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「そうだよ、酒井先生。ここじゃ友達のために時間をとるのは当り前で、誰も気にしないから」
「そうでしたね」
大倉の言葉を聞いて、陽斗は気弱そうにほほえむ。
陽斗が日本語教師としてこの島に赴任して来て、およそ三ヶ月が経つ。知り合ったころはほとんど笑わず、日本語であっても会話はぎこちなかった陽斗だが、この頃は自然な会話や笑顔が増えてきた。
身長一七〇センチほどであまり特徴のない平均的な日本人の顔立ちの陽斗は、もうすぐ二十四歳と知らなければもっと若く見える。
エミリーはキュートと言ったが、この国では高校生でも通じるだろう。
「でもまだ仕事中でした?」
「いや、もう片付けしてた。今日のナイトは中止にしたから」
週に三日はナイトダイビングの予約を受けているが、天候悪化で今夜は中止にしたのだ。
ショップオーナーのジョニーはまだ三十五歳だがすでにダイビング歴二十年になる。この島の海を知り尽くしていてとても頼りになるガイドだ。
海での事故は生死に関わるから、客がどんなに大丈夫だ、潜りたいとごねても、あやしい天気の日には決してイエスと言わない。
「海、荒れそうですか?」
「ああ。夜から波が高くなりそうだし、明日は雨も降ってもっとひどくなるから。酒井先生も家から出ないほうがいいよ」
陽斗はこくりとうなずいた。
この島に来て以来、何度か嵐は体験した。すさまじく荒れ狂う海と唸るような風の音。ただひたすら嵐が過ぎ去るのを待つことしかできず、自然の前では人間はなすすべがなく、本当にちっぽけなのだと思い知らされた。
「着替えるから待ってて」
「はい。新しい写真、見てますね」
大倉はシャワールームでざっと海水を流してから、ロッカーに寄った。荷物を取って店に戻ったら、陽斗はジョニーと話をしていた。エミリーはもう帰ったらしい。
「お待たせ」
「いえ、平気です」
陽斗がほんのり頬を染めて目線をそらした。タンクトップから見える肩や、タオルを掛けた大倉の濡れた髪に照れたようだ。
かわいいな、そんなくらいで。思わずにやにやしそうになるが、陽斗は気づかない。
「またね、ジョニー」
「ああ、お疲れさん。嵐が過ぎるまで、来なくていいぞ」
ジョニーがぞんざいに手を振った。
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