか?」 「うん。気持ちいい。ねぇ、もっと」  レイムの腕の中で、ノアのオレンジの瞳は甘く蕩けていた。このままでいい、とレイムが思った次の瞬間だった。  ノアは人間の姿に戻っていた。頭には猫の三角の耳、臀部には長い尻尾を残したまま。 「私が撫でると、元に戻るのか?」  レイムは元通りになったノアを見つめて努めて優しく微笑んだ。レイムの落ち着いた声に反して、ノアは次第に焦った声へと変わる。 「レイム……さん」 「なんだ?」 「やっぱり変……だ、俺」  ノアは、やっと自分でも自身の変化に気づいたらしく、レイムの腕から離れようとした。  逃がさない。息を吸う程度の間で思っていた。  今日まで何度となくノアの裸を見ている。しかしノアは初めて抱かれる生娘のように羞恥に震えていた。獣人なのに、まだ誰とも交わった経験がないのだろうか。  多くの獣人が性に対して奔放に育つのは、知られた事実だった。  視線を下に向けると、ノアの下腹は熱を持って膨らんでいた。 「ッ、レイム、さん。ッ、ダメ、俺」 「なんだ。まだ撫でて欲しいのか? 構うだったか?」 「も、もう、大丈夫! 十分だから」  ノアの声は、上ずって抵抗を示していた。  けれどレイムは、努めて当たり前のことだと分からせるように、いつもノアに見せている平静な自分でいた。 「知らなかった。獣人は構わないと具合が悪くなるんだな。それは猫だけか?」  レイムは猫の耳に触れた。怖がらせたくない。心からノアに求められたい。  その気持ちが、少しでも伝わればいいのに。 「ッ……んっ」  ノアはレイムの膝の上で体を硬くし、快感を逃そうと意識を集中させているようだった。けれど、それを嗜めるようにレイムが優しく体に触れるたび、ノアの体は本能に身を任せようとした。  欲しくてたまらないのだろう。それでいい。  もっと、と上体をくねらせているのに、抱かれたいと願う衝動を小さな体が必死で抵抗していた。 「だめ……だから」 「ん?」 「お願い……ダメ、こんなの」  ノアは何度も繰り返し自分の存在を否定する。伝えなければ、と思った。  それが、たとえ彼にナイフを刺すような痛みを与える言葉でも。  それでノアが救われるのなら、正しいことのように思えた。愛する者への、少しの傲慢だった。 「ノア、お前が、どう足掻いたところで、お前は人間とは違う生き物なんだよ」 「れ、レイムさん。お願い、俺に魔法、かけて、元に戻して! このままだと」 「それは、出来ない」 「どうして、なんで!」  ノアはレイムに縋りついた。レイムはノアを落ち着かせるように静かに首を横に振った。どうか伝わって欲しい。どうすれば伝わるのだろうか。  そんな切実な思いが、行きつ、戻りつを繰り返している。 「獣人に生まれたお前の本能を魔法で消しても、一時的に楽になるだけだろう」 「それでも、いいから、お願い」 「続ければ、いつか体の具合が悪くなる。死んでしまうかもしれない」  レイムはノアに身も心も健やかなまま、長生きして欲しいと願っている。  もしそれが人と違う道でも、他の誰が許さなくても、自分が許すから。  その心が伝わるように、最初に薬学を学ばせた。  正しい薬の使い方、正しい魔法を知ってもらうために。  本当の優しさを教えたかった。かつて自分が師匠のトーマから学んだことだから。  バカ猫でも、本当のバカではない。  レイムとは違う、真面目なバカだから、きっと大丈夫だと信じていた。 「ノア……」  優しく呼びかけた。 「分かってるよ。死んだっていい、それで誰にも嫌われないで、好きになってもらえるなら」  ノアはレイムの膝の上から降りて近くにあったローブを手で掴んだ。  それを背中に羽織り一人外へ出ていこうとした。 「どこへ行く気だ」  レイムはノアの手首を掴んだ。振り返ったノアの瞳は苦しげな表情で涙を浮かべていた。こんな顔をさせたいわけじゃないのに。 「森……発情期だから、治るまで。いつもやっていることだよ。治るまで一人でいる」 「そんな姿で死にたいのか」  レイムの家の中は、いつだって暖かい。だが外は冬の寒さだ。裸同然の格好で出たら死んでしまうだろう。絶対にそんなことはさせない。 「レイムさんに、嫌われるくらいなら、死んだ方がいいよ、やだよ、見られたくないよ」  ノアは、ぼろぼろと涙をこぼしていた。  瞬間、ノアが抱える不安を理解した。師が弟子を見捨てる、そんなことは絶対にありえないのに。  体は子をなせるくらいに大人になっているのに、やはり心は子供のままだった。  レイムはノアの不要を安心に変えようと手を差し伸べた。  レイムはノアの体の発情を心から愛しいと思う。彼が健やかに成長した証だから。彼の生きたい、愛されたいと願う心を誰が否定出来るものか。  全て受け止めて、愛してやろうと思った。  いっそのことレイムしか求められない体になってしまえばいい。 「飼い主は、猫の面倒を見るものだ」  レイムはノアを胸に抱きしめた。腕の中でノアがみじろぎする。とろけるような甘い声で鳴く猫だなと思った。どうしてこの声が穢らわしいと言われるのだろう。理解できない感情だった。 「ッ、やっ、声、き、きかないで」 「何故」 「気持ち悪い、から」 「ただ、甘えたいだけだろう」  寂しくて泣いているだけなのに。どうして誰もこの子に優しく接しなかったのだろう。  ありのままの自分では、誰にも愛されないなどと考える子にしてしまったのだろう。ひどいことをする。 「ここ最近、お前を上手く甘えさせてあげられなかった。ストレス過多で追い詰めた。だから変だったんだろう?」  レイムは再びソファーにノアを座らせた。そして、その隣に同じように腰をかける。するとノアはおそるおそるレイムの膝に乗り縋りついてきた。 「なんで、怒らないの、気持ち悪いって言わないの、ねぇ……なんで」  ノアの瞳からは涙が次から次へと溢れて落ちている。最後は、消えるような声だった。 「どこに怒る必要がある」 「だって」 「大人の獣化や抑えられないほどの発情は、感情の不安定さが原因だ」 「ッ、ぅ、不安定って」 「人間社会で迫害され、追いつめられるほど、周期から外れた発情が起こる」  王都で暮らしている間、ノアはいつ起こるか分からない発情期に怯えていたのだろう。 「だから、もう受け入れろ。お前は獣人なんだ。この先も、そうやって生きるしかない」  目の前の魔法使いが。世界で一番愛してやる。だから、もう諦めて、本当の猫になってしまえばいい。  ノアはぐすぐすと鼻を鳴らしながら、レイムに抱きついた。それを優しく体で包み込んでやった。 「変だ、から」 「それが、お前の普通だ」 「レイムさんは、残酷だ、受け入れろなんて」 「甘えたい猫を好きにさせられないほど、甲斐性なしじゃないつもりだが」 「じゃあ、なんでッ」  ノアは言葉を詰まらせた。やっぱり、何か大きな行き違いがあったらしい。  全部吐き出させてしまおうと先を促した。 「なんだ。言いたいことがあるなら言え」    次第にこわばったノアの体から力が抜けていく。目の前にいるのは、もう、ふにゃふやになった甘えたな猫だ。 「なんで、アリアさんと楽しそうに話してた、の、恋人、だから」 「恋人? アリアはフレッドの奥さんだが」 「ッ、ぁ」  盛大な誤解だった。慌てて否定した。やっぱりバカ猫だった。    さっき本で学んだ通り、猫の耳の後ろに優しく触れた。気持ちいいのか、体がびくびくと素直に反応を返した。  どうやら本には正しいことも書いていたようだった。あとでもう一度読み直そう。 「だって、楽しそうにしてたよ」 「楽しそうにしてたつもりはないが、話しかけられたら答えるのは店主として当然だろう」  甘い刺激に後押しされるようにノアは喘ぎながら言葉を継いだ。 「なんで、お菓子、アリアさんに、俺、レイムさんに買ってきて、レイムさんが喜んでくれる顔、見たくて、選んだのに!」  レイムはノアの言葉に目を見開いて驚いた。そこまでバカ猫だとは思っていなかった。  獣の本能のままレイムに擦り寄り甘えてくる猫。長い尻尾もレイムを放すまいと体に巻き付いてくる。言葉よりも体は正直だった。  レイムは後から後から落ちてくるノアの涙を人差し指で拭った。 「あの菓子は、お前の物だが? 私は甘い物は、あまり食べない」 「俺の……お菓子」 「そうだ」 「なん、で……」 「勉強を頑張ったら、褒美には、お菓子を与える物だと、私は師匠に教えられた」 「ッ、ぅうううう」  ノアの顔は羞恥のせいか真っ赤になった。 「他に言いたいことは?」  ノアはぷるぷると慌てて首を横に振った。  レイムはノアを膝の上で優しく抱きしめて、ノアに気づかれないように猫の耳に唇で触れた。キスは、まだだ。  ――優しくする。 (正しい愛し方をノアが本当の意味で理解するまで、私の本当の心は言葉で伝えられないけど) 「ぁ、レイムさん……」  少しだけ。体を愛することを許して欲しい。 「ぁ、はぁ……ぁ、んっ」  ノアはレイムの膝の上で荒く息を繰り返していた。  レイムはノアの下腹に手を伸ばし触れた。トロトロと発情の証をこぼしている彼自身を指先で優しく愛した。 「ッ、あ、だめ」 「苦しいことは、早く終わらせたいだろう」 「終わら、せるって」 「いつも自分でやっているだろう」 「ぁ、や、る、けど、今日は……」 「お前がやらないなら、私がしてやろう」  ノアはレイムの手から逃げるように、熱を持った身体をよじる。 「じっとしていろ、やりにくい」 「ぁ、だって、ぁああっ」  レイムが手のひらで擦った途端に、ノアは途切れることのない快感の鳴き声を上げる。 「っやぁ、だ、めっ、俺の声、聞かないで」 「私には、猫が鳴いているようにしか聞こえない」 「ぁ、あああっ、やっ、やっ」  レイムの手はノアの出した粘液で濡れていく。それを大人しく見ていられないのか、ノアは自分の性器へ手を伸ばした。  レイムの手に自分の小さな手を重ねて熱から退かせようとする。そんなのは僅かな抵抗だった。  ノアの快感を煽るように名前を呼んだ。 「ノア。なんだ、良くないか」 「だって、気持ちいい、の、やだ」 「いいなら、されていろ」 「ッ、あ、レイムさんの手、汚したくないよ」 「ただの生理現象だろう。汚くない」 「やっああっ、あ」 「あぁ、それとも。後ろの方がいいか。もう覚えているのか? 獣人は、男でも子供が作れるらしいが」  トントンと指でどろどろに濡れた後孔に触れた。  レイムに触れられて驚いたらしく、ノアの獣の長い尻尾がぴんと立った。  本能は正しく処理されるべきだが、奔放に誰かと交わった結果、病気にでもなっていたらことだと思っていた。  ノアの反応を見るに、その心配はなさそうで安心した。 「っ、こわ、い」 「そう。なら、はやく、こっちで気持ちよくなりなさい」  レイムはノアのお尻を抱え上げると、尻尾の付け根を弄びながら、ノアの熱棒を擦った。ノアはバランスを崩しそうになりレイムに抱きついた。  恥ずかしそうに控えめだったノアの体が、レイムの愛撫によって開き始める。ソファーの上で両足を開いてレイムの刺激を受け入れていた。 「ッ、あっああああ」  レイムが手を上下に何度も動かし、優しく擦っていると、しばらくしてノアは上まで極めた。 「ッ、っああああ、ぁ……んっ……」 「ん、気持ちよかったか」 「ッ、こんなの、はじ、めて、だよ」 「セックスが? ずっと我慢してたのか」 「……誰か、襲わないようにって、俺、こういうとき、ずっと隔離されてたから」  ノアはレイムの胸に頭をすり寄せて快楽の余韻に浸っていた。いつも、これくらい素直に甘えて、欲しがってくれればいいのに、そうすれば、この猫を、もう家から一歩も外に出さないだろう。 「そう、分かった。――ノア、今後、発情は我慢しないように」 「が、我慢って、いつもは、こ、こんなのじゃなくてね……今日は、特別、で」  ノアの特別という言葉に、レイムは内心少しだけ浮かれていた。 「あぁ、言い変えよう。甘えたなのは、小出しにしなさい」  レイムはノアの頭の上に手を乗せた。 「小出しって」 「動物が飼い主に甘えるのは本能だから、好きにしなさい。私は困らない」 「こ、困らないって、でも」 「何事も溜めると良くない。それは人間も同じだから、お前は気にしなくていい」 「けど……俺」 「猫は日常的に甘えるのが仕事らしいな。なるほど、お前のことがよく分かったよ。獣人も、そう変わらないな」  ノアが本能を気に病まないように、テーブルの上の猫の飼い方の本を指差した。冗談めかして揶揄うと想像した通りにノアは拗ねた。わかりやすい猫は好きだ。 「お、俺、猫じゃないよ」  ノアは、じっとレイムの目を見つめ返してきた。 「私はノアを弟子にしたんだ。猫だとか、人間だとか関係ない。お前はお前だ」 「え、待って、今、レイムさん。え、俺のこと弟子に、してくれるの」  レイムは、ふっと笑った。こんなに喜ぶなら、もっと早く弟子にしておけば良かっただろうか。けれど、正しく甘やかさなければいけない。  薬や魔法と同じだ。タイミング、使い方を間違えると効果は現れない。  毒になるだけだ。  これはレイムの正しい愛し方だった。 「……課題、良く頑張ったからな」 「ッ、レイムさん」  ノアはレイムに勢いよく抱きついた。 「お前と違って私は遊んでばかりで、なかなか本を開かなかった。よく頑張りました」  レイムは腕の中の猫を愛でながら、遠い昔を思い出していた。  終わり

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