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「シュウジ、酒井先生が来てるよー」
店のほうからなまりの強いエミリーの英語が聞こえた。
「いま、行くよ」
大倉修二はエアタンクを並べていた手を止めて、声を張り上げた。
店に入ると開襟シャツにカーゴパンツ姿の酒井陽斗がパーテーションボードに向かって立っていた。受付スタッフのエミリーが隣りにいてそこに貼られた写真を眺めていた。
ダイビングショップらしく貝殻やサンゴで飾り付けられたパーテーションボードには、ラミネートされた写真がたくさん飾ってある。
リアルな水中よりも写真のほうがずっと美しく見えるわ、とエミリーは時々笑う。
ダイビングで潜る海はその日のコンディションによって見え方が変わる。
神がかり的に透明度の高い日もあれば、雨や嵐のあとで水が濁っている日もある。でも写真では一番きれいな一瞬を切り取っている。
そのベストな一枚を撮るために、何日も何度も海に潜って何百枚もの写真を撮っていることは見ている人にはわからない。
いつでもこんなに美しい海に出会えるわけではないのだ。
「あ、大倉さん。こんにちは」
「いらっしゃい、酒井先生」
「すいません、まだお仕事中でした?」
振り向いた酒井は大倉を見てぺこっと会釈した。
「あら、酒井先生、いいのよ。酒井先生のキュートな顔はいつでも大歓迎よ、ね、シュウジ」
エミリーの軽口には陽斗は困った顔になる。真面目な陽斗はこういう軽いジョーク混じりの会話に、どう返事をしたらいいかいまだにわからないのだ。
「そうだよ、酒井先生。ここじゃ友達のために時間をとるのは当り前で、誰も気にしないから」
「そうでしたね」
大倉の言葉を聞いて、陽斗は気弱そうにほほえむ。
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