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第20話
「あなたの世界の神は、どんな神だったんですか?」
私の問いかけに、彼は、難しい顔をして「うーん……」と唸っている。
「沢山居すぎて、何が何だか」
「神が唯一の存在でないと言うだけでも、私にとっては驚くべきことですが」
「まず、宗教が沢山あった。それに、俺の国だと、自然すべてに神様がいる感じ。空の神様は解らないけど、太陽の神様とか月の神様とか海の神様、山の神様……」
「すべて、ですか」
それは、一日中祈りを捧げているだけで終わってしまうのではなかろうか。しかし、これで、シンが、すべては当たり前に存在しているわけではないという言葉を持った意味がわかった気がした。シンの世界では、すべてが、神から与えられた恩寵のようにとらえられているのだろう。そして、それをありがたく受け取っているのだ。陽の光一つでさえ。それは、なんと、心の優しい教えだろう。
「そうそう、すべて。うつくしいもの、汚いもの、すべてに神様が宿っているんだ。だから、学問の神様とか、そういうのも居たよ。試験の前は、お世話になった」
「お世話?」
「うん、お祈りをするんだ。良い点数をとらせてくれるように。勿論、自分で勉強するのが大前提だけど、神様にお祈りしたんだから、良い点数がれる……って自己暗示が掛けられる」
それは、神の存在を心から信じて、身近に感じているからできることだ。神を信じていなければ、効力がないはずだ。ふいに、私は、あの男のことを思った。神を呪うと言っていたあの男は、神の存在に後押しされることもないだろう。
「……どうした?」
「あ、いえ……少し、あの男のことを思い出しました。あの男は、神を呪っていると……言いました。元々、あの男は、神を信じていたのでしょう。それを指摘したら、首を絞められたのです。あの男にとって、指摘されたくないことだった。私が軽率にそこに踏み込んだのです」
あの男は、私を恨んでいるだろう。きっと、一生、見たくない事実だったと思う。それを、無遠慮に、私が引きずり出した。
「あんたの首を絞めたのは、許しがたい」
「私も、許すつもりはありませんが……」
「あんたはさ、優しすぎるよ。自分のこともよく解ってないくせに、優しすぎる。殺そうとした男のことなんか、あんたが、考えてやる必要はないだろう?」
それは、そうだ。私には、あの男に何を言う資格も義理もない。
「それともさ……あんた、その男のこと、……好きなの?」
「いいえっ!」
私は反射的にその言葉を否定した。私が、あの男に思いを寄せている。そんなはずはない。断じて。
「そうなんだ? まあ、それは良いんだけどさ」
「そもそも……私は、今で、恋人の一人も居ませんでしたし、誰かに恋したこともありませんから」
「本当に?」
シンは、信じられないというような顔をして、私に問う。しかし、事実なのだから仕方がない。私は、今まで、産まれてこの方、ずっとこの神殿の中で過ごしてきた。大神官になるために生まれて、その通りに大神官になった。役目のためだけに生きていた私が、他の誰かに、興味を持つ必要は無かった。だから、今まで私は、誰かの言行に揺り動かされたことは、少なかったはずだ。
しかし、恋人と愛の証を交わした、マーレヤといい、異世界の恋人を今でも思いつづけるシンといい、周りを見ているだけでも、皆、愛することの意味を知っていて、その愛を育むべき相手が居る。それに対して、私は今まで、誰かに強く惹かれたり、誰かのために身を投げ出しても良いと思うような、強い感情や愛情の類いを抱いてこなかった。自分が、ひどく、欠陥だらけの存在なのだと思い知る。
「……そういえば、以前、あなたは、異世界の様子が解る機械があるとおっしゃいましたが」
「ああ……」とシンは苦笑する。その話を、忘れた訳ではなかったのだ。ただ、私に言わなかったのだろう。胸が酷く痛んだ。
「失敗するかも知れないし……、だから、まあ、いいかな、と思って」
「もし、出来るのなら……お借り出来ますか」
壊すようなことは、ないように、細心の注意を払えば、なんとかなるのではないか。そして、私は、可能ならば、異世界の風景を見てみたかった。シンが生まれ育った場所を、私は知りたかった。
「まあ……、いいか。壊しても良いよ。部屋にあるから、ついてきて」
シンは、私に背を向けて歩き出す。私は、そういえば、他人の部屋を訪ねるのも、初めてなことに気がついた。
シンの部屋としてあてがったのは、大神官用の居館の一部で、来客用の部屋である。賓客を遇するための部屋なので、上等な品物で溢れているはずだが、シンの個人的な品物は殆どない。彼の『仕事』の為の書籍などは、窓際日当たりの良い円卓の上に積まれていたが、その他はなんにも無かった。そういえば、仕事、と言いながらシンと、給金の話をしていなかった。支払うべき対価を払っていないかも知れない。神殿に奉職するものたちは、基本的に、給金という概念が存在していない。その為、私はシンに対しても神官たちと同じように考えていたのだ。いや、単に、そこまで考えていなかっただけだろう。金子の話は、あとにするとして、私は、やや、緊張しながら、シンの部屋に居る。私の居館だし、私の部屋は、中庭を挟んだ対面だった。なにを緊張する必要があるのか。
「……いつも、遅くまで起きているだろ? 見てるんだけど、ずっと、仕事ばかりしてて、あんたは、こっちが見てるのも気がつかないから」
「ご覧になっていたのなら、おっしゃって頂ければ……」
「じゃあ、これからは、ちゃんと言うよ。それと、あんたが寝るまで俺も寝ないことにするから。そうしたら、あんたは、俺を寝不足にはしないだろ」
シンは笑う。私は、少し恥ずかしくなる。そんなことまで、気を配って貰う資格は、私には無いと思った。
「ちょっと待ってて。今、持ってくるから」
シンは、戸棚へ向かった。鍵の掛かる戸棚だ。そこから、麻袋を持ってきた。
「これが、元の世界で持っていた持ち物。この、白い板みたいなのが、スマートフォン。スマホ。離れたところの人と会話をするのが本来の機能だけど、それ以外にも、いろいろ出来る」
手のひらに収まる程度の大きさをした、白い板。材質は、何だろう。木ではないし、鉄や金属でもなさそうだ。シンは、これを『機械』と言ったが、どうやって操作するのか、見当もつかなかった。
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