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第53話

 私はシンを連れて部屋へ戻った。レリュには、私の居館の客室に泊まって貰うことにした。テシィラ国の国王の宣戦布告は気になっていたので、あまり、時間はない。だが、今夜は、すこし、ゆっくり過ごそうと言うことになった。その間に、スティラは体勢を立て直すため、あちこちを奔走するのだろうと思うと、申し訳ない気持ちだったが、私は、シンと一緒に居たかった。 「……本当に、あんたは、やけになってとびだすのは止めてくれ」 「あなたが、私に愛を捧げないなんて、酷いことを仰るのですから、私がやけを起こして外にとびだすのは当たり前です」  お互い、少々の、文句はあった。今だから、こうして軽口に出来るが、あの時は、本当に、生きているのが辛いほどだったのだ。 「それは……まあ、俺が悪かった。でも、あんたが、『愛の証』なんか持ってくるとは思わなかったから……」 「それは、予想外だったんですか?」 「勿論。あんなのは、上位の神官は作らないんだよ。スティラあたりも言わなかったか?」 「それでも……マーレヤがうらやましかったので」  私が正直に言うと、シンが、微苦笑した。 「ユリに嫉妬したり、マーレヤがうらやましかったり……俺の言葉がショックで、浮気しようとしたり……本当に、予想外すぎて、あんたが読めない」  ショック、と言う言葉の意味はよく解らなかったけれど、『浮気』は心外だった。 「私は、浮気などは……」 「だって、あの男に抱かれても良いと思って、行ったんだろ? それなら、もう、浮気だろって……」 「なにもしてません」 「……そういう問題じゃなくて、だな……」  私とシンは顔を見合わせて笑ってしまった。 「自暴自棄にならないでくれよ」 「じゃあ、あなたが、私を自暴自棄にさせなければ良いんです。私が、我を忘れて、誰かに縋り付きたくなる時なんて、きっと、あなたがらみの時だけでしょうから。この先、ずっと」 「まあ……」  シンは、小さく、頭を掻いた。私は、シンに腕を伸ばす、首に抱きついて、私から、唇を求めた。柔らかな、シンの唇。重ねるだけでは飽き足らなくて、下唇を、そっと唇で挟み込む。 「ルセルジュ」  シンの眼差しが、熱っぽい。その視線を、私だけに向けていて欲しい。耳元に、シンが甘く、私に囁く。 「あんただけ、ずっと、愛しているから」  その言葉も、その心も、私だけのもの。そう、して欲しい。私は、全身でシンを感じながら、小さく笑う。 「あなたは……私だけのものです」 「そうだな。俺は、その為に、ここに来たんだよ」  私達は、そうして、寝台へ倒れ込んだ。  口づけを何度も交わしながら、シンが私から着衣を奪っていく。焦れたような手つきだった。 「っ……ん……、あ、シン……」 「なに、ルセルジュ……」  黒曜石の眼差しは、限りなく、甘い。私は、シンに手を伸ばしながらそっと囁く。 「あなたは、私をちゃんと捕まえていなければダメなんですから」  シンは、小さく吹き出す。 「本当に。アンタは、まったく、予想外のことばかりするから……目が離せないんだよ」  そんなに、私は危なっかしいだろうか。首を捻ったが、すぐに思考は分断された。  シンが、私の中心に、手を伸ばしてきたからだ。 「っ……っ!!」  いきなり過ぎて、戸惑う。 「あのさ」  シンが私の耳元に囁く。吐息が掛かって、目眩がした。心臓が、うるさい。直接な刺激を受けて、すぐに息が上がる。 「……ここ。あいつに触れさせてないよな?」 「っ! そんなこと……」 「……あんたって……なんか、浮気っていうか、心変わりはしないだろうけど、そういうこと、しそうで怖いんだよ」 「信用、な……いんですね?」  ゆるく、あさく。シンの手が私を翻弄する。腰が勝手に動く。彼の手から、もっと、快を得るために。 「ああ……っ」  いっそう強く握られて、息が詰まる。 「……ルセルジュ」  念を押すように、シンが耳元に厳しく問う。 「なんですか……?」 「だから、浮気は……してないだろ?」 「……してませんよ」  嫉妬してくれるのは良いけれど、疑われるのは、あまり気分が良くない。 「なら、良いんだけどさ……」 「……私は、あなた以外に……触れて欲しいとは思いませんよ……?」  その答えに、シンは満足したようだった。  にんまりと笑って、私に口づけをしながら、より、忙しなく手を動かしていく。あっという間に、追い詰められて、呼吸ができなくて苦しい。頭の芯が、ぼうっとしてくる。私も、シンに触れたくて、手を伸ばす。彼も、熱く高ぶっていた。十分な硬度を持って張り詰めて、屹立するそれを手で弄びながら、私は、シンが、私に反応して呉れることが……欲望を向けてくれることが、嬉しくてたまらなかった。私の手の中で、熱く、脈打っているそれを、そっと、撫でると、シンが、小さく反応した。 「っ……」  仕返しではないだろうけど、シンの手が、より、確信めいて、動く。 「あっ、あ……っ、……っ……っ」  シンは、馴れているのか、私をあっという間に追い詰める。けれど、絶頂に達する寸前で、動きを止めてしまうのが、もどかしい。恨めしげにシンを見るが、余裕の笑みを浮かべているだけで、少し悔しい。 「どうして……、途中で、止めるんです……」 「もっと……して欲しい?」  全身が、かっと熱くなる。これを、言わせたいのか……とは理解したけれど、口に出して、自分からねだるのは、まだ恥ずかしい。 「……ルセルジュ」  言って、とシンが甘く促す。 「……言わなくても、わか……っ」  先端を、弄られて背中が跳ね上がる。身体中が、過敏になっている。シンの髪が私の肌に触れる。そのささやかな感触に、目眩がした。 「あ……っ」 「……ルセルジュ」  もう一度、促される。 「……どうして……?」 「ん……ただ、聞きたいだけ」  シンの楽しそうな声が、耳元に聞こえる。からかっている……だけではないと思う。私は、早く解放して欲しいし、もっと……シンの熱を、感じたい。だから、不満なのに。 「……イジワル、なんですね」 「ルセルジュ」  先ほどと、声色が異なっていた。なんだろうと思って、視線をやると、シンが真剣な眼差しで、私を見ている。 「……あんたが、欲しいんだよ」  少し掠れた、欲情を滲ませた声を、耳元に直接流し込まれる。  壊れてしまいそうなほど、鼓動が早い。いっそ、苦しいほどだった。 「……私も……、欲しいです」  小さな声だったが、シンは、ちゃんと聞いてくれたようで、私に、ゆっくりと口づけをしてきた。  重ねるだけのものではない、生々しい口づけの合間に、シンが私の舌を吸う。つま先から、頭の天辺まで、震えのような快楽が走りぬける。 「あ………っ」 「……こうしてさ」と言いながら、シンは、私の欲望を責め立てる。的確に、私が感じるところばかりを。経験の差、というのが単純に悔しいが、頭がぼうっとしてきて、視界が明滅する。 「……あんたを、抱けることが……奇跡なんだ」  そんなに、たいそれたことなのだろうかとは思う……が、私と、シンと。全く違う世界で生きてきて、こうして交わるのだから、やはり、奇跡なのだろう。 「あんたには解らないと思うけど、俺は、あんたを、もう一回手に入れるために、ここまで来たんだよ」  だから、欲望は際限がないのだと、シンが小さく笑う。  私は、一度、達してしまって、前後不覚になっていた。  ただ、私が達しても、シンの手は止まらない。 「……っや……ちょっ……シ……」  過敏になりすぎて、身体がけいれんのように震える。 「……大丈夫……」  シンが、そういうなら、大丈夫なのだろう。立て続けに、もう一度絶頂を迎えて、私は、気が遠くなる。  いつの間にか、私達は丸裸で、シンに足を抱え上げられたとき、ものすごい羞恥に暴れたが、寝台に縫い止められた。 「……恥ずかしい……」  奥まった所は、彼の目の前に晒されている。  前に交わったときにも、そうされただろう。けれど、やはり、まだ、馴れることはない。  シンは、何も言わず、奥の入り口に口づけをした。 「っ……!!!」  身体が跳ねて、そこが収縮する。感じて、しまったのをシンには気づかれている。恥ずかしくて、顔を腕で覆い隠すと「顔が見たいのに」と、シンが苦情を言う。 「……っ」  体中を暴かれて、こういう……浅ましい顔まで見られたら、気が、おかしくなりそうだった。 「ねぇ……俺はさ。あんたが、俺で気持ち良くなってるところが見たいんだけど?」  返答が出来ない。  シンにも答えを聞くつもりはなかったのか、舌先で、そこを愛撫する。  がくがくと身体が揺れる。身体が熱くて、汗だくなのは理解していた。  汗……や体液や、唾液や……、そういうみので、ぐちゃぐちゃに、汚れているはずだった。  恥ずかしさと……けれど、これを、全部、晒していることに、得も言われない、背徳じみた快感があった。  シンの身体も、汗ばんでいた。  彼の、肌の、匂い。体温を。身体中で感じたくて、手を伸ばす。 「……まだ……、ここ、ほぐれてないよ」 「我慢、出来ません」  シンは少し天井を仰いで、「怪我するから」と言って、指をそこに這わせた。私は、今、彼の熱をそこに受けることを期待している。そう、はっきりと自覚した。ゆっくりと、シンの指が沈んでいく。待ちわびていた感触に、私は、大きく吐息した。ゆっくりと押し広げるように円を描きながら動く。らせん、を想像した。そうしながら、深く、深く指が沈んでいく。 「あ……っ……っあ……っ」  自然に声が漏れる。 「……だから、もうょっと……我慢して」  シンが、囁く。早く、繋がりたい。もどかしさを味わいながら、私は大きくあえぐ。  早く満たして欲しい気持ちばかりが先行して、もどかしい。シンの熱でしか収まらない何かがあることを、私は知っている。 「……はや……、欲し……」  シンは「もう少しだから」と言いながら、ゆっくりとそこを暴いていく。私が、よく反応するところを重点的に責め立てるものだから、あっという間に、再び達して、もう体力が尽きそうだった。  なのに、まだ、シンは一度も満足していないのではないか……。ただ、与えられているだけでは、不公平な気がしたけれど、彼に満足させる術を、私は、よく解らない。  こういうことに疎かったのは、私自身のせいだが、その為に、恋人を満足させられないのが、不満だし、不安だった。 「どうした?」 「えっ……っ」  不満の表情は出ていたらしい。 「……私ばかり……満足して……」  申し訳ないと小さく呟くと、シンは、ははっと笑った、からっとした笑い方だった。けれど、次の瞬間、腰が甘く震えるような、凄艶な目線で見られてから、足に、欲望が押しつけられた。 「……ちゃんと、満足させてもらうから、大丈夫だよ」  耳元に囁かれて、ゾクゾクする。 「……あんたが、止めてって言っても……今日は、止めないよ」  期待と――不安に胸が震える。 「……っ……っ!」 「……覚悟してね」  シンの魅惑的な微笑を見ながら、顔が、今まで以上に熱くなっていくのを感じていた。おそらく、この間は、私が初心者と言うこともあって、だいぶ、シンは手加減をしたはずだった。それが、手加減はしないと宣言したのだ。私は、少しだけ怖いと思いつつ、期待している自分に気がつく。はしたなく、奥が収縮したのはシンにも解っただろう。  小さく笑ったシンは、指を引き抜くと、自身の欲望を私の最奥にあてがう。  ゆっくりと、彼の熱が、身体の中へ入ってくる。内壁を押し広げるように、ゆっくりと、ゆっくりと。指が、震えた。 「………っ、っ……っあっ……っっ……っ!」  シンの指が、私の指に絡まる。熱くて大きな手だった。 「……さすがに、……まだ、キツいな」  シンの声が、少し、苦しそうだった。感じ過ぎて、勝手に、締め付けているせいで、余計に、シンが動けないのは解っているのに、どうして良いか解らない。ただ、彼の熱で、私の奥は、どんどん、蕩けていくようだった。 「あ……っ……」  ほんの少し動かれただけで、身体が跳ね上がるほど、感じて切ない。 「……すこし、動くよ」  甘い宣言のあと、シンが小刻みに腰を進ませる。 「っ……ひっ……あ、あっ……っやっ……っ」 「あ……ルセルジュ……」  耳元で、甘く名前を囁かれる。それが、凄く嬉しくて、視界が少し滲んでぼやけた。  私も、彼の名前を呼ぼうとしたのに、口づけで吸い取られる。  息も絶え絶えになりながら、必死に口づけに付いていく。その間に、脚を開かされ、奥へ奥へと、シンが入ってくる。 「……も……だ……」 「まだだよ……ルセルジュ……」  シンの手に、腰を捕らえられた。本能的に逃げ腰になったからだ。 「……逃がさないよ。……あんたを……絶対に」  奥まで一気に貫かれて、一瞬、意識が飛んだ。 「あ――――っ……っ!」  背中が弓なりに反り返る。シンが、私の胸に口づけを落としながら、甘く甘く何かを囁いたのに、私は朦朧としていて、その言葉を聞き取ることが出来なかった。  朝が来る前の、冷えた空気の中。私は、シンの裸の胸に頬を寄せる。シンが、私の頭を抱いて、髪を優しく梳いた。 「……それで? 無茶ばかりやる、俺の恋人殿は、一体、何を考えているんだ? 本当に、全魔力と引き換えに……聖遺物を使えなくするのか?」  シンが、いくらか固い声で言う。  夢のような時間を―――私達は過ごしていた。寝台の中で、戯れていたあの時間は、今は一度終わりになって、現実の時間になった。 「勿論、聖遺物がなければ良いと思っていますよ」 「でも、俺は、あんたに……危険な目にあって欲しくはない」 「……でもね、シン。私は、大神官なんです。この役目は、放り出せない……ですから、神に呼びかけます。テシィラ国の国王の話を想い出したんです。聖遺物の使い方を知るために、神職を供物に捧げなければ成らなかったと。そして、テシィラ国の国王の恋人は、惨殺されたのです。当時の、大神官の手に依って」  そして。その惨殺された恋人に、私は似ているらしい。  テシィラ国の国王にとってみれば、悪夢のような光景だろう。かつての愛した人と同じ姿をした私が、憎むべき『大神官』として、目の前に現れたのだ。だから、あの王は、揺れていた。もし、私は、この姿でなければ―――あの王は、もっと早い段階で、異世界の民の力を借りて、神殿を滅ぼしていただろう。 「……運命を司っているのが、我々の信仰する神なのです。我らの神は、かなり、悪趣味で、性格が悪いようです」 「大神官様が、そんなことを行って良いのか?」 「……あなたの国では、『神は死んだ』のでしょう?」 「いや、死んだわけじゃないよ。前も言ったと思うけど……。みんな、それぞれ、薄い信仰みたいなのは持っている。敬虔な信者というのもいると思う。生活に、神様の教えが根付いているような国もある。でも、こんなに酷い悪意を持った神というのは居ないと思うんだ」  悪意。一番、しっくりくる言葉だった。  神は―――おそらく、我々が、右往左往するのを楽しんで見ておられる。そして、ご自身の胸元三寸、すべてが決まることを残酷な愉悦を持って、愉しんでおられるが……私には、それは、むなしいことだと感じる。愛する人、愛すべき人たちと過ごすこともなく、この世のすべてを司るうちに、寂しさで我を忘れておいでなのだろう。   恋人たちを引き裂いても、産まれるのは悲劇ばかりで、信仰を取り戻したりはしないのに。おそらく、神も、寂しいのだろう。私は、そう、思う。けれど、その為に、嫌がらせのような悪意の為に、私は、これ以上、人々を巻き込みたくはなかった。 「……神の悪意を……どうにか出来ますかね」 「解らないけど……」 「まあ、ともかく、聖遺物をなんとかしましょう。世界の均衡を脅かすほどの兵器があるというのは、良くないことです」 「そうだな。あと、ルセルジュ。お前、一人で突っ走るなよ? 俺は、もう魔力はないが、それでも、あんたの力になることは出来る」  シンが私の身体をぎゅっと、きつく抱いた。痛いほど抱きしめられて、私は、満足した。

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