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第28話

 雨が上がるまで。  私達は、四阿《あずまや》で身を寄せ合っていた。 「そういえば驚いたんだけど、この世界って、傘がないんだよな」  シンが思い出したように言う。原始的な雨具だというが、確かに、私達の世界で雨具と言えば、油を吸わせたローブだけだ。それは、臭いが強いため、旅人しか使わないものになっている。傘というのは、棒に水をはじく布を張ったものだとシンは言う。水をはじく布というのが特殊なものなのではないかと思ったが、シンがいたより昔の時代では、油を吸わせた紙で作った物があったらしい。紙は、この世界では貴重なものだ。だから、実用的なものではないだろう。しかし、この思いつきがあれば、誰かが実用化するかも知れない。いま、現存しない物体でも、今あるものを組み合わせて、新しいものを生み出すことが出来るかも知れない。その、新しい知識のきっかけとして呼ばれるのが、異世界の民なのだろう。 「でも、私は、今は、その傘というものがないことに感謝していますが」 「そうだな。俺も……。あんたと、こうしてゆっくり話せる時間が取れるとは思わなかった」  私は、シンに身を預ける。彼の体温が心地よかった。夢のようだ。私は、彼を好いているし、彼も同じ気持ちだという。そのことが、まず、大きな奇跡だ。違う世界で生きる私達が、こうして出会い、心を通い合わせた。これ以上の奇跡があるだろうか。 「私は……いろいろな事に疎くて、きっとあなたを苛立たせていると思います。私の気持ちも、あなたの方が詳しいような気がする」 「あんたが、自分のことを構わなさすぎるせいだ……あんたは、自分に対する扱いが雑すぎる」 「それほど、私自身を粗雑に扱っているつもりはありませんが」 「いや、きっと、雑だよ」  シンは、そう言ってから私の身体を引き寄せる。胸が、騒ぐ。こんなに、鼓動が早くなって、私の胸は壊れてしまうのではないかと、少し危惧する。 「……粗雑というのはではいと思うのですが、私は、多分、私のことより、あなたが幸福で居てくれる方が、重要な気がします」 「まずは、自分のことを考えてくれよ。あんた、……テシィラ国の国王に狙われてるんだから。色仕掛けとか聞いた時には、本当に心から頭にきた」 「ですから、もう……しません。今、あなたに抱きしめられているのはこんなに心地よいのに、あの男にされた時は、本当に、気分が悪かった。口づけされたのだって……」 「はあっ?」  私の言葉を遮って、シンが素っ頓狂な声を上げる 「俺は、あんたが、その男にキスされたのなんか、聞いてない!」 「言ったと思っていましたが……」 「いや、絶対に、言ってない。もし言ってたら、スティラが軍隊を編成して、テシィラ国に宣戦布告してると思う」  シンの眼差しは、冗談を言っているようには見えなかった。確かに、自分の属している組織の長が、無体を強いられたとしたら、それは、組織自体に対する侮辱になることもあるのだろうが、スティラがそんなことをするとは思えない。 「スティラは、しないと思いますが」 「いや、あの人は、結構な、あんたの親衛隊だから。あんた、知らないだろ、『大神官様をお守りする会』というのが、神殿にあってだな、スティラは、そこの会長だからな」 「な、なんですか、それ……」 「俺は、しっかり釘を刺された。………大神官様が、俺に、恋愛感情を持っているのならば良いが、そうでなければ、神殿から追い出すと」 「えっ? ……一体、どういう……」  私は混乱する。スティラは、片眼鏡の怜悧な男で、ありとあらゆる知識に精通している。その、優秀な人物が、なぜ、そんなことをしているのか。 「前、あんたが、素っ裸で、俺と二人きりになったことあるだろ」 「な、なにやら、誤解を招きそうな表現ですが……事実としては……」 「そう、あの時、俺は、スティラから、本当に根掘り葉掘り何度も同じ話をさせられたんだ」 「同じ話を……」 「そう。何度も。あいつは、一回でも整合性がとれないことを言ったら、そこから攻撃する為に、そういうことをやったんだよ。百回は聞かれた」  背中に、つめたい冷や汗が伝う。まさか、そんな、恐ろしいことが、影で行われていたとは思わなかった。この神殿に、私が知らないことが、どれほど多くあるのだろうか。先代様は、こういうことまで……気が回っていたのだろうか。今まで、関心も持たなかった先代様に、一度お会いして、お話しを伺いたいと心から思う。  私は、あまりにも、自分のことしか解らなくて、他のことには無頓着で、身勝手に生きてきたのを、痛感する。今更、遅いのだろうか。 「でもまあ、スティラを責めるのはやめてやってくれ。あいつはあいつなりに、あんたの為を思って行動しているだけだから。ただ、テシィラ国の国王にキスされたのだけは絶対に、言うなよ。嫉妬と怒りに狂った、スティラが何をするか、本当に解らない。まず、宣戦布告だけは絶対にする。大戦争になるから」 「それは、……解りました」  私も、自分の……接吻一つで戦争になるという自体は、絶対に避けたい。スティラのことは解った。けれど……。  嫉妬というなら、シンはどうなのだろう。

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